目次
フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン。
木管アンサンブルを録るときに最初に直面する問題は、楽器ごとに音の出る方向が違うことです。
正面に一本のマイクを置いただけでは、ある楽器だけが突出し、別の楽器が遠くに沈みます。
木管アンサンブルの録音は何が難しいのか
木管アンサンブルの録音を難しくしているのは、音の放射方向、音量、周波数帯域が楽器ごとに大きく異なることです。
フルートは歌口のあたりから音が強く放射され、演奏者の左斜め上方に拡がります。
オーボエはベル(管の末端)だけでなく、開放されたキーからも音が出ます。
クラリネットはベルの方向に低音が、管体の音孔から中高音が出ます。
ファゴットは上向きのベルから高音域が、管体の音孔から低中音域が放射され、周波数によって指向性が変わります。
ホルンはベルが後方または側方を向き、演奏者とは反対の方向へ音を送ります。
音量も一律ではありません。
ある楽器のフォルテと別の楽器のピアノでは、マイクに届くレベルに差が出ます。
弧を描いて演奏するため、一箇所に置いたマイクが捉える音は、楽器によって放射のピークを拾ったり、谷を拾ったりすることになります。
マイクはどこに置けばよいのか
編成全体を一組のマイクで、適度な距離から捉える方法が無理のない出発点です。
ただし会場の響きと編成の並び方で最適な位置は変わるため、判断の基準を持つことが重要です。
距離の基準は、臨界距離です。
臨界距離とは、直接音と残響音のレベルが等しくなる距離を指します。
これより手前に置けば直接音の比率が大きく、各楽器の分離が明確になります。
これより奥に置けば残響の比率が大きく、編成全体が溶け合った響きになります。
どちらを選ぶかは、求める録音の性格で決まります。
高さの基準もあります。
フルートの音は上方へ、ファゴットの低い音孔から出る音は低い位置へ拡がります。
マイクの高さを変えると、この上下の楽器間のバランスが変わります。
演奏者の頭よりやや上の位置から試し、聴きながら上下させてバランスを探ります。
配置の方式には選択肢があります。
AB方式(スペースドペア)は、無指向性マイク2本を一定間隔で離して平行に置き、空間の広がりを自然に得られます。
間隔は目的と音源の幅によって30 cmから300 cm以上まで変えられます。
ORTF方式は単一指向性2本を間隔17 cm、開き角110度で組み、定位が明確になります。
どちらを選ぶ場合も、まず客席で自分の耳で最もバランスの良い位置を探し、そこにマイクを置いて試聴し、距離を微調整します。
なぜその位置なのか
距離をとって全体を見渡す位置から録ると、各楽器の指向性の違いが平均化されます。
フルートの放射のピーク、ホルンのベルが向く方向、ファゴットの音孔からの放射。
方向が異なっていても、距離を経ることで壁や天井からの反射成分が混ざり、直接音だけでは生じる偏りが和らぎます。
距離をとれば楽器間の音量差もバランスしやすくなります。
逆二乗の法則に従えば、音源からの距離が2倍になるとレベルは約6 dB下がります。
各楽器に平等にこの法則がかかるため、近接して録るより自然なバランスに近づきます。
室内では反射があるため理論通りには下がりませんが、距離による均一化の効果は得られます。
指向性マイクを各楽器に近づける方法が難しいのも、放射方向の違いが理由です。
ある楽器の放射のピークを狙うと、別の楽器の放射の谷を拾う。
さらに近接効果によって、ファゴットやホルンの低域が過剰に持ち上がる懸念もあります。
ワンポイント録音の考え方、つまり一組のステレオマイクだけで全体を収める手法は、こうしたマイク間の干渉や位相の破綻を原理的に起こさない点で、この編成と相性が良いのです。
起きやすい失敗と避け方
一つめは、アンサンブルに近すぎる位置にマイクを置くことです。
距離が近いほど、各楽器の指向性の違いが直接音に強く現れます。
オーボエだけが突出したり、ホルンが遠くに感じられたりするのはこのためです。
対処は距離をとることだけでなく、編成の配置そのものを録音向けに調整することも有効です。
扇形に広げる、ホルンの位置を前に出す、といった微調整でマイクに届く音のバランスが変わります。
二つめは、天井や床からの強い反射です。
とくにホールの舞台で録るとき、床面からの反射が直接音と時間差でマイクに到達し、コムフィルタが生じます。
特定の周波数が打ち消され、音色が変わります。
マイクの高さを変えることで、この反射の干渉する周波数帯域をずらせます。
また、3対1の法則を意識し、マイク間の距離を音源までの距離の3倍以上に保つことで、複数マイク間の干渉も抑えられます。
これは目安であり、音源の指向性や部屋の響きによって必要な比率は変わります。
三つめは、無指向性マイクで間隔を広げすぎることです。
AB方式で無指向性2本を使うとき、間隔が広すぎると中央が薄くなり、定位に穴が空いたように感じられます。
間隔の上限は、音源の幅と距離との兼ね合いで調整します。
どんなマイクが向くか
木管アンサンブルの録音には、無指向性のペアが向きます。
理由は三つあります。
第一に、近接効果が生じません。
指向性マイクを音源に近づけると低域が持ち上がりますが、無指向性マイクにはこの現象がありません。
ファゴットやホルンの低音を、余計な強調なくそのままの比率で収められます。
第二に、低域まで素直に収まります。
無指向性マイクは原理的に低い周波数までフラットな特性を持ちます。
木管アンサンブルの持つ幅広い周波数帯域を、帯域の偏りなく記録できます。
第三に、空間の響きを含めて捉えられます。
無指向性は全方向から等しく拾うため、各楽器の放射方向の違いを問わず、部屋全体の音を均等に収められます。
ホールの響きが演奏の一部である編成では、これは大きな利点です。
指向性と方式の比較を整理します。
無指向性と単一指向性の使い分けについては別の記事で詳しく扱っています。
まとめ
木管アンサンブルの録音は、各楽器の異なる放射特性を個別に対処するのではなく、距離と無指向性マイクの特性で自然に捉えることが筋道です。
この考え方は楽器の構成が変わっても応用できます。
ワンポイント録音とは?
1組のマイクだけで全体を収める方法と原理も参照してください。
では、あなたの次回の録音では、まず客席の中央あたりに立ち、耳で最もバランスの良い位置を探してみてください。
そこからマイクを置く場所を決める。
それが最初の一手です。

