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録音された音声が、あとから切り貼りされていないか?
証拠として使う録音なら、誰しも一度は気にする問いです。
ただ、改ざんの手がかりとなる信号の乱れは、別の原因でも現れます。
偽りの疑いを減らし、判定を確かにするにはどうすればよいのか。
この記事は、その問いに取り組んだ研究を読みます。
改ざんを見つける手がかりは、なぜ誤報が多いのか
録音の改ざんには、別の録音の一部を切り貼りする手口があります。
切り貼りされた素材が、元の録音とは別のマイクで収録されていれば、その痕跡が残ります(Cuccovilloら, 2013)。
この研究は、そうした痕跡を、位相とマイクという二つの手がかりから検出しようとします。
まず位相の手がかりです。
ENF(Electrical Network Frequency)とは、電力網に流れる交流の周波数のことです。
録音環境によっては、この周波数が安定したトーンとして音声に混入し、ここでは50Hzの成分として観察されます。
安定トーン位相解析とは、ENFや環境由来のハム音のような安定したトーンの位相の不連続を調べ、改ざんの可能性を示す手法です。
ただ、この手法は単独では誤報が多く、位相の不連続は改ざん以外の原因でも起きるため、精度が低いという問題があります。
もう一つの手がかりはマイクです。
マイク分類は、閉集合の前提(closed-set assumption)の下では高い精度を示し、平均で90%を超えます。
閉集合の前提とは、分類を訓練時に見たことのある機器どうしの間だけで行うという仮定です。
ところが実際の改ざん検出では、マイクが未知で訓練データも無いため、この手法はそのままでは使えません。
そこで、事前知識に依存しない推定が必要になります。
二つの手がかりを、どう組み合わせて確かめたのか
評価は、位相解析とマイク解析という二つの検出器を組み合わせる形で設計されています。
まず、それぞれの作り方を見ます。
安定トーンの抽出には、時間領域ではなく周波数領域の方法が使われます。
STFT(短時間フーリエ変換)とは、音声を短い時間窓で区切って周波数解析する手法です。
時間領域の方法は、電力線からENFを直接取り出すには便利ですが、実際の音声や音楽には向かないため、周波数領域の方法が選ばれました。
前処理として帯域通過フィルタとダウンサンプリングを施します。
この研究では、50HzのENFに加えて、平均47.6Hzの安定トーンが位相不連続の評価に使われました。
位相解析は次の手順です。
窓をかけたフレームごとに離散フーリエ変換(DFT)を計算し、位相を、極小とそれに続く極大の間の区間に分けます。
そして、理論上の位相と抽出した位相の間の平均二乗誤差(MSE)を各区間で求め、閾値と比べて不連続を検出します。
マイク解析は、録音に残るマイク固有の周波数応答を手がかりにします。
ブラインド・チャンネル推定とは、マイクの周波数応答を、事前知識なしに、検査対象の録音とクリーンな音声のモデルとから推定する手法です。
まず、クリーンな音声について、伝送路の影響を抑えた頑健な音声特徴(RASTA-MFCC)を使って混合ガウスモデル(GMM)を訓練し、平均的なクリーン音声のスペクトルを表現します。
次に、エネルギーが低いフレームを選んでフレーム特徴を計算し、相対的な混合確率を推定します。
そして、ファイル全体の対数スペクトルから、推定したクリーン音声の対数スペクトルを差し引くことで、マイクの周波数応答を推定します。
この推定から、チャンネル推定値、元のスペクトルとの相関、近似スペクトルの性質を表す3成分の特徴ベクトル f=[f1,f2,f3] を作ります。
組み合わせ検出器は次のように働きます。
まず位相解析で疑わしい区切りの位置を見つけ、それぞれの区間をマイク特徴で解析します。
隣り合う区間の特徴ベクトルを相関係数で比べ、異なるマイクが使われたかを判断します。
最後に、位相の証拠とマイクの証拠の交わり、つまり両方が揃った箇所を改ざん位置として確定します。
この組み合わせの狙いは、位相の不連続のうち改ざんが原因でないものを取り除くことです。
評価には、ある携帯電話の録音の区間を別の携帯電話の録音に貼り込んで作った216件の改ざん録音と、マイクアレイ状に並べた携帯電話で収録した120件の真正録音を使います。
真正録音は60件ずつの系列(family)に分かれています。
位相だけの検出器と組み合わせ検出器を、検査特性曲線(ROC)と、偽陽性率5%の動作点における適合率・再現率・偽陽性率・正解率で評価します。
適合率は改ざんと判定したうち実際に改ざんだった割合、再現率は実際の改ざんのうち見つけられた割合、偽陽性率は改ざんでないものを改ざんと誤判定する割合です。
組み合わせると、判定はどれだけ確かになったのか
組み合わせ方式は、位相解析だけの場合に比べて誤報を大きく減らしました。
位相解析だけでは偽陽性率が71.67%でしたが、組み合わせ方式では、どのテスト条件でも5%まで下がっています。
検査特性曲線(ROC)の分析でも、真陽性率を保ちながら偽陽性率を下げられることが示されました。
適合率・再現率・正解率は、条件によって次のとおりです。
適合率はどの条件でも高く、最も高い一般的な用途では97.8%でした。
一方、再現率は69.4%、59.7%、63.0%にとどまり、著者自身も再現率はまだ満足できる水準からは遠いと述べています。
つまり、改ざんと判定したものは概ね正しい一方で、実際の改ざんを取りこぼす場合も少なくありません。
著者は、位相解析単独の高い偽陽性率を下げるという当初の目標は達成されたと述べています。
適合率はいずれの条件でも高く保たれた一方、再現率は満足のいく水準に届きませんでした。
この方法は、どこまで言えるのか
著者自身が限界として挙げているのは、まず再現率の低さです。
組み合わせ方式は、偽陽性を減らす一方で、主に再現率を下げることでそれを実現しています。
検査特性曲線(ROC)上で真陽性率と偽陽性率が同時に上限まで達しないのは、検出能力が基盤となる位相解析に縛られているためです。
評価の範囲も限られています。
この方法は、マイクアレイ状に並べた携帯電話の録音と、平均47.6Hzという特定の安定トーンが存在する条件だけで評価されました。
それ以外の収録条件や、別の周波数の安定トーンで同じ結果になるかは、この研究からは言えません。
この研究を、どう受け止めるか
この研究は、音声改ざん検出という分野で、位相とマイクという二つの異なる手がかりをどう組み合わせるかという課題に取り組んだものです。
位相解析は改ざんの手がかりに敏感ですが、単独では誤報が多く、マイク解析は閉じた条件では確かでも、現実の未知の状況では使いにくい。
この研究の位置づけは、その二つの隙間を、一方の強みでもう一方の誤報を抑える形で埋めようとした点にあります。
結果として得られたのは、改ざんと判定したとき、その判定が正しい割合を大幅に高めるという、慎重な性格の検出器です。
すべての改ざんを見つけられるわけではありませんが、見つけたものについては信頼しやすい。
そうした確かさを優先する方向性自体が、この研究の持ち味です。
そして、その判定能力がどこまで及ぶかも、著者自身によって明確に区切られています。
参考資料
Luca Cuccovillo, Sebastian Mann, Patrick Aichroth, Marco Tagliasacchi, Christian Dittmar『Blind Microphone Analysis and Stable Tone Phase Analysis for Audio Tampering Detection』2013年, Audio Engineering Society Convention Paper 8966(Presented at the 135th Convention, 2013 October 17 to 20, New York, USA)
原典の主張は、Blind Microphone Analysis and Stable Tone Phase Analysis for Audio Tampering Detection をご参照ください。

