空音開発Kuon R&D
アナログ · 2026.08.08

レコード名盤51枚は、どこで誰が録ったのか。金田明彦氏の試聴会リストを一枚ずつ調べました

金田式DCアンプの試聴会で配られたレコードリスト51枚。録音の年月日、場所、エンジニアを一枚ずつ世界中の資料から調べました。マーキュリー、デッカ、ヴァン・ゲルダー、コンテンポラリーという四つの録音チームに集まること、ジャズ側の過半がベイシーとエリントンであることが分かりました。

目次

一枚の資料があります。

見出しに LP record Kaneta ADConverter to digital data play Roland R44 とあり、末尾に金田明彦氏の署名があります。
2017年10月更新版と記された、レコードの一覧表です。

金田式DCアンプの試聴会で配られた資料で、そこで実際にかけられたレコードが並んでいます。
クラシック28行、ジャズ20行、CDが3行。
全部で51枚分です。

アンプの試聴に使うレコードですから、選定の基準は一つしかありません。
音がよいこと。
演奏の評価でも、作曲家の重要度でもなく、鳴らしたときに何が聴こえるかで選ばれています。

この51枚が、いつ、どこで、誰の手で録られたのか。
一枚ずつ世界中の資料を当たって調べました。
その記録です。

51枚の一覧

原本の記載順です。
曲名や演奏者名で絞り込めます。

金田明彦氏 DCアンプ試聴会レコードリスト(2017年10月更新版)
曲目演奏者レーベル番号録音年月録音場所
火の鳥ドラティ / ロンドン交響楽団MercurySR902261959年6月ワトフォード・タウンホール
春の祭典ドラティ / ミネアポリス交響楽団MercurySR902531959年11月15日ノースロップ記念講堂
ペトルーシュカアンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団LondonSLB 31957年10月23日から11月9日ヴィクトリア・ホール
道化師の朝の歌パレー / デトロイト交響楽団MercurySR903131962年3月18日キャス工科高校
剣の舞ハチャトゥリアン / ウィーン・フィルLondonSLC12021962年3月8日から11日ゾフィエンザール
スパルタクスハチャトゥリアン / ウィーン・フィルLondonSLC12021962年3月8日から11日ゾフィエンザール
ジークフリートの葬送行進曲ショルティ / ウィーン・フィルLondonSLH 30251964年ゾフィエンザール
フィンランディアカラヤン / ベルリン・フィルEMIIC 065-02 878Q1976年9月ベルリン・フィルハーモニー
組曲 惑星スタインバーグ / ボストン交響楽団GrammophonMG 22781970年10月ボストン・シンフォニーホール
アイネ・クライネ・ナハトムジークケルテス / ウィーン・フィルLondonSLC13271963年10月30日から11月7日ゾフィエンザール
弦楽四重奏曲「冗談」ヤナーチェク四重奏団LondonSLC13201963年5月ほかゾフィエンザール ほか
弦楽四重奏曲「死とおとめ」ウィーン・フィルハーモニー四重奏団LondonSLC 1371未確認未確認
合奏協奏曲「四季」アーヨ / イ・ムジチ合奏団PHILIPSSFX-75051959年4月29日から5月6日ウィーン
ロメオとジュリエットアンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団LondonSLC12921961年10月8日から11月15日ヴィクトリア・ホール
交響曲第7番ロジェストヴェンスキー / モスクワ放送交響楽団MelodiyaC010191965年から1967年モスクワ
交響曲第1番マゼール / ウィーン・フィルLondonSLC 14611965年ゾフィエンザール
カルメン 第1幕への前奏曲アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団LondonSLC1514未確認ヴィクトリア・ホール
交響詩「死の舞踏」マルティノン / パリ音楽院管弦楽団LondonSLC 14381958年パリ
アルプス交響曲ショルティ / バイエルン放送交響楽団LondonL20C-20281979年9月ヘラクレスザール
交響曲第2番「復活」メータ / ウィーン・フィルLondonSLA1098/91975年2月ゾフィエンザール
交響曲第5番ショルティ / シカゴ交響楽団LondonSLC 60741970年3月26日・27日・31日メディナ・テンプル
交響曲第8番「1000人の交響曲」ショルティ / シカゴ交響楽団LondonSLA1039-401971年8月から9月ゾフィエンザール
アイーダ 凱旋行進曲カラヤン / ウィーン・フィルLondonSLC10531959年9月ゾフィエンザール
