ようこそ Kuon(クオン)へお越しくださいました。芸術家の朝比奈幸太郎です。Kuon は 2026 年に、朝比奈幸太郎自身がこれまでの音楽活動の中で、現場レベルで本当に必要な機能を統合したいという想いで立ち上げました。
かつて私が音大で音楽を学んでいた頃、寝る間も惜しんで練習していました。そんな時に想うことが、練習だけに集中したい。音楽だけをやっていたい……という想い。みなさんも、音楽制作や練習が楽しくて、1 日 24 時間では足りないと感じる夜がありませんか。
しかし、当時は DTM(現在は DAW)の技術を勉強しなければいけないし、作曲や編曲のマインドを整理するためのマインドマップも必要。録音は誰かに依頼しなければいけない。現代でも YouTube や SNS 配信をするために、機材の勉強をしたり、編集のことを学ばなければいけない。そのために、どのツールを使えばいいのか。AI の時代に突入しましたが、音楽家が本物の音楽を制作するためのツールやサービスは、まだ世界中に散らばっています。
そんな、音楽に携わる人が音楽だけに集中することができる音楽家統合プラットフォームが、Kuon です。
私自身、20 代ではピアニストとして北欧やヨーロッパで演奏活動をし、20 代後半からは、音楽レーベルを立ち上げてプロデューサーとしても活動してきました。また、その中で金田式 DC 録音の五島昭彦氏に弟子入りし、音響工学や録音エンジニアリングを学んできました。
演者に監督、裏方と、様々な立場から音楽をみ続けてきた私だからこそ、どの立場の音楽家においても便利に使える Kuon を創ることができたわけです。
ソフトとハード、両方が必要

音楽業界にとって、録音し、残す、そして伝えるという工程は、実は最も重要であり、最も疎かにされてきた部分であります。
誰もが、技術が上がり、自分の演奏を録音したいと思うようになります。私が音大生だった頃、当時はインターネットが普及しはじめたばかりの頃で、録音技術に必要な情報は、まだ書籍や現場の録音エンジニアから得る時代でした。
書籍を買うにもお金が必要、録音機材を買うにもお金が必要。みなさんが今持っている楽器もそうでしょうが、音響機材もまた、途方も無い金額のお金がかかります。
私も然り、自分自身の音を録音するため、楽器の技術習得と並行しながら音響を学び始めました。時を経て録音エンジニアとして活動していく中で、市販品よりも自分の好みの音を録音するマイクロフォンを自作する方が、音に対する妥協を一切しなくて済むという結論に辿り着きました。
私はマイクの設計を始め、プロが数十万円で使うマイクと同等品質を、音大生が買える価格で、というコンセプトで、自作のマイクをひっそりと販売しました。
しかしマイクを売っているうちに、もっと大きな問題に気づいたわけです。ハードウェア(マイクや機材)だけでは解決できない、ソフトウェアでこそ解決すべき問題がある、と。
Kuon では、ハード製品であるマイクと、ソフトウェア製品である DAW や DAR ソフトさえ統合したプラットフォームにすることで、誰もが世界最高クオリティーで録音することができる環境を構築しました。
必要な機能を、必要なだけ

現在、世界の音楽と音響の技術は、あまりにもばらばらに散らばっています。録音は Pro Tools、編集は別のソフト、作曲は Cubase や Logic。マスタリングになるともっと選択肢は増えるし、録音エンジニアから DDP ファイルが送られてきても、よくわからないし、開けない……という、複雑で専門的で難しい仕組みのソフトがたくさんあります。同じ一曲を作るための道具なのに、プロジェクトファイルすら互いに開けないことさえあります。
なぜ大手はこれをひとつにまとめないのか。理由は単純です。各社は自分のフォーマットで顧客を囲い込むことで成り立っている。統合とは、自分たちが長い年月をかけて掘った堀を、自ら埋めてしまう行為になるわけです。だから、たとえ望んでも統合できないのです。
私には、守るべきものはありません。しがらみのない一人の個人開発者だからこそ、世界に散らばった技術を、ひとつに集めることができる。
世界にばらばらに散らばった音楽の技術を、ひとつに。それが、私がソフトウェアでまず成し遂げたいことです。
世界中に、本気の学習者がいる

