空音開発Kuon R&D
音響工学 · 2026.08.24

2014年|大聖堂の残響は測り方でどう変わるか

大きな教会の残響は、音源の種類とマイクの置き方で、捉え方がどう変わるのか。同じ大聖堂で2001年と2013年に行われた2つの非標準的な測定を比較し、初期反射の強さの違いと、残響が移動して聞こえる現象の共通点を読み解きます。

目次

大きな教会の残響は、音を鳴らす道具とマイクの置き方で、捉え方が変わるのか。

残響が移動して聞こえる現象も、測り方で変わるのか。

同じ大聖堂で2001年と2013年に行われた2つの測定を比べた研究が答える。

結論は、音源を替えると初期反射の捉え方が変わり、残響の移動はどちらの方法でも共通して記録された。

大きな空間の残響は、なぜ一つの値では表せないのか

Woszczyk、Begault、Higbie(2014年)が比較したのは、Grace Cathedral で2001年と2013年に別々に行われた2つの残響測定です。

ゴシック様式のこの教会は、長い残響時間と、音楽演奏に向いた没入感のある音質で注目されてきました。

この大聖堂の概略の寸法は、次のとおりです。

Grace Cathedral の概略寸法
部位寸法
後陣から前庭までの長さ310 ft
身廊床から屋根裏までの高さ121 ft
翼廊幅139 ft
身廊幅95 ft
身廊床から天井までの高さ90 ft
後陣幅45 ft

いずれも概略の寸法です

残響時間とは、音が止んだあと、室内の音のエネルギーがどれだけ減衰するまでにかかる時間を表す指標です。

減衰曲線のどこを切り取るかの違いで、T30、T20、T15 と呼び分けます。

残響時間をその場で測る方法は、ポータブル装置による残響時間測定の研究でも扱われています。

こうした大きな聖堂では、残響は一様には減衰しません。

本体である身廊と、音響的につながったニッチや屋根裏といった副空間が、それぞれ違う遅れで音を返すからです。

結合空間とは、聖堂本体と音響的につながる副空間のことです。

結合空間からの残響が、異なる時間、異なる方向から到来することで、後期残響が空間内で移動するように知覚される現象があります。

後期残響音場の見かけの移動とは、この現象を指す言葉です。

つまり問いはこうなります。

残響を一つの数値ではなく、いつ、どこから、どれだけのエネルギーで返ってくるのかとして捉えようとしたとき、測り方が結果を左右するのか。

2つの測定は、音源とマイクをどう置き換えたのか

2つの測定は、音源の種類とマイクの配置の両方で大きく異なります。

2001年の測定は、スターターピストルを音源にしました。

地上で撃ち、その音を、床面から約5 ftと85 ftの高さに置いた測定用マイクロフォンで受けます。

祭壇の近くを含む複数の点で、残響時間(T30、T20、T15)と初期減衰時間(EDT、残響の感じ方に関係する初期の減衰時間)を、逆積分法(二乗したインパルス応答を時間の逆方向から積分して減衰曲線を求める方法)で、帯域ごとに求めました。

前庭の近くには、交差配置したカーディオイドと全指向性のマイクロフォンも据えています。

2013年の測定は、音源を別のものに替えました。

15 Hzを下限に、80秒かけて周波数を掃引する指数正弦波スイープを使います。

指数正弦波スイープとは、周波数が指数関数的に上昇していく正弦波信号のことです。

これを、指向性の異なる10台のラウドスピーカードライバーから放射し、無響室で録音した楽器の音をもとに人工的な音源を作って、部屋に提示しました。

マイクロフォンは、各位置に8チャンネルのアレイを置きました。

全指向性4本と双指向性4本で構成します。

全指向性は2 m間隔の正方形に、双指向性は高さ方向を捉える配置に組み、通常は2 m、3 m、4 mの高さで測りました。

ここでインパルス応答を補足します。

インパルス応答とは、部屋の音響応答を時間の流れに沿って表したものです。

測定したインパルス応答は、マルチチャンネル畳み込み残響、つまり音源信号に残響を後から畳み込む手法の素材になります。

2つの測定は、意図も異なります。

2001年は、後期残響音場の見かけの移動を特徴づけるため、方向ごとの到達時間と減衰の差を記録することを目指していました。

2013年は、楽器の音に近い音源と、聴いて確かめる事前選定を通じて、マルチチャンネル畳み込み残響に、よりそのまま使えるインパルス応答を得ることを目指していました。

