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グランドピアノを録るとき、一番難しいのはマイクの位置です。
同じピアノ、同じ奏者、同じ曲でも、マイクを置く場所が少し変わっただけで、音が変わります。
では、どこにどう置けばよいのでしょうか。
ピアノの録音はなぜ難しいのか
ピアノは音の出方が一様ではありません。
グランドピアノの弦は鍵盤に対して前後方向に張られており、弦の振動は響板全体に伝わってから空気へ放射されます。
音源が一点にまとまっていないため、響板という面全体の放射をどう捉えるかが鍵になります。
さらに屋根(大屋根)の開閉と角度が、聞こえる音を大きく変えます。
全開にすれば弦からの直接音が強く出ますが、高域の金属的な成分も目立ちます。
半開では響板を伝って間接的に放射される音の割合が増え、やわらかな印象になります。
閉じれば直接音は大幅に減り、響板からの放射が主体です。
つまり、ピアノの録音で難しいのは、音の出どころが散らばっているうえに、屋根が指向性をもって音を跳ね返すため、マイクを置く場所によって拾う音の構成が根本から変わることです。
マイクはどこに置けばよいのか
マイクの位置を決めるとき、判断の基準になる要素は三つあります。
距離、高さ、そして屋根との関係です。
距離は、直接音と残響音の比率を決めます。
近づければ打鍵のアタックや弦の金属感が前面に出ます。
離せば響板全体の鳴りと部屋の響きが混ざり、遠くから聴くようなまとまりが出ます。
臨界距離(直接音と残響音のレベルが等しくなる距離)を意識すると判断しやすくなります。
臨界距離より手前に置けば直接音が支配的で、遠くに置けば残響音が支配的です。
高さは、響板の放射と屋根の反射のバランスを左右します。
響板の高さより低い位置では、響板からの直接放射が強く、屋根の反射は弱まります。
響板の高さ付近から屋根の反射の通り道に入る位置では、直接音と反射音の両方を拾います。
上げすぎると、屋根の反射が強くなって高域が尖ることがあります。
屋根との関係では、全開か半開かで適切な位置が変わります。
全開なら、マイクを屋根の反射軸からやや外すことで、高域の過剰な成分を抑えられます。
半開なら、屋根の拡散効果が強まるため、やや遠めに置いて響板全体の放射を捉えるとまとまりが良い傾向があります。
詳しくは「ピアノ発表会 録音 方法 客席から 無指向性 マイク配置」も参考にしてください。
確実なのは、まず客席や演奏者の位置で実際の音を聴き、どこで良いバランスかを確かめてから、その付近にマイクをセットすることです。
最初からマイクありきで決めると、モニター音だけで判断することになり、空間のバランスを見失います。
なぜその位置が録音に効くのか
響板の放射特性は周波数によって異なります。
波長が長い低域(100 Hzで波長約3.4 m)は、響板全体がほぼ同位相で動き、無指向に近い放射をします。
一方、高域(1000 Hzで波長約0.34 m)では響板の分割振動が起き、放射に強い指向性が生まれます。
このため、マイクの位置によって低域と高域のバランスが変わるのです。
屋根の反射も選択的です。
周波数が上がるほど鏡面的に反射し、低い周波数ほど回折して屋根の裏側にも回り込みます。
全開の屋根は高域を効率よく跳ね返すため、反射軸上では高域が強調されます。
半開では高域の反射方向が分散し、拡散的な性格になります。
床面反射によるコムフィルタも注意すべき要素です。
マイクとピアノのあいだの床で反射した音が直接音と干渉し、特定の周波数が周期的に打ち消されます。
高さを変えると打ち消しの周波数が変わるため、録音しながら調整するのが確実です。
距離が2倍になると自由音場では約6 dB下がりますが、室内では反射があるためこの通りには下がりません。
残響が支配する臨界距離を超えると、距離を変えてもレベルはほとんど変わりません。
つまり距離の操作は、音量ではなく直接音と残響音の比率を決める操作です。
どんな失敗が起きやすいのか
よくある失敗の一つは、単一指向性マイクを響板のすぐ近くに置いてしまうことです。
近接効果によって低域が持ち上がり、こもった録音になります。
また、一点を狙った録り方になるため、響板全体の鳴りを捉えられず、ピアノの広がりが失われます。
もう一つは、屋根の反射をまともに受ける位置に置くことです。
全開の屋根の反射軸上に置くと、高域のアタック成分が過剰になり耳に刺さります。
反射音が直接音と時間差で到達するため、コムフィルタも加わります。
距離を広げすぎると残響が支配的になり、打鍵の輪郭がぼやけます。
部屋の残響時間が長い場合は臨界距離が短くなるため、響きの豊かなホールほど、マイクを近づけて直接音の比率を確保する必要が出てきます。
これらの失敗を避けるには、モニターヘッドホンで実際の音を聴きながら位置を変え、バランスの良い点を探ることが基本です。
メーターよりも自分の耳で判断することを優先してください。
どんなマイクがピアノに向くのか
ピアノの録音には、無指向性のマイク2本を組にした方式が向きます。
理由は三つあります。
第一に、無指向性マイクには近接効果が生じません。
全音域を距離による低域の変動なく録れるため、録音の段階で低域が不自然に強調されることがありません。
第二に、無指向性は低域まで素直な特性を持ちます。
ピアノの最低音域(波長が数メートルにおよぶ帯域)でも、レベルが正確に収まります。
第三に、空間の響きを含めて自然に捉えられます。
ピアノは部屋の響きと一体になって音楽を作る楽器です。
無指向性のペアは、響板からの直接音と部屋の反射音を拾い、ホールで感じる音の広がりを録音に残します。
指向性による違いを整理すると、次のようになります。
単一指向性を使う場合も可能ですが、近接効果と低域の減衰特性を理解したうえで位置を決める必要があります。
指向性の選び方の詳しい考え方は「無指向性と単一指向性の使い分け 録音で何が変わるのか」を参照してください。
本数を増やせば自由度は上がりますが、マイク間の干渉によるコムフィルタのリスクも増えます。
1組のステレオマイクだけで全体を収める姿勢は、位相の破綻を避けるうえで有効です。
詳しくは「ワンポイント録音とは?
1組のマイクだけで全体を収める方法と原理」をご覧ください。
最後に
ピアノの録音に唯一の正解はありません。
会場の残響、ピアノの個体、屋根の開き、そして何より、あなたがその演奏から何を残したいかによって、最適な位置は変わります。
ここで述べた判断の基準を手がかりに、ご自身の耳で聴き、動かし、比べてみてください。
あなたの環境では、どこに置いたときが最も演奏の真実に近づくでしょうか。
手放す前に一度いまの音を録っておく、という使い方もあります。
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