目次
映画館で映画を観るとき、低音が席によって違って聞こえるのは、部屋のせいなのか、スピーカのせいなのか。
スピーカそのものの性能と、部屋の中で実際に鳴る音は、どう結びつくのか。
上映室で良好な音響再生を得るには、何を測り、どう補正すればよいのか。
複数の研究報告が示す答えは、無響データから室内応答は予測でき、スクリーンの影響はほぼ聴こえず、低域は1点測定の等化では直らず多点補正が必要だ、というものだ。
映画館の音の乱れは、どこから来るのか
上映室で応答を測って異常を見つけたとき、それが部屋の響きに由来するのか、スピーカそのものに由来するのかは、スピーカの無響性能の情報なしには判断しにくい(Rumsey, 2015)。
無響性能は、反射のない空間で測ったスピーカ単体の応答を指します。
上映室で測る応答には、この単体の応答に、部屋の反射や座席の影響が重なって現れます。
両者を切り分けられなければ、どこを直せばよいのかが分かりません。
低域の較正も同じ問題を抱えています。
従来は1点、あるいは空間平均で測った応答を基準に等化してきましたが、低域の応答は席の位置による変化が小さくありません。
1点で合わせても、ほかの席で合うとは限らないのです。
スクリーンが音に与える影響も、はっきりしていませんでした。
映画館ではスピーカをスクリーンの背後に置きます。
スクリーンは高域を減衰させ、背後の反射を作ります。
この損失を等化すべきなのか、背面反射が実際に聴こえるのかは、未解明のまま残っていました。
スピーカの無響性能と多点測定は、どう使われたのか
複数の研究報告が、上映室の音響再生をそれぞれの角度から調べています。
ここでは、何をどう測ったのかに注目して追います。
Gedemerの報告は、無響応答から室内応答が予測できるかを調べたものです。
残響時間が0.28秒から0.45秒までの、規模の異なる7つの試写室を用意しました。
ラウドスピーカ(JBL M2)をスクリーン前方0.3 mに置き、座席位置の高さ1 mから1.2 m(一部は1.3 mから2 m)に、室の規模に応じて24本から109本のマイクを配置し、空間平均の音圧を測りました。
これだけ測定点を増やしたのは、1点や少数点では捉えられない応答の空間的な変化を見るためです。
Murphyの報告は、オーストラリアの複数の映画館で、上映室の再生連鎖のうちBチェーンを対象にしました。
Bチェーンとは、音声のデコードと処理のあと、アナログ音声信号を得てから先の、パワーアンプとスピーカ、そしてルーム等化までを含む部分です。
ここでは非対称に配置した複数のマイクでRTA測定を行い、あわせてスクリーン背後のスピーカを1点でMLSSA測定しました。
MLSSAとは、時間の区間を区切って独立に測定できるコンピュータ計測システムのことです。
時間ゲートは10 ms、50 ms、80 ms、180 msを使いました。
RTAは、細かく分けた帯域ごとの定常応答しか測れない従来のリアルタイム分析手法です。
従来のRTAは定常応答しか対象にしないため、時間の経過と知覚との関係を調べるには、時間区間を独立に見られるMLSSAが選ばれました。
現場でそのまま部屋の応答を測るという点は、部屋の残響時間をポータブル装置でその場で測ることは可能か、その研究を読むでも扱っています。
Leembruggenの報告は、スクリーンの高域損失を等化すると電力にどれだけ余裕が必要になるかを調べました。
Xカーブとは、映画館音響システムの等化目標として規格で定められたカーブで、多くの場合スクリーンの高域損失に近いものです。
このXカーブを打ち消す逆カーブを、モデルと3つのIIRピーキングフィルタで構成し、高域成分の強い映画クリップを処理しました。
そのうえで、クロスオーバー周波数を低くとった構成と高くとった構成のスピーカで、ツイーターの統計量を計算しています。
Elliottらの報告は、スクリーンの背面反射が作り出す干渉が実際に聴こえるかを問いました。
スクリーンを多孔質の質量としてモデル化し、スピーカとスクリーンの距離を2 cmから60 cmまで変えた反射系で映画サウンドトラックの断片をフィルタ処理し、無響室内の単一モニタでABX比較(提示AとBのどちらが基準Xと同じかを答えさせる試験)を行いました。
低域の測定には、部屋の共振モードとの関係が背景にあります。
シュレーダー周波数とは、部屋の共振モードが個別に識別できる上限の周波数のことです。
現代の映画館では約35 Hzです。
スクリーンチャンネルの低域再生下限は40 Hzまたは50 Hz、サラウンドスピーカは50 Hzまたは60 Hzで、それより低い帯域をLFEスピーカが担います。
この領域では応答が位置によって大きく変わるため、どこでどう測るかが問題になります。