音源を何にするかで測定結果が変わるという問題は、球形音源と十二面体音源を比べた研究でも扱われています。

測り方を変えると、何が違って見えたのか

まず2001年の測定からです。

祭壇の近くで、中帯域の残響時間は4.8秒でした。

帯域ごとのT30は、低い帯域から高い帯域へ向かって6.2秒、5.6秒、5.2秒、4.6秒、3.8秒、1.9秒と、一貫して短くなります。

低い帯域ほど長く、高い帯域ほど短い残響です。

減衰の様子を時間で追うと、単純な一本の曲線にはなりません。

速い減衰と、ゆっくりした全体の減衰が重なって見えます。

結合空間から遅れて到来する残響エネルギーのしるしです。

場所による違いもはっきりしました。

音響エネルギーは後陣で最も早く減衰します。

いっぽう前庭の後方のマイクロフォンは、初期レベルこそ低いものの、最も長くエネルギーを保ちました。

祭壇を音源とした場合、約0.8秒を過ぎたあたりから、身廊の上部のエネルギーが優勢になります。

2013年の測定との比較では、まず初期反射の違いが目立ちます。

祭壇位置の初期反射エネルギーは、2013年の測定のほうが2001年より約10 dB多く捉えられました。

この差について著者は、励振信号の違い、つまり地上で撃つピストルと、耳の高さに置いたラウドスピーカの違いによるものだと述べています。

上下方向を捉えるマイクロフォンでは、結合空間からのエネルギーが時間とともに蓄積し、約175 msでピークに達しました。

これは2001年の測定で見られた上下方向の移動と似た挙動です。

この結果は、どこまで信頼してよいのか

著者は、この研究がどこまで言えるのかを、二点で明確に留保しています。

一つは聖堂の寸法です。

本稿で示した寸法は、概略の測定であると断られています。

つまり後陣や翼廊の幅、身廊の高さといった数値は、正確な測量値ではなく、おおよその見積もりとして読むべきものです。

もう一つは、残響が移動して聞こえるという知覚にかかわる時間の閾値です。

Begault(2003年)が提案した、速い減衰のピーク間隔にかかわる約100 msと、結合空間からの減衰率の差にかかわる約300 msという値は、いずれも実験的に確認されていない、と著者は記しています。

この研究の見かけの移動の記述は、まだ実証を経ていない閾値に部分的に依拠しています。

この研究は、残響研究のどこに位置づくのか

この研究が立っているのは、大空間の音響測定と、その中で人が音をどう聞くかという空間聴覚の、二つの関心の接点です。

長い残響を持つ建物では、残響を一つの数値で表すだけでなく、エネルギーがいつ、どの方向から、どれだけ返ってくるのかを捉えることへ、関心が向いてきました。

この研究は、同じ空間を異なる方法で測ると、初期反射の強さも、後期残響の見かけの移動も、違った形で記録されることを、実測を通して示しました。

その寄与は、二つの非標準的な測り方を並べることで、大空間の空間聴覚と録音とに知見を与えた点にあります。

著者は、この知見が、結合空間をもつより小さな空間の知覚サイズを操作する研究や、宇宙ステーションや月面拠点のような閉鎖空間での長期滞在の改善に応用できると展望しています。

ただしそれはこの論文が示した将来の方向であって、今回の実測の結論そのものではありません。

参考資料

原典の主張は、Comparison and Contrast of Reverberation Measurements in Grace Cathedral をご参照ください。

この記事が属するシリーズ

関連記事

ジャーナルへ戻る