空音開発Kuon R&D
録音技術 · 2026.07.30

ステレオマイクの選び方と方式|無指向性AB・ORTF・XY・MS・デッカツリー

ステレオ録音の方式を一枚で見渡し、自分の現場に合う方式とマイクを選ぶための地図です。

目次

ステレオマイクを選ぶとき、最初に決めるのは機種ではありません。
方式です。

無指向性の2本を離して置くのか、単一指向性の2本を交差させるのか、正面と左右で録って後から幅を決めるのか。

方式が決まると、必要なマイクの指向性と本数が決まり、置き方が決まり、録れる音の性格が決まります。

この記事は、ステレオ録音の方式を一枚で見渡し、自分の現場に合う方式とマイクを選ぶための地図です。

方式ごとの詳しい原理は、それぞれの記事に分けてあります。
ここでは全体の関係と、選び方の順序を扱います。

ステレオ録音とは、何を決めることか

ステレオ録音とは、左右2つのチャンネルに、聴き手が方向と広がりを感じ取れるだけの手がかりを残す録音です。

手がかりは2種類しかありません。
左右に音が届く時間の差と、左右に届く音の強さの差です。

どちらを主に使うかで、方式は3つの系統に分かれます。

ステレオ録音の方式と、その系統
方式系統使うマイク間隔主な手がかり
XY方式同軸単一指向性2本0 cm強度差
MS方式同軸正面1本と双指向性1本0 cm強度差(後から幅を変えられる)
ブルームライン方式同軸双指向性2本0 cm強度差
ORTF方式準同軸単一指向性2本17 cm時間差と強度差
NOS方式準同軸単一指向性2本30 cm時間差と強度差
AB方式間隔無指向性2本が代表的30から300 cm 以上時間差
デッカツリー間隔無指向性3本左右を広く、中央を前へ時間差(中央を1本で補う)

同軸は、2本のカプセルをできるだけ近づけます。
音がほぼ同時に届くので、モノラルに混ぜても位相の打ち消しが起きません。
放送や配信で安定します。

準同軸は、人の両耳の間隔を参考にした配置です。
時間差と強度差の両方で定位を作り、スピーカー再生で違和感の少ない像になります。

間隔方式は、無指向性マイクを離して置きます。
空間の広がりと、低域の素直さが得られます。

1組のステレオマイクだけで全体を収めることを、ワンポイント録音と呼びます。
上の表のうちデッカツリーを除く方式は、すべて1組で成立します。

無指向性か、単一指向性か

方式より先に、指向性を決める必要があります。
指向性とは、音を拾う方向ごとの感度の差です。

無指向性は、全方向からほぼ均等に音を拾います。
カプセルの背面が閉じていて、正面から来た音圧だけに反応します。

単一指向性は、正面の感度が最も高く、真後ろが最も低くなります。
背面が開いていて、前と後ろの音圧の差で信号を作ります。
後ろから来た音は前と後ろにほぼ同時に届いて打ち消されるため、正面に感度の山ができます。

この構造の違いが、録れる音の違いになります。

無指向性と単一指向性の比較
項目無指向性単一指向性
方向ごとの感度全方向でほぼ均等正面が高く、背面が最も低い
近接効果生じない生じる(近づけると低域が持ち上がる)
低域の素直さ低域まで自然に収まる距離によって低域の量が変わる
部屋の響き多く拾う比較的少なく拾う
周囲の不要な音分離できない背面からの音を抑えられる

近接効果は、指向性マイクを音源に近づけると低域が持ち上がる現象です。
無指向性では起きません。
構造に由来するので、単一指向性であれば機種を問わず起こります。

部屋の響きの入り方も違います。
無指向性は壁や天井からの反射音をそのまま録ります。
単一指向性は、向けた方向以外の感度が低いぶん、反射音が相対的に少なくなります。

判断は、次の3つを順に見ます。

指向性選びの目安
条件無指向性が向く場合単一指向性が向く場合
録りたい範囲空間ごと録りたい音源に集中したい
部屋の響き響きが良く、活かしたい響きを抑えたい、騒音がある
マイク距離近接効果を避けて近づける距離で低域を調整したい