Kuon のもうひとつの顔が、音楽教育です。世界には、本気で音楽を学ぼうとしている人が、数えきれないほどいます。それなのに、彼らのための現代的な道具は、驚くほど整っていませんよね。
存在しないのであれば、創る。
音楽理論のコースに加えて、これまで専門学校に通わないと学べなかったような音響工学やエンジニアリングの知識を、Kuon で学べます。
その中心には、記譜法の基礎から音大卒業レベルまでを体系化した楽典をご用意しました。北米の音楽学部で標準教科書として使われている Open Music Theory v2 を骨格に、すべて朝比奈幸太郎が監修。音響工学に関しては、元 Panasonic 半導体部門に在籍していた現役・金田式 DC 録音エンジニアの五島昭彦氏にも監修してもらっています。
ばらばらに散らばっていた教育さえも、ひとつの場所へ。
AI 時代も、人が奏でる

AI の進化が止まらなく、いえ、止められなくなっている 2026 年に、Kuon は始まりました。AI が、一人ひとりの理解に合わせて解説を綴れるようになってから。そして、音楽は全自動で AI がつくるようになってから。
私は、「だからこそ今なのだ」と考えています。私は決して反テクノロジー思想を持っているわけではありませんが、やはり芸術は最後まで、そして人間が存在する以上、人間が創るという概念は、これからも久遠に続いていくと考えています。
ピッチ補正で音痴な歌手はいなくなりましたが、音程が外れているのが、またいい味になったりするものです。完璧なリズム、完璧な構成の音楽も美しいかもしれませんが、その完璧を定義したのは、西洋音楽の楽典的解釈に過ぎません。
不完全であることの完璧性を構築することこそ、真に芸術家が芸術を創る上で大切な哲学になると確信しています。Kuon のテクノロジーや AI は、人類が存在しなくなる最後の瞬間まで、芸術家の補助的側面を担えるように運営管理していくつもりであります。
音楽に、唯一の正解はない

私が信じていること、いえ、創造性の真実が、ひとつあります。
音楽には、唯一の正解はない。
Bach は属和音から偽終止に進むことを選び、Mozart は同じ場面で予想通りの主和音解決を選びました。どちらも正解です。
あなたが今、楽典の課題で「教科書とは違う和音」を選んだとしても、それは「不正解」ではありません。それは、あなたの選択であり、ひとつの音楽であり、創造性です。
アカデミックの現場では、どうしても正解と不正解を明示する必要があります。しかし Kuon では、そういった是非を問わない姿勢をポリシーとしています。
私自身、かつて学習者として音楽理論や技術をしっかり学び、創造性を求めて前衛音楽とインプロビゼーションの道に進みました。だからこそ、Kuon が学習者に何かを教えるとき、「これしかない」とは絶対に言いません。「Bach はこう選んだ」「教科書はこう推奨する」「あなたの選択もこう成立する」と、並列で示します。
『太陽が昇れば明るくなる』というのは事実です。でも、自分の部屋に遮光カーテンを引けば、その事実の中で『暗闇』を成立させることができる。それを肯定するところから、創造性は発火します。
これは私の哲学であり、Kuon の哲学として Kuon 全体に注入されています。共通言語としての規則を、体系的に教える。同時に、規則の外に立つ自由も尊重する。
世界の音楽教育プラットフォームで、この姿勢を貫けるのは Kuon だけだと、私は思っています。
次の世代への架け橋