弦楽セレナードショルティ / イスラエル・フィルLondonSLB 44未確認未確認
プルチネルラアンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団LondonSLC 11941956年5月ヴィクトリア・ホール
スペイン組曲より セビリアフリューベック・デ・ブルゴス / ニュー・フィルハーモニアLondonK18C-91881967年11月1日・2日キングズウェイ・ホール
八重奏曲(シュポア)ウィーン八重奏団LondonSLC 13211959年3月2日から6日ゾフィエンザール
八重奏曲(シューベルト)ウィーン八重奏団LondonSLB-291958年3月20日から29日ゾフィエンザール
The Wind Machineカウント・ベイシーPABLOMW 21671975年8月26日・27日ロサンゼルス
Tall Cottonカウント・ベイシーPABLOMW 21671975年8月26日・27日ロサンゼルス
Has Anyone Here Seen Basieカウント・ベイシーROULETTEYS-7116-RO未確認未確認
Belly Rollカウント・ベイシーVerveKI 7909未確認未確認
Easin' Itカウント・ベイシーRouletteYW-7841-RO1960年12月と1962年7月キャピトル・スタジオ
Oh, Lady Be Goodカウント・ベイシーImpulseA-151962年3月ヴァン・ゲルダー・スタジオ
Bluesvilleカウント・ベイシーPablo2310-9011983年5月11日・12日オーシャン・ウェイ
It Don't Mean a Thingマーティ・ペイチ原本は M&M EnterpriserW13491959年6月30日ほかハリウッド
アイアンサイドクインシー・ジョーンズキングレコードGP 40091971年A&M スタジオほか
Battle Royalエリントン楽団とベイシー楽団ColumbiaCL 17151961年7月6日コロンビア30丁目スタジオ
Sunnyシナトラ とエリントン楽団REPRISEFS 10241967年12月11日・12日ハリウッド
Locomotionジョン・コルトレーンBlue Note15771957年9月15日ハッケンサック
Be Deedle Dee Doバーニー・ケッセルContemporaryS75561958年8月19日・21日コンテンポラリー・スタジオ
You Look Good to meオスカー・ピーターソン・トリオVerveV/V6-86061964年10月と11月RCA スタジオ
Take the A Trainビル・ベリー / エリントン・オールスターズRealTimeRT-1011月11日・12日M&K ダイレクト・トゥ・ディスク
Tin Tin Deoアート・ペッパーContemporary75321957年1月19日ハリウッド
Leap Frog原本は レス・ブラウンKIMBERLY11011未確認未確認
Song of India原本は トミー・ドーシーKIMBERLY11011未確認未確認
Anvil Chorus原本は グレン・ミラーKIMBERLY11011未確認未確認
Mambo Jambo原本は ペレス・プラードKIMBERLY11011未確認未確認
Luisa Miller (CD)アバド / ベルリン・フィルGrammophon457 627-2未確認未確認
白鳥の湖 (CD)レヴァイン / ウィーン・フィルGrammophonPOCG-500361992年ごろウィーン
交響曲第12番 (CD)アシュケナージ / サンクトペテルブルク・フィルLondonPOCL-16591995年5月5日・6日サンクトペテルブルク

「未確認」は、調べた範囲では出典を確認できなかったという意味です。存在しないという意味ではありません。

録音チームは四つに集まります

51枚を録音者で並べ直すと、はっきりした偏りが出ます。

マーキュリー リヴィング・プレゼンス

エンジニアは C. ロバート・ファイン、プロデューサーはウィルマ・コザート・ファイン。

1955年から、無指向性マイク3本だけを使い、1/2インチ幅の3トラックテープに左・中央・右をそのまま記録する方式を採りました。
中央のマイクを主役に据える設計で、モノラル時代の単一マイク法をそのまま横に広げた形です。

使われたマイクは Schoeps M201 です。
米国では Telefunken 201 の名でも流通しました。
別のマイクではなく、同じものです。
1952年に Schoeps が開発したもので、当時は Neumann も AKG も Telefunken の名義で自社製品を流していました。
無指向設定では、単一の振動板による純粋な圧力型として働きます。

