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部屋の響きを整えるには、壁や床がどれだけ音を吸うか知りたい。
カタログ値ではなく実在する面の吸音係数を測りたいが、専用設備なしのその場測定の方法は限られていた。
スピーカーとマイクだけで測る試みの結論は、測定はできるが低い周波数では分解能が限られ、音響中心の補正は実測に使えなかった、というものです。
吸音係数はなぜその場で測りにくいのか
吸音係数とは、表面に入射した音響強度のうち、吸収される分の割合を表す指標です。
反射音圧と入射音圧の比である反射係数を使うと、吸音係数は A=1−|ρ|² と表せます。
反射係数の大きさの二乗は、反射音響強度と入射音響強度の比にあたる反射率です。
つまり吸音係数は、入射した音のうち反射されずに残る分の割合を示します。
この吸音係数は、材料の吸音特性を表す便利な指標ですが、その場測定に適した方法は多くありません。
実在の部屋で測ろうとすると、近くの物体や面が反射体となって測定を乱します。
空調やファンなどの背景騒音もあり、高いSN比を確保する必要があります。
こうした障害を避けつつ、実際の面の吸音係数を得る方法を検討したのが、Mallais(2008)の研究です。
実在の部屋で吸音係数をどう測るのか
測定は、長さ5.5 m、幅7.5 m、高さ2.8 mの矩形室で行われました。
対象は木製パネルの壁と床です。
スピーカー・マイク間とマイク・試料間の距離はともに0.5 mとし、反射波が入射波より長い経路をたどる配置にして、両者を時間的に分離できるようにしました。
励起には最大長系列信号を使います。
最大長系列とは、不要反射とSN比の問題を克服するための周期的な擬似ランダム信号です。
これを増幅してスピーカーへ送り、自由音場マイクロホンで受音して、コンピュータでインパルス応答を取得します。
この信号を選んだのは、得られたインパルス応答にゲート処理を施すことで、複素反射係数、ひいては吸音係数を決められるからです。
実在の部屋で測る際に方法が結果を左右する点は、大聖堂の残響は測り方でどう変わるかでも取り上げられています。
音源は使い分けました。
木製パネル壁の測定には、3 cmのツイーターと13 cmのウーファーを備える密閉型スピーカー(KEF)を使いました。
加えて、外径4.5 cm、内径4 cm、長さ1.3 mのパイプに3 cmのドライバを収めた小型スピーカーを製作し、同じ壁と床を別々に測定しました。
小型の音源は、音源が放射波長より十分小さいときに音圧を球面波としてモデル化するコンパクト音源近似が高い周波数まで成立し、筐体のエッジなどで生じる音波の回折の寄与も小さくなります。
測定の音源が結果を左右する点は、音響測定の音源は球形か十二面体かで結果はどう変わるのかでも扱われています。
低い周波数では音響中心の概念が効いてきます。
音響中心とは、球面波が距離に応じて減衰する際の、その減衰の原点に当たる位置です。
低周波数ではこの原点がスピーカーの前面板から離れた位置にあり、音の伝搬距離の補正に使われます。
音響中心は、音源からの距離を変えながら音圧を測り、音圧の逆数を距離に対してプロットしたときの切片として求めます。
吸音係数を求めるには、インパルス応答から入射波と反射波を分離します。
入射波と反射波を同じ長さの矩形時間窓で切り出すゲート処理を行い、その音圧比から A=1−|ρ|² として算出します。
時間窓の長さが周波数分解能を決め、窓が短いほど低い周波数が測りにくくなります。
切り出した波形にFFTをかけて周波数応答を得ます。
時間窓の長さはKEFで2.8 ms、小型ドライバで2.7 msでした。
音響中心の補正を入れない場合と入れる場合の、それぞれの計算式を使い分けました。
その場測定で何が分かったのか
KEFでは2.8 msの時間窓から357 Hzの周波数分解能が得られました。
小型ドライバでは2.7 msの窓を使いました。
どちらのスピーカーも、350 Hz付近より低い周波数で音圧レベルが上がる、または下がる様子が見られ、インパルス応答を有限の長さで切り出したことによる打ち切り誤差が示唆されました。
床の測定では、この打ち切りによって周波数領域に振動が現れました。
小型ドライバは低い周波数の成分が少なく、2 kHz未満では周波数応答が代表的でないと推測されました。
計算された吸音係数は負の値を示す場合があり、これは理論上あり得ない値です。
KEFでは回折が原因と推測されました。
一方で3 kHz以上では、木製パネル壁と床の両方の吸音係数が±0.2の範囲に収まりました。
音響中心の補正の効果は数値例で示されました。
補正なしでは吸音係数が0.5、補正ありでは0.32となり、補正によって値が大きく変わります。
今回の測定室では、音響中心の補正が有効な低い周波数領域のデータが得られなかったため、実際の吸音係数は補正なしの計算式で計算されました。
この測定はどこまで当てはまるのか
著者はこの測定の限界を述べています。
実在の部屋では近くの物体や面が反射体となって測定を乱すため、それらを避ける配慮が必要です。
ゲート処理には代償があり、時間窓が短いと低い周波数の分解能が下がります。
分解能は部屋の寸法と測定配置によって制限されます。
音源を小さくするとコンパクト音源の条件は満たしやすくなりますが、出力が下がるため、音源の大きさと出力の間で妥協が必要になります。
実際、今回の測定室では時間窓が約2.8 msしか得られず、357 Hzの分解能では、KEFのウーファーの音響中心補正が有効とされる約200 Hzより低い周波数の意味のあるデータが得られませんでした。
そのため低い周波数での音響中心補正を実測には適用できませんでした。
小型ドライバの測定では低中域のSN比が悪く、2 kHz未満のデータは信頼できないと推測されました。
吸音係数が負になる理由は明確でなく、提示された理論は高反射性の表面では成立しない可能性があり、その検証は将来の課題とされました。
検証は高反射性の表面のみで行われ、吸音性の材料での検証は行われていません。
低い周波数の分解能を改善するのは容易ではなく、提案された方法の実用性と精度の比較も行われていません。
その場測定の吸音係数はどう位置づけられるか
吸音係数は、表面の吸音特性を表せる便利な指標です。
しかし専用設備でなく実在の部屋で測る方法は少なく、この研究は最大長系列信号とゲート処理を組み合わせたその場測定を、実在の壁と床に対して試みたものとして位置づけられます。
この研究の貢献は、測定ができることを示した点に加え、その場測定が抱える低い周波数の分解能という限界を、部屋の寸法と配置との関係として明示した点にあります。
さらに低周波数で効く音響中心の補正を吸音係数の計算に取り入れる道筋を示しつつ、実際の測定室ではその補正を使えるだけの分解能が得られないという、手法の現実的な境界も示しました。
この分野で共有される課題に、具体的な事例を加えた研究といえます。
参考資料
原典の主張は、In Situ Determination of Acoustic Absorption Coefficients をご参照ください。