これは目安です。
部屋の響きが良くても、音源をくっきり録りたいなら単一指向性が合うことがあります。

無指向性と単一指向性のあいだに優劣はありません。
道具の特性であって、場面によって適性が変わるだけです。

低域になるほど指向性は弱まるので、空調の低音や交通の振動は、単一指向性でも比較的拾います。
指向性だけでは対処しきれない騒音があることも、覚えておいてください。

方式ごとの性格

AB方式

無指向性の2本を平行に離して置き、到達時間の差で広がりを作ります。
低域まで素直に収まり、部屋の響きを活かせます。

間隔を広げるほど左右の分離は増しますが、中央が薄くなり、モノラル互換性は下がります。
音源の幅とマイク間隔のつり合いで決めます。

詳しくはAB方式 録音とは?
スペースドペアの間隔が音を変える仕組みと使い方
で扱っています。

ORTF方式

単一指向性の2本を、間隔17cm、開き角110度で置きます。
両耳の間隔に近く、時間差と強度差の両方で定位を作るので、スピーカー再生で自然な像になります。

詳しくはORTF方式 とは 間隔17cm 開き角110度で扱っています。

XY方式

単一指向性の2本のカプセルを、できるだけ近づけて交差させます。
時間差がほぼ生じないので、モノラルに混ぜてもコムフィルタが起きにくく、放送や配信で安定します。
広がりは他の方式より控えめです。

詳しくはXY方式 マイク とは。
2本のカプセルを近づけて交差させる同軸ステレオ録音
で扱っています。

MS方式

正面を向くM(ミッド)と、左右を向く双指向性のS(サイド)で録り、後から L = M + S、R = M - S の演算で左右を作ります。
Sの量を変えると、録音後にステレオ幅を調整できます。

詳しくはMS方式 録音 とは。
正面のMと左右のSで収録し、後からステレオ幅を変える方法
で扱っています。

デッカツリー

無指向性の3本を三角形に置き、中央の1本を前に出します。
AB方式で中央が薄くなる弱点を、中央のマイクで補います。
3本を混ぜるので、干渉には注意が要ります。

詳しくはデッカツリー 録音 とは。
無指向性3本を三角形に配置して中央の薄さを補う方式
で扱っています。

無指向性2本のAB配置。間隔で広がりと中央の濃さが変わります
音源(演奏)約30〜33cm

無指向性2本を約30〜33cm。空間の広がりを自然に。吹奏楽・合唱に最適です。

無指向性ABの置き方の型

空音開発が録音の軸にしているのは、無指向性のAB方式です。
置き方には、よく使う型がいくつかあります。

無指向性ABの置き方
間隔向く場面性格
狭いAB30から50 cm独奏、小編成、室内人の頭幅より少し広い間隔。ヘッドホンでもスピーカーでも成立しやすい標準の配置
広いAB1 m 以上オーケストラ、パイプオルガン、森全体包まれるような広がり。中央は薄くなる
デッカツリー左右を広く、中央を前へ広い編成をひとまとまりに中央の薄さを3本目で補う。3本とマルチトラックが必要
境界配置床や壁に密着ピアノの床下、ホールの壁面反射との干渉を避け、低域が伸びた芯のある音

狭いABは、迷ったときの出発点です。
ここから間隔を広げたり狭めたりして、中央の濃さと広がりのつり合いを耳で決めます。

なぜ1組で済ませるのか

マイクを増やすと、ミキシングの自由度は上がります。
同時に、ある問題がほぼ確実に生じます。
複数のマイクに同じ音が時間差をもって入ることによる干渉です。

同じ音がわずかな時間差で2つのマイクに届くと、特定の周波数が打ち消され、櫛の歯のような凹凸が周波数特性に現れます。
コムフィルタです。

3対1の法則は、この干渉を目立たなくするための経験則です。
マイク間の距離を、マイクから音源までの距離の3倍以上にすると、漏れて入る音のレベルを十分に下げられる、という考え方です。
目安であって規則ではなく、音源の指向性や部屋の響きで必要な比率は変わります。

イコライザーで部分的に補正できても、櫛の歯状の凹凸は急峻で数も多く、後から取り除くのは現実的ではありません。

1組のマイクだけで収録すれば、この問題は原理的に起きません。
2本の信号がそのまま左右のチャンネルとして成立するように設計された配置だからです。
セッティングの時間も短く、演奏者への圧迫感も減ります。