私の芸術家としての目標は、世界中のあちこちで文化の芽を育てること。文化の芽を摘まない仕組みを創ること。Kuon のシステムによって、世界中のあちこちで、ポツポツと文化の芽が咲き乱れる姿を楽しみに、そしてそんな地球の姿を創造することに使命感をもって、Kuon を発展させていきます。
また、エンジニアとしては、アナログ文化を次の世代に繋げるということ。AI が音楽を作っても、どんなにテクノロジーが発展しても、レコードやテープが衰退しないのはなぜか。それは、人間が本能的にアナログの音を求めているからです。この物理次元でしか体験できない現象を、魂のレベルで求めているからだと思います。
この先 AI が発展したとしても、ロボットが Revox のテープをセットして聴かせてくれることはありません。ロボットがアナログテープに音声を収録して、再生することはありません。仮にあったとすれば、それはすでに芸術とは言えないでしょう。なぜなら私にとって音楽とは、人と人とが共鳴・共振することであると定義しているからです。この哲学は、Kuon の製品にしっかりと注ぎ込まれています。
Kuon のはじまり物語
一枚のタオル
一枚のタオルがあります。そのタオルは、何の変哲もない、ただのタオルでした。ただ、手で折り、結び、形を与えるとどうでしょう。やがてそれは、ぬいぐるみになり、糸をほどけば、また一枚のタオルに戻る。失われるものは、何もないし、何も生まれていません。
この技を考案し、『タオルでつくるぬいぐるみ』として特許を取得したのが、服部まさ子。創業者・朝比奈幸太郎(本名:服部)の祖母である。

その特許は、いまは満了しています。だからこそ、一枚のタオルさえあれば、誰の手のなかでも、動物を生み出せます。独占されることなく、世に開かれていった。それもまた、ほどけば元に戻るという、祖母の哲学のかたちなのだと思う。
かつて祖母の手からは、たくさんの動物が生まれました。そのなかに、一羽のフクロウがいたのです。名前はありませんでした。数ある動物のひとつにすぎなかったその一羽は、なぜかいつでも、私の成長とともにそこにいました。
祖母は、生前、多くの作品を世界に、そして社会に寄付してきました。やがて天寿を全うし、たくさんのぬいぐるみが祖母とともに旅立ちましたが、なぜかそのフクロウ一羽だけは、私の手元に残りました。タオル地の、柔らかな、名もなきフクロウ。
私は、その一羽を「クオン(久遠)」 と名づけました。
祖母の手仕事には、ひとつの一貫した哲学がありました。決してタオルは切らないこと。傷つけないこと。そして、いつでも元の一枚のタオルへ戻れること。それは、モノに対する敬意のかたちであり、この世界の理である「空(くう)」を表現した、ひとつの芸術でした。
空とは、条件が揃っているあいだ、たまたまその形をとって存在しているにすぎないということ。芸術とは、その空の、究極の表現であると私は考えます。その哲学を、私は音楽の場所へ受け継ぎました。
日常にちらばる無数の音に、どんな意味を与えるのか。誰でも生み出せる音という振動に意味を与えるのは人間であり、その空を実在として感じとれるのも、また人間です。これは、AI が発達し、人工知能が完成したのちの未来でも、変わることのない不変の概念だと考えています。仮に AI や人工知能が空を生み出したとしても、私たちにその空の概念は理解できない。それと同じことでしょう。
あなたの作品は、これまでも、これからも、あなた自身が創造し、生み出し、そして誰かが感じとる、空の芸術です。空音開発は、急かさず、励まさず、ただ、あなたが創造できる環境を整えます。
ただし、空音開発は、決してテクノロジーを否定する立場にはありません。AI や人工知能、テクノロジーと共存していく未来を、楽しみにしています。積極的に最新の技術を取り入れ、AI とともに、そしてやがては人工知能とともに、久遠の未来を創造していく。そんな音楽プラットフォームでありたいと願っています。
祖母のあの一枚のタオルから流れる哲学が生んだクオンは、みなさんの音楽人生に、その創造と活動に、静かに寄り添います。
切らない、傷つけない、そして、かたちを変えながら、なお失われない。その優しさで、クーはあなたの音楽に寄り添います。
クオンに叡智と哲学を残し。私を育ててくれた祖母と祖父に多大なる敬意と感謝を。そしてクオンを応援してくれるすべての人に、至上の感謝を贈ります。