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グランドピアノを録るとき、マイクをどこに置くかで音は大きく変わります。
録音技術者が音色やプレゼンスと並んで重視するのが「明るさ」です。
では、残響のある実際の録音空間に置かれたピアノでは、その明るさは空間のどの位置で、どれだけ変わるのでしょうか。
この問いに、熟練演奏の自動再生と少数のマイクによる空間サンプリングで取り組んだ研究があります。
その結論は、明るさは位置によって大きく変わり、その分布は部屋ごとに異なるというものです。
なぜ録音現場では明るさの分布を捉えにくかったのか
録音技術者がマイク配置を決めるとき、音色やプレゼンス、明るさが重要な手がかりになります。
ところが、残響のある通常の録音環境でスペクトルの特徴を視覚的に学ぶ道具はほとんどありませんでした。
若い技術者は楽器の放射特性やマイクの収音、部屋の音響を実践で身につける必要がありますが、それを補う道具も不足していました。
従来の楽器音響の測定は、無響環境や音楽的でない励振を中心に行われてきました。
そのため録音現場へそのまま応用しにくい面がありました。
無響室を使わずに実環境で測定するという課題は、スピーカーを対象にした無響室なしでスピーカーの直接音は測れるかでも扱われています。
ここに、実際の録音空間で楽器を測る手法の必要があります。
明るさを数値で表す指標が、スペクトル重心です。
スペクトル重心とは、音のスペクトルの重心位置のことで、知覚上の「明るさ」と強く結びつく指標です。
高い周波数成分にエネルギーが寄っているほど明るく聴こえ、その重心も高くなります。
もう一つの指標がスペクトル平坦度です。
スペクトル平坦度とは、エネルギースペクトルの幾何平均と算術平均の比のことで、値が小さいほどノイズ的、大きいほどトーン的なスペクトルを示します。
こうした明るさなどの知覚特性を物理量から数値化するものを、心理音響予測指標と呼びます。
残響のある部屋で明るさの分布をどう測ったのか
Leonard ら(2011年)の測定は、実際の録音空間で行われました。
ひとつはBRAMSスタジオで、Bösendorfer CEUS自動ピアノを対象に、もうひとつはMMRで、Yamaha Disklavier自動ピアノを対象にしています。
いずれも無響室ではなく、反射のある通常の録音環境です。
刺激には、熟練奏者による強さを変えた半音階、ジャズの即興(バラードとラグタイム風)、そしてDebussyとStravinskyの抜粋を用いました。
これらは自動ピアノで再生されます。
MIDI(自動演奏の標準プロトコル)による再生に置き換えたのは、奏者の反復精度の問題を避けるためです。
同じフレーズを何度も正確に繰り返せて、はじめて位置ごとの比較が成立します。
収音には、Brüel & Kjær Pulseシステムと少数の無指向性マイクロホンを使いました。
マイクを25 cm間隔の仮想グリッド上に置き、幅2.75 m、奥行5 m、高さ1 mの範囲に加えて、ピアノ内部の位置も測ります。
この手法がAcoustic Space Sampling(AcSS)です。
AcSSとは、自動演奏を反復し、少数の変換器を一定間隔で配置して、空間マッピングのための多数の仮想マイク位置を作る測定法のことです。
実環境でその場で測るという発想は、吸音係数のその場測定は低域でどこまで使えるかと通じるものです。
少数の実マイクを反復して配置することで得られる仮想的な測定点を、仮想マイク位置と呼びます。
この方法により、BRAMSで1336点、MMRで1332点の仮想マイク位置が得られました。
分析にはMATLABとMIR Toolboxを用い、スペクトル重心とスペクトル平坦度を算出し、その平均値・範囲・空間分布を解析しました。
方法を選んだ理由は、標準的な楽器音響測定と心理音響予測指標、そして録音技術者の日常的な作業を統合するためです。
測定は非無響環境で、信号は音楽的で、変換器は測定用途と音楽用途の両方に適することが要件とされました。
明るさは位置でどれだけ変わるのか
スペクトル重心は、BRAMSでは最大1553 Hz、最小752 Hzで、その範囲は801 Hzでした。
MMRでは最大1801 Hz、最小707 Hzで、範囲は1094 Hzです。
MMRのほうが範囲が広いことが分かります。
平均スペクトル重心の最大値は、最も強い半音階の、ピアノ縁より上の測定点の層で見られ、BRAMSで1464 Hz、MMRで1673 Hzでした。
最も弱い半音階では、BRAMSで854 Hz、MMRで818 Hzです。
BRAMSとMMRの平均スペクトル重心はおおむね似ていましたが、音が大きくなるほど差が広がり、MMRのほうが範囲が広くなりました。
強さを変えた半音階の比較から、この範囲の差は主に部屋に起因することが示されました。
スペクトル重心のマップでは、高さが増すにつれて明るさがピアノから後方へ移動しました。
MMRでは、ピアノから少し離れた位置に明るい「スイートスポット」が見られました。
BRAMSでは壁面反射に関係する重心の高まりが中左部に見られましたが、MMRではそうした高まりは見られませんでした。
スペクトル平坦度は、BRAMSで0.007から0.031、MMRで0.006から0.039と、比の値としてはいずれも幅が小さいものでした。
距離による変化は周波数帯域ごとに異なり、MMRはとくに低い層で全体に高い値を示しました。
どの楽曲でも、特定の高さの、ピアノから離れた位置付近に平坦度の極大が見られ、ピアノ内部から尾部付近までに大きな低下がありました。
これまでの非公式な聴取テストでは、心理音響予測指標と録音技術者の好みに対応が見られました。
MMRは「明るく活気がある」と評され、スペクトル重心の範囲の広さや強音時の平均値の高さと整合していました。
ただし、明るい位置の物理的な対応は、部屋間で予想より直接的ではありませんでした。
この結果はどこまで一般化できるのか
著者自身が挙げた限界があります。
聴取テストはこれまでのところ非公式なものに限られており、正式な主観評価はまだ実施されていません。
統一的な傾向を見出すには、さらに多くの部屋とデータセットが必要です。
また、MMRにおけるピアノ配置の影響には追加の研究が必要で、壁に近い位置への移動はMMRのデータに大きな影響を与える可能性があります。
加えて、この研究は楽曲全体にわたる平均的な指標に焦点を当てており、時間的な変化の分析は扱っていません。
収録した音楽素材も、拡張技法を除く範囲に限られています。
この研究はこの分野のどこに位置づくのか
この研究の意義は、無響環境と非音楽的な励振に偏っていた従来の楽器音響測定と、残響のある現場で音楽を聴きながら判断する録音技術者の作業とのあいだを、実際の録音空間での測定によって橋渡しした点にあります。
明るさという、技術者が日頃から言葉にしている性質を、スペクトル重心という測れる量として空間的に捉え直したところが特徴です。
分野の受け止め方としては、楽器の音色がマイクの位置と部屋の反射によってどう変わるかを、地図のように可視化する試みとして位置づけられます。
録音技術者が経験的に知っていた「位置で明るさが変わる」ということを、測定可能なかたちで裏打ちする土台となる研究です。
ここから先の応用は、正式な主観評価と、より多くの部屋でのデータを待つことになります。
参考資料
原典の主張は、In Situ Measurements of the Concert Grand Piano をご参照ください。