このリストでは火の鳥、春の祭典、道化師の朝の歌の3枚が該当します。

デッカ(日本盤はロンドン)

デッカ・ツリーと呼ばれる3本吊りの配置は、ロイ・ウォレス、ケネス・ウィルキンソン、アーサー・ハディの手で1950年代初頭に作られました。

最初に使われたのは1954年、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールです。
アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の録音でした。
当初は単一指向性の Neumann KM56 を30度傾けて使い、1955年からはウィルキンソンが推した無指向性の Neumann M50 が標準になります。
ウィルキンソンはさらに左右に2本を足し、5本構成にしました。

このリストのロンドン盤は20枚を超えます。
全体の四割です。

ヴァン・ゲルダー

ルディ・ヴァン・ゲルダーは、ニュージャージー州ハッケンサックの自宅の居間で録音を始め、のちにイングルウッドクリフスにスタジオを建てました。

コルトレーンの Blue Train は1957年9月15日、ハッケンサックの自宅。
ベイシーの Impulse 盤は1962年3月、イングルウッドクリフス。
リストには、彼の二つの時期がどちらも入っています。

コンテンポラリー

エンジニアはロイ・デュナン。
録音の経路が全段真空管でした。
レスター・ケーニッヒのレーベルで、デュナンの録音は長く珍重されてきました。

アート・ペッパーの Tin Tin Deo と、バーニー・ケッセルの Be Deedle Dee Do の2枚です。

デッカが使った四つの部屋

ロンドン盤20枚あまりは、四つの場所に集まります。

リスト内のデッカ録音の場所
場所該当するものもとの用途
ウィーン ゾフィエンザール指環、マーラー2番と8番、アイネ・クライネ、アイーダ、ハチャトゥリアン、ウィーン八重奏団2枚、マゼール舞踏場
ジュネーヴ ヴィクトリア・ホールアンセルメの4枚演奏会場
ロンドン キングズウェイ・ホールセビリア集会場
シカゴ メディナ・テンプルマーラー5番友愛団体の集会場

四つのうち三つは、演奏のために建てられた建物ではありません。
響きと、暗騒音の少なさで選ばれた部屋です。

キングズウェイ・ホールの地下には地下鉄が通っていました。
録音は列車の合間を縫って行われています。
セビリアを録ったのはケネス・ウィルキンソンとアラン・リーヴ、制作はジョン・モードラーで、1967年11月1日と2日の記録が残っています。

ジャズ側は、ベイシーとエリントンでした

原本のジャズ欄を数え直すと、思いがけない偏りが出ます。

カウント・ベイシーは MW 2167、YS-7116-RO、KI 7909、YW-7841-RO、A-15、2310-901、そして CL 1715 の7枚。

デューク・エリントンは3枚あります。

リストに入るエリントン
エリントンの立場
Battle Royal (Columbia CL 1715)エリントン楽団そのもの。ベイシー楽団と左右に分かれて演奏
Take the A Train (RealTime RT-101)ビル・ベリーのエリントン・オールスターズによる演奏
Sunny (Reprise FS 1024)シナトラの伴奏をエリントン楽団が務めた盤

Sunny の一枚は、原本の演奏者欄が「Francis Albert Sinatra」とだけ書かれているため見落としやすいところです。
実体は『Francis A. & Edward K.』という共演盤で、1967年12月11日と12日にハリウッドで録音され、編曲はビリー・メイが担当しました。

ジャズ20行のうち、11行がこの二人です。

理由は録音と再生の両面から説明がつきます。
十数本の管楽器が同時に立ち上がるビッグバンドは、過渡特性と定位が最も厳しく問われる素材です。
アンプの試聴に使うなら、これ以上の材料はそう多くありません。

Battle Royal はさらに徹底しています。
1961年7月6日、ニューヨークのコロンビア30丁目スタジオで録られたこの盤は、ステレオでベイシー楽団を左、エリントン楽団を右に置いています。
二つのビッグバンドを左右に分けて同時に鳴らす設計です。

KIMBERLY 11011 の4行について

原本には、同じ番号の行が4つ並びます。

Leap Frog にレス・ブラウン、Song of India にトミー・ドーシー、Anvil Chorus にグレン・ミラー、Mambo Jambo にペレス・プラード。
演奏者は全員違うのに、レコード番号はどれも KIMBERLY 11011 です。

