目次
一枚の資料があります。
見出しに LP record Kaneta ADConverter to digital data play Roland R44 とあり、末尾に金田明彦氏の署名があります。
2017年10月更新版と記された、レコードの一覧表です。
金田式DCアンプの試聴会で配られた資料で、そこで実際にかけられたレコードが並んでいます。
クラシック28行、ジャズ20行、CDが3行。
全部で51枚分です。
アンプの試聴に使うレコードですから、選定の基準は一つしかありません。
音がよいこと。
演奏の評価でも、作曲家の重要度でもなく、鳴らしたときに何が聴こえるかで選ばれています。
この51枚が、いつ、どこで、誰の手で録られたのか。
一枚ずつ世界中の資料を当たって調べました。
その記録です。
51枚の一覧
原本の記載順です。
曲名や演奏者名で絞り込めます。
録音チームは四つに集まります
51枚を録音者で並べ直すと、はっきりした偏りが出ます。
マーキュリー リヴィング・プレゼンス
エンジニアは C. ロバート・ファイン、プロデューサーはウィルマ・コザート・ファイン。
1955年から、無指向性マイク3本だけを使い、1/2インチ幅の3トラックテープに左・中央・右をそのまま記録する方式を採りました。
中央のマイクを主役に据える設計で、モノラル時代の単一マイク法をそのまま横に広げた形です。
使われたマイクは Schoeps M201 です。
米国では Telefunken 201 の名でも流通しました。
別のマイクではなく、同じものです。
1952年に Schoeps が開発したもので、当時は Neumann も AKG も Telefunken の名義で自社製品を流していました。
無指向設定では、単一の振動板による純粋な圧力型として働きます。
このリストでは火の鳥、春の祭典、道化師の朝の歌の3枚が該当します。
デッカ(日本盤はロンドン)
デッカ・ツリーと呼ばれる3本吊りの配置は、ロイ・ウォレス、ケネス・ウィルキンソン、アーサー・ハディの手で1950年代初頭に作られました。
最初に使われたのは1954年、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールです。
アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の録音でした。
当初は単一指向性の Neumann KM56 を30度傾けて使い、1955年からはウィルキンソンが推した無指向性の Neumann M50 が標準になります。
ウィルキンソンはさらに左右に2本を足し、5本構成にしました。
このリストのロンドン盤は20枚を超えます。
全体の四割です。
ヴァン・ゲルダー
ルディ・ヴァン・ゲルダーは、ニュージャージー州ハッケンサックの自宅の居間で録音を始め、のちにイングルウッドクリフスにスタジオを建てました。
コルトレーンの Blue Train は1957年9月15日、ハッケンサックの自宅。
ベイシーの Impulse 盤は1962年3月、イングルウッドクリフス。
リストには、彼の二つの時期がどちらも入っています。
コンテンポラリー
エンジニアはロイ・デュナン。
録音の経路が全段真空管でした。
レスター・ケーニッヒのレーベルで、デュナンの録音は長く珍重されてきました。
アート・ペッパーの Tin Tin Deo と、バーニー・ケッセルの Be Deedle Dee Do の2枚です。
デッカが使った四つの部屋
ロンドン盤20枚あまりは、四つの場所に集まります。
四つのうち三つは、演奏のために建てられた建物ではありません。
響きと、暗騒音の少なさで選ばれた部屋です。
キングズウェイ・ホールの地下には地下鉄が通っていました。
録音は列車の合間を縫って行われています。
セビリアを録ったのはケネス・ウィルキンソンとアラン・リーヴ、制作はジョン・モードラーで、1967年11月1日と2日の記録が残っています。
ジャズ側は、ベイシーとエリントンでした
原本のジャズ欄を数え直すと、思いがけない偏りが出ます。
カウント・ベイシーは MW 2167、YS-7116-RO、KI 7909、YW-7841-RO、A-15、2310-901、そして CL 1715 の7枚。
デューク・エリントンは3枚あります。
Sunny の一枚は、原本の演奏者欄が「Francis Albert Sinatra」とだけ書かれているため見落としやすいところです。
実体は『Francis A. & Edward K.』という共演盤で、1967年12月11日と12日にハリウッドで録音され、編曲はビリー・メイが担当しました。
ジャズ20行のうち、11行がこの二人です。
理由は録音と再生の両面から説明がつきます。
十数本の管楽器が同時に立ち上がるビッグバンドは、過渡特性と定位が最も厳しく問われる素材です。
アンプの試聴に使うなら、これ以上の材料はそう多くありません。
Battle Royal はさらに徹底しています。
1961年7月6日、ニューヨークのコロンビア30丁目スタジオで録られたこの盤は、ステレオでベイシー楽団を左、エリントン楽団を右に置いています。
二つのビッグバンドを左右に分けて同時に鳴らす設計です。
