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音響工学 · 2026.08.09

部屋の残響時間をポータブル装置でその場で測ることは可能か、その研究を読む

1980年、河上らは残響時間と伝送周波数特性をリアルタイムで測定できる携帯型装置AS-1を開発した。一台で測定から表示まで完結するこの試みを、研究論文に基づいて解説する。

目次

部屋の響きを数値で知りたい。

録音スタジオを設計するときも、ホールの音響を評価するときも、残響時間は外せない指標です。

しかし従来の測定には複数の専用機器と、測定後のデータ処理が必要でした。

もし持ち運べる一台の装置で、その場で結果が表示されたら。

1980年に発表された河上福司、新美幸司、山口公典による研究は、この問いに一つの答えを示しました。

こんにちは。

音楽家の朝比奈幸太郎です。

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室内音響の測定には、なぜ多くの機器と専門知識が必要だったのか

当時、部屋の残響時間や伝送周波数特性を測るには、ピンクノイズ発生器、フィルタ、レベルレコーダといった複数の専用機器を揃え、それらを扱う専門知識が必要でした。

ディジタル技術を用いる手法も提案されていましたが、大型のオフラインコンピュータでの処理が前提で、現場ですぐに結果を得ることはできませんでした。

一方で、マイクロプロセッサとディジタルハードウェアの進歩は、これらの処理を小型装置に収める可能性を開きつつありました。

部屋の音響を測定する手法にはさまざまな試みがありますが、本研究は積分インパルス法を携帯型ハードウェアに実装する道を選びました。

ここで、本稿に登場する主要な用語を整理します。

残響時間(RT60)は、音源が停止したあと音圧レベルが60 dB減衰するまでの時間です。

部屋の響きの長さを表す基本的な指標で、国際的にも広く使われています。

D50(明瞭度)は、音源からの直接音と初期反射音のエネルギーが、最初の50 msのあいだに全エネルギーの何パーセントを占めるかを示します。

数値が大きいほど言葉が明瞭に聞こえることを意味します。

EDT10(初期減衰時間)は、音源停止後に音圧レベルが10 dB減衰するまでの時間です。

残響の立ち上がりの印象と関係が深い指標です。

シュレーダーの積分インパルス法は、測定したインパルス応答の二乗を時間的に逆向きに積分して減衰曲線を求める手法です。

断続的な雑音を用いる古典的な方法に比べて、一回の測定から安定した曲線が得られます。

トーンバーストは、測定に使う短い正弦波信号です。

周波数変調をかけたうえで、ハニング窓と呼ばれる時間窓で振幅を整形し、必要な帯域幅に制御します。

持ち運べる一台の装置で、残響時間をどうやって測定するのか

研究チームはAS-1と名付けた携帯型測定器を開発しました。

構成は、トーンバースト発生器、二乗積分器、8ビットマイクロプロセッサ、CRTディスプレイ、マイクロホン用および電力増幅器です。

測定の原理はシュレーダー・クットルフ法です。

これは積分インパルス法の一種で、本来は同一の励振信号で二度の測定を要しますが、AS-1では一回の測定で結果を得られるように工夫されています。

研究チームがとくに注目したのは、音圧の瞬時値ではなく、積分二乗音圧というエネルギーの包絡線に着目する点です。

音圧の瞬時値をそのまま扱うと大量のメモリが必要になりますが、積分値は単調増加する性質を持つため、断続的にサンプリングしても本質的な情報を失いません。

具体的な手順は次のとおりです。

まず、ディジタル合成したトーンバーストをスピーカから放射します。

トーンバーストの持続時間は測定する周波数帯域によって異なります。

トーンバーストの持続時間
周波数帯域持続時間
250 Hz以上24 msec
125 Hz48 msec
63 Hz96 msec
31.5 Hz192 msec