調べた結果、この4曲は1枚の同じ盤に入っていました。
『Percussion in a Tribute to the Big Bands』、演奏はフランキー・キャップ・パーカッション・グループです。

つまり原本の演奏者欄に書かれているのは、その曲をかつて演奏していた楽団の名前で、この盤で叩いているのは別の人たちです。

Kimberly は打楽器の実演盤に的を絞ったレーベルで、モノラルが2000番台、ステレオが11000番台という番号の付け方をしていました。

打楽器の立ち上がりと定位を聴かせる盤ですから、試聴会に選ばれた理由は明確です。

なお、この盤で叩いているフランキー・キャップは、リストの RealTime RT-101『For Duke』でもドラムを担当しています。
同じ人が、別の立場で二度入っています。

真空管マイクの、往きと還り

調べ終えてから気づいたことがあります。

このリストの中心は1950年代後半から60年代前半に集まっています。
デッカの Neumann M50、マーキュリーの Schoeps M201、ヴァン・ゲルダーの居間、コンテンポラリーの全段真空管。
真空管マイクが当たり前だった時代です。

一方、リストで最も新しい盤は Pablo 2310-901、ベイシーの『88 Basie Street』です。
1983年5月11日と12日、ハリウッドのオーシャン・ウェイ・スタジオ、録音はアレン・サイズ。

1980年代、スタジオはファンタム電源の新しいマイクへ移り、真空管マイクを手放していきました。
そのとき欧州を回って、手放されたそれを買い集めていたのがアレン・サイズです。
Neumann と AKG の真空管機、RCA のリボン、Telefunken ELAM 251 が4本。
彼の手元には、そうして集まったものが残りました。

