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ポピュラー音楽でアコースティック・ギターのような単一の楽器を録るとき、3Dオーディオの高さチャンネルにはどの程度の音を入れるべきでしょうか。
高さチャンネルの再生レベルをどこまで上げれば、聴く人の没入感につながるのか。
従来は実践的な目安がほとんどありませんでした。
この記事では、聴取試験でこの問いに答えた研究を紹介します。
研究が示したのは、没入感を高めるには高さ情報を10 dB以上と、実質的に大きく入れる必要があるということです。
なぜ高さチャンネルの録音実践は研究されてこなかったのか
まず用語を確認します。
3Dオーディオとは、高さ方向を含む空間的な音響再生のことです。
この論文では、高さチャンネルを含むサラウンド再生を指しています。
高さチャンネルとは、聴取者の耳の高さより上方に配置されたラウドスピーカーに送るチャンネルのことです。
没入感とは、聴取者が音場に包まれたと感じる度合いのことです。
この研究ではスライダーによる評価で測られています。
背景には研究の偏りがあります。
3Dオーディオへの関心が高まる一方で、これまでの研究はコンピュータモデリングや信号処理に偏り、実際の録音実践を扱うものは少なかったのです。
既存の3D音響収録の文献も総称的な手法に留まり、特定の楽器に最適化されたものではありませんでした。
録音スタジオでの利用、とりわけポピュラー音楽の単一楽器を対象にした3Dイメージ収録の手法が求められていたのです。
実践寄りの3D収録研究としては、3Dアンビエンス録音に適したマイクアレイの研究も参照できます。
高さチャンネルの効果はどう測ったのか
録音は、録音スタジオでアコースティック・ギター(Harmony Montereyのアーチトップ)を中心に配置して行われました。
近接マイクに加えて、空間の情報を捉えるためのアンビエントマイクを16本、半径1.22 mの円周上に置きました。
アンビエントマイクとは、直接音ではなくスタジオ内の空間情報を捉えるために置くマイクのことです。
ミッドリングは床から1.54 m、ハイリングは床から2.44 mの高さで、各リングには再生側のラウドスピーカーのリングと同じ本数を充てています。
いずれも単一指向性(カーディオイド)または準単一指向性(サブカーディオイド)で、96 kHzで収録しました。
この配置は、録音側のマイクの位置と間隔が、再生側のラウドスピーカーの数と配置を鏡のように再現することを狙って設計されています。
録音スタジオの寸法は11 x 7 m、天井高は5.7 mで、残響時間(RT60)は1秒を超えていました。
残響時間(RT60)とは、空間の響きがどのくらい続くかを表す指標です。
再生はMcGill大学のStudio 22で行いました。
22.2 SMPTE 2036-2(NHKが開発した多チャンネル音響形式)の中間層と上層に相当する構成です。
耳の高さの8チャンネルサラウンドと、その1.5 m上方に複製した8チャンネルの高さチャンネルを使いました。
この再生室の残響時間は200 ms、周波数帯域による変動は±50 msでした。
高さ方向を含む多チャンネルのミックス配置については、空間オーディオの作り方を参照できます。
高さチャンネルの再生レベルを、0 dB、-6 dB、-16 dB、-22 dB、-144 dB(信号なし)の各水準に分け、8チャンネルのサラウンドミックスと組み合わせてランダムな順で提示しました。
これらの水準は、著者らと専門聴取者により「完全没入」から「ごく微妙」までほぼ等間隔になるよう選ばれています。
30名の被験者(McGill大学サウンドレコーディング大学院の学生とスタッフ)が、目盛りのないスライダー(初期値は中央)で没入感を評価し、各試行の複数の処理から好みを質問紙で選びました。
被験者の平均音楽訓練歴は14年を超え、平均の録音・制作経験は9年を超えていました。
分析には、各群の正規性を確認するKolmogorov-Smirnov検定、一要因分散分析、Tukey HSD(分散分析後に群間の有意差を検定する方法)、二項検定(選好が偶然より有意かを判定する検定)、そして被験者ごとの一貫性スコア(選好の分散に基づく、カットオフは-0.3)を用いました。
高さチャンネルの音量で没入感はどう変わるか
一要因分散分析では、高さチャンネルのレベル間で没入感の平均値に統計的に有意な差がありました。
平均没入感は次の通りです。
Tukey HSDでは、0 dBと-6 dBの間に有意差がありました。
-16 dB、-22 dB、-144 dBは互いに有意差がなく、上位の水準(0 dBと-6 dB)とは有意に異なりました。
選好の質問では、没入感の高い刺激(0 dB、-6 dB)が、非没入の刺激(-16 dB、-22 dB、-144 dB)より有意に多く好まれました(二項検定)。
全被験者では145試行中98試行で没入刺激が好まれました。
被験者の一貫性スコアが-0.3以上の者を一貫性ありとすると、19名が一貫性あり、10名が一貫性なしに分かれました。
一貫性のある被験者では没入刺激が77%の試行で好まれ、全体の68%より高くなりました(いずれも統計的に有意)。
これらの結果から、高さ情報が追加されたことを知覚できる最低レベルが存在し、-16 dBと-22 dBは高さなし(-144 dB)と同じ没入感であることが分かりました。
被験者は、0 dB、-6 dB、そして-16 dB・-22 dB・-144 dBという内容レベルをそれぞれ区別して知覚できました。
没入コンテンツを知覚するには、高さ情報を実質的に大きく、10 dB以上にする必要があります。
選好の結果は、被験者がより微妙な没入レベルよりも、より没入感の高い環境を好む傾向を示しました。
どこまで言えるのか
著者自身が、この調査を予備的な試験(パイロットスタディ)と位置づけています。
また、結果はこの論文の特定の試験シナリオ、すなわち単一のアコースティック・ギター、Studio 22、使用した再生レベルにおけるものであるとも述べています。
対象外とされた範囲も明示されています。
ライブコンサート録音、屋外やスポーツイベント、理論的な技術の検討は扱われていません。
ポピュラー音楽における単一楽器以外の対象も対象外です。
したがって、ここで示された没入感の水準や高さを知覚できる下限は、単一楽器をスタジオで録るという限られた条件の中で得られたものとして受け取る必要があります。
この研究をどう受け止めるか
3Dオーディオの研究の多くがコンピュータモデリングや信号処理に集中するなかで、この研究は実際の録音と聴取試験を組み合わせ、高さチャンネルのレベルという変数を直接扱いました。
没入感が高さ情報をわずかに足しただけで変わるのではなく、ある程度のレベルに達して初めて現れるという結果は、没入感の成立条件を具体的な数値で示した点で、この分野の理解に一つの基準を与えています。
ただし、この知見は単一楽器、特定の再生環境、特定の被験者群という条件のもとで得られた予備的なものです。
どこまで一般化できるかは、今後の追試や別条件での検討に委ねられています。
研究としての位置づけは、没入感という感覚的なものを聴取試験で測れる形に落とし込み、録音実践の側から高さチャンネルの設計に問いを投げかけた点にあります。
参考資料
原典の主張は、Immersive Content in Three Dimensional Recording Techniques for Single Instruments in Popular Music をご参照ください。