引き換えに、録音後の編集で特定の楽器だけを上げ下げすることはできません。
演奏のバランスは、マイクを置く位置と、演奏者自身の音量配分で決まります。
録音者はマイクの前で、演奏者は楽器の前で、それぞれの役割を全うすることになります。

実際にどう選ぶか

唯一の正解はありません。
会場の響き、編成の規模、録音の目的で、適切な方式と位置は変わります。
順番に問うと、選択肢が絞れます。

位置決めの基本はこうです。
まず録りたい音と、入れたくない音を整理します。
次に、そのつり合いが取れそうな位置にマイクを仮置きします。
距離を変えながら試聴し、直接音と残響音の割合を確かめます。

目安になるのが臨界距離(直接音と残響音のレベルが等しくなる距離)ですが、実際には試聴で決めるのが確実です。

自由音場では距離が2倍になるとレベルが約6 dB下がりますが、室内では反射があるため、離しても想定ほど下がらないことがあります。
残響が支配する距離を超えると、ほとんど下がらなくなります。

ステレオマイクを選ぶ

方式が決まれば、マイクの条件が決まります。

同軸や準同軸の方式には、単一指向性を2本、揃った特性で用意する必要があります。
1本の筐体に2つのカプセルを持つワンポイントステレオマイクは、この用途のために作られています。

AB方式には、無指向性を2本、特性を揃えて用意します。
2本の感度や周波数特性がずれていると、中央の像が片寄ります。

無指向性の2本を1組として設計し、一本ずつ手はんだで組んでいるのが、空音開発の P-86S と X-86S です。

P-86S はプラグインパワーで動き、スマートフォンやハンディレコーダーのマイク入力に挿して使えます。
X-86S はミニXLR出力で、48Vファンタム電源のレコーダーやインターフェースにつなぎます。

どちらも、上の表の「狭いAB」から「広いAB」まで、間隔を変えて使えます。

楽器別の考え方はピアノ録音のマイク選び|無指向性と指向性の使い分けで掘り下げています。
録音の全体像は録音方法にまとめています。

誤解しやすい点

一つ目は、ワンポイント録音が常に良い結果をもたらすわけではない、という点です。
各楽器を個別に制御したいポピュラー音楽の制作では、マルチマイクが目的に合います。
無指向性のABも、チューバのような低音管楽器の独奏をごく近くで録る用途には向きません。
輪郭がぼやけることがあります。

二つ目は、1組ならどの方式でも同じ結果になる、という誤解です。
同軸は定位が鋭く、間隔は空間が広い。
性格がまったく違います。

三つ目は、位置決めを定型化できるという期待です。
「この編成ならこの距離」という一律の数値は存在しません。
会場、配置、指向性がすべて変わるからです。
この記事でも具体的な距離を挙げていないのは、読者が自分の現場で判断するための枠組みを渡すためです。

よくある質問
ステレオマイクは1本の製品と2本のペア、どちらを選べばよいですか

同軸や準同軸の方式なら、2つのカプセルを1つの筐体に持つワンポイントステレオマイクが扱いやすい選択です。AB方式なら、特性を揃えた無指向性2本のペアが必要です。方式を先に決めると、どちらが要るかが決まります。

無指向性マイクは周囲の音を拾いすぎませんか

全方向から拾うので、部屋の響きも周囲の音もそのまま入ります。録りたい音に近づけるほど、周囲との差がはっきりします。近接効果が無いので、近づけても低域が変わりません。

後からステレオの幅を変えられる方式はありますか

MS方式だけが、録音後にS成分の量を変えて幅を調整できます。他の方式は、時間差や強度差が録音時に固定されます。

スマートフォンでステレオ録音はできますか

できます。プラグインパワーで動くステレオマイクを、マイク入力に対応した端子か変換アダプタに挿します。保存形式を非圧縮にできる録音アプリを使うと、マイクの性能をそのまま残せます。

最後に

ステレオ録音は、少なくすることで得られる明快さを信じる考え方です。

次に録音の現場に立ったとき、まずマイクを何本も立てる前に、自分の耳で直接音と残響のつり合いを探してみてください。

あなたの現場では、その1組をどこに置きますか。

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