真空管マイクが標準だった時代の盤と、それが手放されかけた時代に拾い集めた人の盤。
このリストは、その両端で閉じています。

金田氏は耳だけで選んでいます。
系統立てて集めた一覧ではありません。
それでも、こうした形が現れました。

一枚ずつの記録

裏が取れた分を、録音の情報とともに並べます。

録音の記録
分かったこと
火の鳥 Mercury SR902261959年6月、ロンドン近郊のワトフォード・タウンホール。Schoeps M201 を3本。制作はウィルマ・コザート・ファイン
春の祭典 Mercury SR902531959年11月15日、ミネアポリスのノースロップ記念講堂。Telefunken 201 を3本、1/2インチ3トラック
道化師の朝の歌 Mercury SR903131962年3月18日、デトロイトのキャス工科高校。フォード講堂ではありません
ペトルーシュカ London SLB 31957年10月23日から11月9日、ジュネーヴのヴィクトリア・ホール。エンジニアはロイ・ウォレス、制作はジェームズ・ウォーカー
ジークフリートの葬送行進曲 London SLH 3025ショルティの指環より。ウィーンのゾフィエンザール。制作ジョン・カルショー、技術統括ゴードン・パリー
交響曲第8番 London SLA1039-401971年8月から9月、ゾフィエンザール。エンジニアはケネス・ウィルキンソンとゴードン・パリー、制作デイヴィッド・ハーヴェイ
交響曲第2番 London SLA1098/91975年2月、ゾフィエンザール。エンジニアはコリン・ムーアフット、ジャック・ロー、ジェームズ・ロック。制作レイ・ミンシャル
交響曲第5番 London SLC60741970年3月26日・27日・31日、シカゴのメディナ・テンプル
アイネ・クライネ・ナハトムジーク London SLC13271963年10月30日から11月7日、ゾフィエンザール。エンジニアはゴードン・パリー、制作エリック・スミス
ハチャトゥリアン自作自演 London SLC12021962年3月8日から11日、ゾフィエンザール。制作エリック・スミス、エンジニアはジェームズ・ブラウン
アイーダ London SLC10531959年9月、ゾフィエンザール。テバルディ、ベルゴンツィ、シミオナート
セビリア London K18C-91881967年11月1日・2日、ロンドンのキングズウェイ・ホール。エンジニアはケネス・ウィルキンソンとアラン・リーヴ、制作ジョン・モードラー
プルチネルラ London SLC11941956年5月、ヴィクトリア・ホール
ロメオとジュリエット London SLC12921961年10月8日から11月15日、ヴィクトリア・ホール
八重奏曲 シュポア London SLC13211959年3月2日から6日、ゾフィエンザール
八重奏曲 シューベルト London SLB-291958年3月20日から29日、ゾフィエンザール
弦楽四重奏曲「冗談」 London SLC1320ヤナーチェク四重奏団によるハイドン作品33の2。1963年5月にゾフィエンザール、同年10月にロンドンでの録音が確認できます
アルプス交響曲 London L20C-20281979年9月、ミュンヘンのヘラクレスザール。デッカ末期のアナログ録音のひとつ
四季 PHILIPS SFX-75051959年4月29日から5月6日、ウィーン。エンジニアはハンス・ラウテルスラーガーとトニー・ブチンスキー
フィンランディア EMI IC 065-02 878Q1976年9月、ベルリン・フィルハーモニー。制作ミシェル・グロッツ、バランス担当ヴォルフガング・ギューリヒ
惑星 MG 22781970年10月、ボストン・シンフォニーホール。制作カール・ファウストとトーマス・モウリー、録音ギュンター・ヘルマンス
交響曲第7番 Melodiya C010191965年から1967年の交響曲全集の一環。プロコフィエフが本来書いた穏やかな終結を採った最初の録音
交響詩「死の舞踏」 London SLC1438マルティノンはパリ音楽院管弦楽団を指揮しています。1958年の録音
交響曲第12番 CD POCL-16591995年5月5日と6日、サンクトペテルブルク。大祖国戦争終結50周年の記念演奏会の直前に収録
Blue Train Blue Note 15771957年9月15日、ニュージャージー州ハッケンサックのルディ・ヴァン・ゲルダー自宅スタジオ
Oh, Lady Be Good Impulse A-15アルバムは『Count Basie and the Kansas City 7』。1962年3月、イングルウッドクリフスのヴァン・ゲルダー・スタジオ。制作ボブ・シール
Tin Tin Deo Contemporary 7532アルバムは『Art Pepper Meets the Rhythm Section』。1957年1月19日、ハリウッド。リズム隊はレッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズ
Be Deedle Dee Do Contemporary S7556アルバムは『The Poll Winners Ride Again!』。1958年8月19日と21日、ロサンゼルスのコンテンポラリー・スタジオ。ケッセル、シェリー・マン、レイ・ブラウン
You Look Good to me Verve V6-8606アルバムは『We Get Requests』。1964年10月と11月、ニューヨークの RCA スタジオ。技術統括ヴァル・ヴァレンティン、録音ボブ・シンプソン
Take the A Train RealTime RT-101アルバムは『For Duke』。M&K のダイレクト・トゥ・ディスク録音。1月11日と12日、ビバリーヒルズ。西ドイツでプレス
The Wind Machine と Tall Cotton PABLO MW 2167アルバムは『Basie Big Band』。1975年8月26日と27日、ロサンゼルス。全曲サミー・ネスティコの作編曲、制作ノーマン・グランツ
Bluesville Pablo 2310-901アルバムは『88 Basie Street』。1983年5月11日と12日、ハリウッドのオーシャン・ウェイ。録音アレン・サイズ、制作ノーマン・グランツ
Easin' It Roulette YW-7841-RO1960年12月と1962年7月。ルーレットのニューヨーク録音はキャピトル・スタジオで、エンジニアは通例ボブ・アーノルド。制作テディ・レイグ
Battle Royal Columbia CL 1715アルバムは『First Time! The Count Meets the Duke』。1961年7月6日、コロンビア30丁目スタジオ
Sunny Reprise FS 1024アルバムは『Francis A. & Edward K.』。1967年12月11日と12日、ハリウッド。編曲ビリー・メイ
It Don't Mean a Thing W1349マーティ・ペイチ。1959年6月30日、7月2日、7月7日にハリウッドで録音された13人編成の盤と番号が一致します
アイアンサイド GP 4009クインシー・ジョーンズ『Smackwater Jack』。1971年、A&M スタジオと Sound Ideas スタジオ。制作フィル・ラモーン
KIMBERLY 11011 の4曲『Percussion in a Tribute to the Big Bands』。演奏はフランキー・キャップ・パーカッション・グループ