励振信号の生成には16ビットのD/A変換器を使い、変換後はカットオフ周波数23 kHzの低域通過フィルタで折り返し雑音を除去します。

マイクロホンで収音された室内応答は、50 kHzのサンプリング周波数、12ビットの分解能でA/D変換されます。

この信号を専用ハードウェアで二乗・積分し、単調増加する積分二乗音圧を得ます。

ここからが、限られたハードウェアで広い測定範囲を扱うための工夫です。

積分値が単調増加することに着目し、サンプリングを断続的に行います。

残響時間が長いときは間隔を広く、短いときは狭くすることで、つねに128点のデータに縮約します。

サンプリング間隔は0.5 msecから512 msecまでの範囲で自動的に調整され、これにより0.1秒から60秒までの残響時間を一台で測定できます。

128点の積分データから、最小二乗法でRT60を、ティーレの定義に基づいてD50を、そしてEDT10を計算します。

減衰曲線とこれらの数値は、内蔵のCRTディスプレイにその場で表示されます。

測定の信頼性を高めるため、二種類の平均化処理が実装されています。

空間平均は、複数の受音点または音源位置で得た減衰曲線をエネルギー基準で平均し、空間的なばらつきを平滑化する手法です。

同期平均は、あらかじめ推定した暗騒音のエネルギー(積分時間0.512秒)を時間の経過に沿って差し引く手法で、減衰曲線を直線化し、有効なダイナミックレンジを広げます。

AS-1の測定精度は、従来の方式と比べてどの程度なのか

AS-1は実際の音響空間で試験され、16ビットのオフラインミニコンピュータによる測定結果と比較されました。

減衰曲線の形状、およびRT60、D50、EDT10の各数値は、ミニコンピュータの結果とよく一致し、十分な精度が確認されています。

容積64 m³の小型無響的聴取室(250 HzにおけるRT60は0.17秒)での測定では、空間平均によってランダムな変動と空間的なばらつきが平滑化され、ほぼ直線的な減衰曲線が得られました。

同期平均は暗騒音の影響を効果的に抑え、減衰曲線のダイナミックレンジを拡大しました。

高域通過フィルタと同期平均を組み合わせることで、さらに良好な結果が得られています。

容積200 m³の残響室では、空間平均と同期平均を併用しても減衰曲線にわずかな曲率が残りました。

これは拡散性の不足に対する測定器の感度を示すものと考察されており、吸音率測定への応用可能性が示唆されています。

伝送周波数特性の測定では、トーンバーストを用いた方法が、定常的なピンクノイズを用いる方法と同等かそれ以上の精度を示しました。

この測定器には、どのような限界があるのか

著者らは次の限界を明示しています。

AS-1の測定モードはRT(残響時間)、TF(伝送周波数特性)、PK(ピークレベルメータ)の三つに限られています。

また、精度と実地での性能については、さらなる実験による検証が必要とされています。

実装上の制約として、積分データの全40ビットのうち16ビットだけが減衰曲線の解析用に保存されるため、ダイナミックレンジに制約が生じる可能性があります。

ハードコピーを得るには外部のビデオプロッタが必要で、内蔵の小型プリンタは執筆時点では検討段階でした。

著者が言及していない範囲についても、測定条件から適用範囲を読み取ることができます。

遮音性能や騒音レベル(Leq)の測定機能は、執筆時点のROMには実装されておらず、プログラムの変更で可能になるだろうと示唆されるにとどまっています。

またC50、C80、STIといった他の室内音響指標も計算対象に含まれていません。

AS-1は、残響時間、伝送周波数特性、D50、EDT10に特化した測定器として設計されたものです。

ポータブル音響測定という発想は、その後どう受け止められてきたのか

この研究は、マイクロプロセッサの登場によって可能になった「測定の小型化」の初期事例の一つです。

それまで据え置き型の大型機器でなければできなかった室内音響測定を、持ち運べる一台の装置に収めたことは、現場で音響を評価する必要のある技術者にとって大きな意味を持ちました。

とくに、積分値が単調増加するという性質に着目してデータ点数を128点に固定する手法は、限られたハードウェア資源で0.1秒から60秒という広い測定範囲を実現する実用的な解決策でした。

一方で、1980年という発表時期を考えれば、これはまだ黎明期の試みです。

測定モードの限定や一部指標の未実装は、実用機としての完成度に余地を残しています。

しかし、現場で即座に結果を表示するという方向性そのものは、その後の可搬型音響測定器の展開を示唆するものでした。

参考資料

河上福司、新美幸司、山口公典「A TOOL FOR ROOM ACOUSTIC MEASUREMENT」、1980年、AES Convention 66, Preprint E-1

原典の主張は、A TOOL FOR ROOM ACOUSTIC MEASUREMENT をご参照ください。

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