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音響工学 · 2026.09.05

2002年|円形マイク配置は音場をどこまで正しく再現できるか

ホールの音場をスピーカー列で再現するには、マイクで測ったインパルス応答をスピーカーの位置へ補外する必要がある。直線・十字・円形の配置を比べた研究は、円形配置が円の内側をアーティファクトなく再現できると示した。

目次

ホールの響きをスピーカー列から丸ごと再現するには、会場で測ったインパルス応答をスピーカーの位置へと補外してやる必要があります。

このときマイクを直線に並べるか、十字に組むか、円形に並べるかで、正しく再現できる範囲が変わってきます。

では、どの配置なら広い範囲を正しく再現できるのか。

Hulsebos ら(2002)は直線・十字・円形の配置を比較し、円形配置なら円の内側をアーティファクトなく再現でき、直線配置は音場再現に不適だと示しました。

音場を再現するには何が足りなかったのか

ホールの音場を後から聴き直すには、会場でインパルス応答(一瞬の入力に対する部屋の応答波形)を測り、それを使って音を再現します。

この手続きを可聴化といいます。

可聴化とは、測定またはモデル化したインパルス応答を無響の信号に畳み込んで再生し、音の場を聞こえるようにする技法です。

従来の可聴化は両耳用の方式が中心でした。

ヘッドホンで聴くため、音が頭の内側に定位する頭内定位が起こり、前後や上下といった空間の手がかりを正しく評価できません。

そこで、ヘッドホンなしで広い聴取範囲に物理的な音場を合成する波面合成(WFS)が注目されます。

波面合成とは、多数のスピーカーを並べ、多チャンネルのインパルス応答を再生して広い範囲に音場を再現する方式です。

これなら時間的にも空間的にも手がかりを保ったまま、ホール全体を知覚的に評価できます。

ただし、録音したデータをスピーカー位置の異なる別の波面合成システムで使う場合、マイクの位置からスピーカーの位置へとインパルス応答を補外しなければなりません。

スピーカー位置と一致するマイク位置で録る方式はホロフォニーと呼ばれます。

ホロフォニーとは、波面合成システムのスピーカー位置とちょうど一致するマイク位置で録音する方式です。

補外が不要ですが、システムが変われば通用しなくなります。

どのマイク配置なら記録した音場を広い範囲で正しく補外・再現できるのかが、未解決の問いでした。

マイクの並べ方で補外はどう変わるか

検証は、音場を補外する数学の上に組み立てられています。

まず、記録した波面を補外するための二次元のキルヒホッフ・ヘルムホルツ積分とレイリー積分を導きました。

キルヒホッフ・ヘルムホルツ積分は、閉曲線上の音圧と法線速度から前向きと逆向きの波面を補外する積分です。

レイリー積分は、無限に長い直線アレイからの補外に使う積分で、法線速度(レイリーI)または音圧(レイリーII)を使います。

これらは波面の伝播を表すホイヘンスの原理を数式にしたもので、記録した音場を補外する根拠になります。

その上で、直線・十字・円形という配置を解析しました。

一つ目は直線アレイです。

音圧だけを拾うモノポール、粒子速度だけを拾うダイポール、音圧と法線速度の両方を拾うハイパーカーディオイドという複数のマイクについて調べました。

再構成の例として、長さ4 mのアレイに30度の角度で入射する平面波を扱っています。

平面波と点音源を対象に、入ってくる波面と出ていく波面の両方について再構成を評価しました。

二つ目は十字アレイです。

直線アレイの平面波分解どうしを、方向に応じた重み関数で組み合わせて作ります。

平面波分解とは、音場を角度ごとの平面波に分解する表現で、任意の位置で音場を計算でき、可聴化に融通の利く形式です。

三つ目は円形アレイです。

円周上で音圧と法線速度を記録し、音場を入ってくる成分と出ていく成分の円筒調和関数に分解して、さらに平面波分解へ変換します。

円筒調和関数とは、球面調和関数の二次元版で、多重極の音源が生む入向き・出向きの音場を表す基底関数です。

円形配置では積分よりも円筒調和関数のほうが扱いやすく、ホロフォニーやアンビソニックス(音場を球面・円筒調和関数で分解し再現する方式)とのつながりも明らかになります。