音を聴く

権利者が配信している音源だけを置いています。
演奏者と盤を照合したものに限っています。

Petrushka: I. The Shrovetide Fair

ペトルーシュカ。
1957年、ジュネーヴのヴィクトリア・ホール。
デッカ・ツリーの開発者ロイ・ウォレス自身が録った盤です。

Blue Train (Remastered 2003/Rudy Van Gelder Edition)

Blue Train。
1957年9月15日、ハッケンサックのヴァン・ゲルダー自宅スタジオ。

Tin Tin Deo (Meets the Rhythm Section)

Tin Tin Deo。
マイルス・デイヴィス五重奏団のリズム隊との共演で、ロイ・デュナンの全段真空管録音です。

You Look Good To Me

You Look Good to me。
RCA スタジオでボブ・シンプソンが録りました。
クラシックの録音技師がジャズのピアノトリオを録った盤です。

Bluesville (Album Version)

Bluesville。
リストで最も新しい1983年の盤で、真空管マイクを集めていたアレン・サイズの録音です。

いま手に入るもの

このリストの盤の多くは、正規の復刻で今も新品が買えます。
以下は実在を確認したものです。

Mercury / Decca
マーキュリー・リヴィング・プレゼンス コレクターズ・エディション (CD)

火の鳥・春の祭典・道化師の朝の歌の3枚が入っています。C. ロバート・ファインの録音をまとめて聴ける形です。

価格と在庫は各販売店でご確認ください
ESOTERIC
エソテリック SACD 名盤復刻シリーズ

デッカのアナログ録音を復刻したシリーズです。アンセルメのペトルーシュカもここに含まれます。

価格と在庫は各販売店でご確認ください
Decca / London
アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団 デッカ録音

ジュネーヴのヴィクトリア・ホールで録られた一連の盤です。

価格と在庫は各販売店でご確認ください
Blue Note
ブルー・トレイン / ジョン・コルトレーン

1957年9月15日、ハッケンサックのヴァン・ゲルダー録音。

価格と在庫は各販売店でご確認ください
Contemporary
アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション

リストの Tin Tin Deo が入っています。ロイ・デュナンの全段真空管録音です。

価格と在庫は各販売店でご確認ください
Verve
ウィー・ゲット・リクエスト / オスカー・ピーターソン・トリオ

リストの You Look Good to me が入っています。ボブ・シンプソンの録音です。

価格と在庫は各販売店でご確認ください
Pablo
88 ベイシー・ストリート / カウント・ベイシー

リストの Bluesville が入っています。アレン・サイズがオーシャン・ウェイで録った1983年の盤です。

価格と在庫は各販売店でご確認ください

分からなかったこと

調べきれなかったものを、そのまま書いておきます。

Verve KI 7909「Belly Roll」が、どのアルバムに収められた曲なのかを特定できませんでした。
ルーレット YS-7116-RO「Has Anyone Here Seen Basie」も同様です。

マーティ・ペイチの行に記されたレーベル名「M&M Enterpriser」の実体が分かりません。
番号 W1349 はワーナー・ブラザースの盤と一致しますが、レーベル名が合いません。
別プレスの可能性がありますが、裏が取れていません。

ウィーン・フィルハーモニー四重奏団の「死とおとめ」(SLC 1371)、ショルティとイスラエル・フィルの弦楽セレナード(SLB 44)、アンセルメのカルメン前奏曲(SLC1514)については、録音年月を確定できませんでした。

CD3枚のうち、アバドの Luisa Miller とレヴァインの白鳥の湖も、録音の詳細までは辿れていません。

これらは今後わかり次第、追記します。

資料について

このリストは、金田式DCアンプの試聴会という公の場で配布された資料です。
署名は金田明彦氏。
2017年10月更新版とあります。

見出しの LP record Kaneta ADConverter to digital data play Roland R44 が示すとおり、試聴会ではレコードをそのまま回したのではなく、一度デジタル化したものを再生していました。
レコードを鳴らし、AD変換を通し、Roland R44 で再生するという経路です。

音の良い盤を選び、それを可能な限り忠実にデジタル化して持ち歩く。
このリストは、そういう作業の記録でもあります。

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