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録音が終わったあと、ステレオの広がりを変えたいと思ったことはありませんか。
たいていの録音方式では、現場で決めた広がりがそのまま記録され、あとから変えることはできません。
MS方式は、その点で異なる選択肢です。
録音後にステレオ幅を調整できる、録音方式の中でも特殊なしくみを持っています。
MS方式とは
MS方式は、同軸(コインシデント)に置いた2本のマイクで録るステレオ方式です。
1本は正面を向くM(ミッド)、もう1本は左右を向くS(サイド)です。
録音時に2チャンネルで収録し、あとから演算で左右の信号に変換します。
行列は次のとおりです。
L = M + S、R = M - S
Sの比率を変えることで、ステレオ幅を録音後に調整できるのが最大の特徴です。
なぜ録音後に幅
を変えられるのか
このしくみの核心は、Sマイクが拾う情報にあります。
Mマイクは正面の音を拾います。
属性は単一指向性でも無指向性でも構いません。
単一指向性にすれば正面の直接音を中心に拾い、無指向性にすれば部屋の響きも均等に収まります。
Sマイクは双指向性です。
双指向性マイクは正面と背面の音を同位相で拾い、側面の音を逆位相で拾います。
Sマイクを横に向けて置くことで、左方向の音と右方向の音が、互いに逆の極性で記録されます。
左から来た音はS信号に正の極性で入り、右から来た音は負の極性で入る、というわけです。
録音後、このM信号とS信号から左右のチャンネルを作ります。
LチャンネルはM + Sです。
右から来た音はS信号に負の極性で入っているため、M + Sで打ち消されます。
左から来た音はS信号に正の極性で入っているため、M + Sで強調されます。
RチャンネルはM - Sです。
左からの音が打ち消され、右からの音が強調されます。
ここで重要なのは、S信号の量を変えられるという点です。
Sを2倍にすれば左右の分離は強まり、Sを0にすればMだけが残りモノラルになります。
この調整は録音後のミキシングで自由に行えます。
MS方式以外のステレオ方式では、こうはいきません。
ORTF方式やXY方式では、時間差や強度差が録音時に固定されるため、あとから幅を変えることは原理的にできないのです。
実際にどう選び、どう使うか
MS方式を選ぶかどうかは、録音環境と求める自由度によります。
決定的な正解はなく、条件によって判断が変わります。
Mマイクの選択は、録りたい音の範囲で決めます。
単一指向性なら正面の直接音を中心に収録し、背面の不要な音を抑えます。
無指向性なら低域まで素直に収まり、部屋の響きも均等に拾います。
どちらが良いかは、会場の音響と目的次第です。
幅の調整は録音後に行います。
この性質は、現場で最終的なステレオ幅を判断しにくい状況で役に立ちます。
たとえば演奏中にモニター環境が限られている場合や、あとから編集で幅を決めたい場合です。
同軸方式(XY方式やブルームライン方式)と比較すると、XY方式もモノ互換性に優れますが、録音後の幅調整はできません。
位置で音を決める考え方についてはワンポイント録音とは?
1組のマイクだけで全体を収める方法と原理も参考になります。
準同軸方式の考え方はORTF方式 とは 間隔17cm 開き角110度で詳しく触れています。
誤解しやすい点
MS方式の「録音後に幅を変えられる」という特徴は、しばしば「どんな場面でも使える万能な方式」と受け取られます。
これは誤解です。
会場の響きが良くない場合、Sの比率を大きくすると望ましくない反射も強調されます。
また音源の配置や幅によって、適切なSの比率は変わります。
目安はあっても、唯一の正解はありません。
Sマイクに使う双指向性マイクは近接効果が強く、音源に近づけすぎると低域が持ち上がります。
この特性は、Mマイクを無指向性にした場合により顕著に現れることがあります。
無指向性と単一指向性の特性的な違いについては無指向性と単一指向性の使い分け 録音で何が変わるのかに整理しています。
また、S信号を加減する操作は左右のバランスを変えているように感じられますが、実際にはステレオ幅そのものを変えています。
パンニングとは原理が異なる点に注意してください。
最後に一つ、問いを置きます。
録音後に幅を変えられるということは、現場で判断を保留できるということです。
あなたが次に録る場面では、その自由度が、録音のどのような制約をほどくでしょうか。