また、音圧だけでは多くの空間周波数成分が欠落するため、音圧と法線速度の両方を使います。

音場をマイクの並びで記録して再生する方向性は、3D音場を録る球面マイクと再生ドームはどう作るかでも扱っています。

最後に、測定したインパルス応答を三次元と二次元の間で変換する振幅補正も導きました。

三次元の振幅減衰を二次元に直し、球面波的な事象を扱えるようにするためのものです。

どの配置が音場を正しく再現できたか

配置ごとの結果を整理すると次のようになります。

マイク配置の比較
配置再構成の様子
直線(モノポール・ダイポール)前方と後方の入射を区別できず、両方を再構成。端点にアーティファクト
直線(ハイパーカーディオイド)前後は区別できるが、90度のエンドファイア方向では再構成範囲が極めて狭い
十字範囲は広がるが、端点の回折と振幅の不均一が残る
円形円筒調和関数分解で角度分解能が均一。円の内側をアーティファクトなく再構成

直線アレイは、前方から来る波とそれに対応する後方の角度から来る波を区別できないため、波面合成による可聴化には不適と判断されました。

十字アレイは範囲を広げられるものの、端点の回折によるアーティファクトと、再現範囲にわたって振幅が一定にならない問題が残ります。

円形アレイはこれらと対照的です。

円筒調和関数による分解を使うと角度分解能が均一になり、円の内側の音場をアーティファクトなく再構成できました。

円の外側に置いた平面波や点音源については、入ってくる成分と出ていく成分が等しく再構成されます。

一方、円の内側に音源がある場合は出ていく成分にだけ現れるため、入ってくる成分だけを再生することで除去できます。

ただし円形録音のキルヒホッフ・ヘルムホルツ補外は円の内側でだけ有効で、円の外側では再構成された音場はゼロになります。

さらに、アンビソニックの音場を平面波分解すると、入向き・出向きのアンビソニック表現の逆フーリエ変換に係数を除いて一致することも示されました。

アンビソニック録音用のサウンドフィールドマイクは、円筒調和関数の次数が -1、0、1 の一次アンビソニックスに限られます。

アンビソニックス信号の扱いは、アンビソニックス信号から複数音源の方向を推定できるかでも取り上げています。

この結果はどこまで通用するのか

著者自身が限界を明示しています。

まず直線アレイは有限の長さですが、レイリー積分が成り立つのは無限に長い直線アレイに対してです。

端点のアーティファクトはテーパリングで抑えられるだけで、完全には消えません。

モノポールとダイポールが前後の入射を区別できないこと、ハイパーカーディオイドのエンドファイア方向で範囲が極端に狭くなることも、限界として挙げられています。

円形アレイにも制約があります。

円形録音の補外は円の内側だけで有効で、外側では音場がゼロになります。

円筒調和関数からの再構成は、円の半径より大きい領域でだけ安定で、内側ではハンケル関数(二次元の波面補外に用いる特殊関数)が大きな値になるため、通常の浮動小数点計算では破綻します。

三次元から二次元への振幅変換は、直接音や鏡面反射のような球面波的な事象に限られ、回折のような事象には正しくない可能性があります。

さらに円形の線アレイは高い位置の音源を再構成できず、天井反射は正しく再現できません。

これを扱うにはマイクを面状に並べる必要があります。

なお、この論文は具体的な波面合成システムのスピーカー位置は特定せず、補外した前向き・逆向きの音場を一般的に扱っています。

ライブの高次アンビソニック録音も理論の応用として触れられるだけで、検証はされていません。

この研究は音場再現のどこに位置するか

この論文は、記録した波面を補外するという数学的な枠組みと、実際にマイクをどう並べるかという実務の問いを、一つの土台の上に載せています。

ホイヘンスの原理に由来するキルヒホッフ・ヘルムホルツ積分やレイリー積分という古典的な道具立てを、直線・十字・円形という配置に当てはめ、それぞれが再構成できる範囲を明らかにしました。

その結論は、円形配置と円筒調和関数分解が音場再現に適する、という明快なものです。

この研究の価値は、特定の装置や録音方式を打ち出すことよりも、どの配置がどこまで正しく再現できるのかという境界をはっきり示した点にあります。

円形アレイによる分解がホロフォニーやアンビソニックスと自然につながることも指摘され、既存の音場再現の考え方のなかで、この手法がどこに位置づくかを理解する手がかりを与えています。

参考資料

原典の主張は、Improved Microphone Array Configurations for Auralization of Sound Fields by Wave-Field Synthesis をご参照ください。

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