KIMBERLY 11011 の4行について
原本には、同じ番号の行が4つ並びます。
Leap Frog にレス・ブラウン、Song of India にトミー・ドーシー、Anvil Chorus にグレン・ミラー、Mambo Jambo にペレス・プラード。
演奏者は全員違うのに、レコード番号はどれも KIMBERLY 11011 です。
調べた結果、この4曲は1枚の同じ盤に入っていました。
『Percussion in a Tribute to the Big Bands』、演奏はフランキー・キャップ・パーカッション・グループです。
つまり原本の演奏者欄に書かれているのは、その曲をかつて演奏していた楽団の名前で、この盤で叩いているのは別の人たちです。
Kimberly は打楽器の実演盤に的を絞ったレーベルで、モノラルが2000番台、ステレオが11000番台という番号の付け方をしていました。
打楽器の立ち上がりと定位を聴かせる盤ですから、試聴会に選ばれた理由は明確です。
なお、この盤で叩いているフランキー・キャップは、リストの RealTime RT-101『For Duke』でもドラムを担当しています。
同じ人が、別の立場で二度入っています。
真空管マイクの、往きと還り
調べ終えてから気づいたことがあります。
このリストの中心は1950年代後半から60年代前半に集まっています。
デッカの Neumann M50、マーキュリーの Schoeps M201、ヴァン・ゲルダーの居間、コンテンポラリーの全段真空管。
真空管マイクが当たり前だった時代です。
一方、リストで最も新しい盤は Pablo 2310-901、ベイシーの『88 Basie Street』です。
1983年5月11日と12日、ハリウッドのオーシャン・ウェイ・スタジオ、録音はアレン・サイズ。
1980年代、スタジオはファンタム電源の新しいマイクへ移り、真空管マイクを手放していきました。
そのとき欧州を回って、手放されたそれを買い集めていたのがアレン・サイズです。
Neumann と AKG の真空管機、RCA のリボン、Telefunken ELAM 251 が4本。
彼の手元には、そうして集まったものが残りました。
真空管マイクが標準だった時代の盤と、それが手放されかけた時代に拾い集めた人の盤。
このリストは、その両端で閉じています。
金田氏は耳だけで選んでいます。
系統立てて集めた一覧ではありません。
それでも、こうした形が現れました。
一枚ずつの記録
裏が取れた分を、録音の情報とともに並べます。
音を聴く
権利者が配信している音源だけを置いています。
演奏者と盤を照合したものに限っています。
ペトルーシュカ。
1957年、ジュネーヴのヴィクトリア・ホール。
デッカ・ツリーの開発者ロイ・ウォレス自身が録った盤です。
Blue Train。
1957年9月15日、ハッケンサックのヴァン・ゲルダー自宅スタジオ。
Tin Tin Deo。
マイルス・デイヴィス五重奏団のリズム隊との共演で、ロイ・デュナンの全段真空管録音です。
You Look Good to me。
RCA スタジオでボブ・シンプソンが録りました。
クラシックの録音技師がジャズのピアノトリオを録った盤です。
Bluesville。
リストで最も新しい1983年の盤で、真空管マイクを集めていたアレン・サイズの録音です。
いま手に入るもの
このリストの盤の多くは、正規の復刻で今も新品が買えます。
以下は実在を確認したものです。
分からなかったこと
調べきれなかったものを、そのまま書いておきます。
Verve KI 7909「Belly Roll」が、どのアルバムに収められた曲なのかを特定できませんでした。
ルーレット YS-7116-RO「Has Anyone Here Seen Basie」も同様です。
マーティ・ペイチの行に記されたレーベル名「M&M Enterpriser」の実体が分かりません。
番号 W1349 はワーナー・ブラザースの盤と一致しますが、レーベル名が合いません。
別プレスの可能性がありますが、裏が取れていません。
ウィーン・フィルハーモニー四重奏団の「死とおとめ」(SLC 1371)、ショルティとイスラエル・フィルの弦楽セレナード(SLB 44)、アンセルメのカルメン前奏曲(SLC1514)については、録音年月を確定できませんでした。
CD3枚のうち、アバドの Luisa Miller とレヴァインの白鳥の湖も、録音の詳細までは辿れていません。
これらは今後わかり次第、追記します。
資料について
このリストは、金田式DCアンプの試聴会という公の場で配布された資料です。
署名は金田明彦氏。
2017年10月更新版とあります。
見出しの LP record Kaneta ADConverter to digital data play Roland R44 が示すとおり、試聴会ではレコードをそのまま回したのではなく、一度デジタル化したものを再生していました。
レコードを鳴らし、AD変換を通し、Roland R44 で再生するという経路です。
音の良い盤を選び、それを可能な限り忠実にデジタル化して持ち歩く。
このリストは、そういう作業の記録でもあります。