Newellらの報告は、低域効果(LFE)の生成と測定を扱いました。
約11 × 7 × 5.5 mのダビング劇場で、フロント壁に非対称に配置したLFEスピーカと、グリッド状に並べた21点のマイクを使い、ピンクノイズで個別と合成のLFE応答をデュアルチャンネルFFT分析しました。
Hillらの報告は、低域応答の空間的なばらつきを多点補正で小さくできるかを調べました。
81測定点で測った複素周波数応答を使い、全利用可能チャンネルの補正フィルタを構築しました。
CSA(Chameleon Subwoofer Array)は、全利用可能スピーカと多点の複素周波数応答測定から補正フィルタを構築する低域最適化の手法です。
DiSP(Diffuse Signal Processing)は、複数スピーカの低域信号を人工的に無相関化して干渉を避ける手法です。
この研究ではDiSPと、CSAとの組み合わせも検討しています。
無響予測と低域補正は、どこまで効いたのか
7つの試写室の平均室内応答は、1 kHzから14 kHzの帯域でラウドスピーカ応答の±3 dB以内に追従し、超高域は空気吸収のため低下しました。
低域では、ラウドスピーカ曲線を下回りました。
少数のマイクによる空間平均は、109本のマイクによる空間平均と大きく変わりませんでした。
座席の傾斜が大きい部屋ほど、シートディップが強く出ました。
シートディップは、座席によるかすめ入射の吸収で高域が減衰する現象です。
マイクを高くすると、室内応答はラウドスピーカの音響パワー曲線に近づきました。
RTAとMLSSAの間には、直接音と空間平均周波数応答にある程度の相関がありました。
時間ゲートMLSSAは低中域では解釈が難しいものの、STIは全ケースで非常に良好でした。
映画クリップの等化では、ツイーターの長期パワー消費が、クロスオーバー周波数を低くとった構成で1.3 dB(35%増)、高くとった構成で3.5 dB(124%増)増えましたが、実際のシステムでは容易に管理可能でした。
スクリーンによるコムフィルタリングは、スピーカとスクリーンの間隔が7 cmの場合が統計的信頼境界の付近だった以外は、聴取不能でした。
コムフィルタリングとは、スクリーン背面の反射とスピーカからの透過波が干渉して生じる、山と谷の周波数特性のことです。
低域では、デュアルLFEは低域の下端で位置間の変動が小さいものの、中低域の遷移周波数以上では単一LFEより変動が大きくなりました。
マイク位置を変えると、最大10 dB変化しました。
従来の1点または空間平均の等化では空間分散が改善しません。
CSAは81点で3 dB未満の空間分散を達成しました。
低域の空間的なばらつきは、部屋のモードに根ざしています。
部屋の中で低音をどう扱うかという問いは、[サブウーファーは必要か。
車室が低音を持ち上げるという前提から](https://kuon-rnd.com/journal/car-subwoofer-cabin-gain)でも扱っています。
この結論は、どこまで当てはまるのか
Rumseyは、このまとめに含まれる各報告の限界もあわせて記しています。
時間ゲートを使ったMLSSA測定は、低中域では解釈が難しく、グラフのとおりに人間が知覚するとは限りません。
スクリーンのコムフィルタリングの可聴性に関する結論は、用いたモデルが十分に正確で、素材が代表的である場合に限られます。
DiSPは、アレイ最適化ほどの改善は得られず、無相関化フィルタの設計に注意しないと直接音に色付けが生じる可能性があります。
サブウーファのみのCSA補正では、空間分散の低減が30%を超えません。
従来の1点または空間平均に基づく低域等化は、応答の空間変化が大きい場合には空間分散を改善しません。
この研究を、どう受け止めるか
このまとめが示しているのは、映画館の音響再生が、測定と予測の積み重ねでかなりの程度まで見通せるようになったという状況です。
無響データから室内応答を予測できること、スクリーンの干渉が実際にはほとんど聴こえないこと、低域だけが空間的に大きく変動する点は、いずれも上映室の音を扱う技術者の間で参照点になる知見です。
一方で、低域の空間変動への対処は、この研究の時点ではまだ手法ごとに得られる改善が異なる段階にあります。
サブウーファのみの補正では30%以下、全チャンネルを使えば約50%、DiSPとの組み合わせで約60%という数字は、単一の手法で決着したのではなく、条件に応じた選択肢が並んでいる状態を表しています。
この研究は、そうした選択肢と、それぞれの限界とを整理した土台として位置づけられます。
参考資料
原典の主張は、Cinema sound reproduction をご参照ください。

