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部屋の音響を測るとき、音源は全方向に均一に放射するのが理想です。
従来の球形音源は12個では足りず、120個では複雑すぎました。
32個の小型ドライバーで作る軽量な球形音源は、その中間を埋められるのでしょうか。
Farina と Chiesi(2016)の研究を読み解きます。
従来の球形音源にはどんな課題があったのか
室内音響の測定では、全方向に均一に音を放射する音源が必要です。
これまで広く使われてきた十二面体スピーカー(dodecahedron loudspeaker)は、12個のドライバーを十二面体の各面に配置したものです。
構造が単純で扱いやすい一方、ドライバー数が少ないため、複雑な指向性パターンを作り出すことはできません。
その対極として、CNMAT が開発した球形アレイは、120個ものドライバーを搭載し、細かな指向性制御を可能にしていました。
しかし高価で複雑であり、気軽に持ち運べるものではありませんでした。
Farina と Chiesi は、この両極端のあいだを埋める構成として、32個のドライバーを選びました。
その背景には、Spatial PCM Sampling(SPS)という新しい方式の提案があります。
SPSとは、32個のカプセルを持つ球形マイクロフォンアレイで音場を標本化し、対応する32個のスピーカーアレイで再生することで、元の指向性を再現する手法です。
32という数は、このSPS方式に合わせて選ばれたものであり、高次アンビソニックス(High Order Ambisonics, HOA)のために最適化されたものではありません。
HOAは、音場を球面調和関数の係数に分解する空間オーディオ形式で、次数が上がるほど空間解像度は高まりますが、必要なトランスデューサーの数も急激に増えます。
32個のドライバーをどう配置し、どう測定したのか
研究チームはまず、切頂二十面体(truncated icosahedron)の幾何学に基づいて球形の筐体を製作しました。
切頂二十面体とは、12枚の五角形と20枚の六角形、あわせて32面で構成される多面体です。
各面の中心にドライバーをひとつずつ取り付けることで、球面上に32個の音源をほぼ均等に分布させられます。
これは、サッカーボールの縫い目と同じ幾何学配置です。
筐体の素材には、竹製の椀(IKEA の製品)を接着し、削って整形したものが用いられました。
球体の直径は200 mmです。
各面の中心に穴を開け、RCF MB2N101 2インチ広帯域ドライバー(ネオジム磁石、1基あたり定格30 W RMS)を32基取り付けました。
完成した音源の総重量は3 kg未満です。
全ドライバーの合計定格電力は1000 W RMSになります。
指向性を制御するために、研究チームはビームフォーミング(beamforming)と呼ばれる信号処理を導入しました。
ビームフォーミングとは、複数のトランスデューサーをアレイ状に並べ、それぞれに入力する信号のタイミングやレベルを調整することで、放射される音のビームを特定の方向へ操ったり、任意の指向性パターンを形作ったりする技術です。
この球形音源では、Kirkeby(Tikhonov)正則化を用いてフィルター行列を計算しています。
これは、最小二乗法による逆行列計算に周波数依存の正則化パラメータを導入し、数値的な不安定さを抑える手法です。
正則化が最適に働く周波数範囲は、80 Hz から 5 kHz とされました。
フィルターの設計には、各スピーカーから362方向へのインパルス応答(システムの時間領域での応答特性)を測定することが必要です。
測定は次の手順で行われました。
まず、単一ドライバーの自由音場における周波数応答を測定しました。
次に、すべてのドライバーに同一のピンクノイズを入力し、当該ISO規格に従って総音響パワーレベル Lw を測定しました。
無指向性の評価では、無響室(反射を完全に吸収し、自由音場を提供する測定室)内のターンテーブルに音源を設置し、回転させながら極座標での応答を記録しました。
無指向性と音響パワーはどこまで達成されたのか
総音響パワーレベル Lw は 122 dB に達しました。
これは、室内音響測定に使われる多くの大型十二面体音源を上回る値です。
無指向性については、5 kHz までは完全に均一な放射が維持されました。
指向性が現れたのは、さらに高い周波数帯域においてのみでした。
以下に試作機の主要な仕様をまとめます。
また、この球形音源を高次アンビソニックス(HOA)の再生に用いた場合の検討も行われました。
高次になるほど高域で空間エイリアシングが生じるため、全帯域で使用できるのは2次までです。
3次での使用は、周波数範囲を制限した場合に限られます。
この研究で確かめられなかったことは何か
著者ら自身が明示している限界は、次の四点です。
第一に、熱の問題があります。
球形の筐体は表面積が限られており、放熱が追いつきません。
全ドライバーを最大出力で駆動できるのは数秒間に限られ、長時間の連続使用には対応していません。
第二に、執筆時点で実験的に検証されていたのは、全ドライバーに同一信号を入力する無指向性モードのみです。
ビームフォーミングによって任意の指向性パターンを生成するモード、および32チャンネルの無響室録音を用いて仮想音源を再生するモードについては、理論的な枠組みとフィルター設計までが示されたものの、実際の音響測定による検証は行われていません。
第三に、HOA での使用時には、空間エイリアシングによって高次・高域での性能が制約されます。
全帯域で使えるのは2次までであり、3次は周波数範囲を制限しなければなりません。
第四に、個々のドライバーは、意図する動作範囲を超える高い周波数において、軸上で強い指向性を示します。
ただし、この現象は本音源の想定する使用帯域の上限を超えたところで生じるため、実用上の大きな障害にはならないと著者らは判断しています。
この研究の知見が適用できる範囲は、上記の条件からおのずと定まります。
直径200 mm の球体に32個の2インチドライバーを切頂二十面体配置した構成に限られます。
また、検証済みの動作モードは無指向性放射のみであり、それ以外のモードについては、本論文の数値を確立された性能として引用することはできません。
執筆時点で確認された連続駆動時間の制約も、実際の測定現場でこの音源を使う際の重要な前提になります。
この研究をどう受け止めるか
この研究は、12個では少なすぎ、120個では多すぎるという、球形音源の設計における実用的なジレンマに対して、32個という中間解を具体的な試作機のかたちで提示したものです。
高次アンビソニックスを追求するのではなく、SPS という固有の方式に最適化した点が特徴的です。
2インチの汎用ドライバーと竹製の筐体という、入手しやすさと加工のしやすさを優先した材料選びも、研究の再現性を高める現実的な判断といえます。
一方で、この論文が示した成果の大部分は無指向性モードに関するものであり、ビームフォーミングと仮想音源再生という、この音源の本来の目的に照らせば中核となる機能が未検証であることは、読み手として留保すべき点です。
著者ら自身がそれを今後の課題として明示していることを踏まえれば、本論文は完成したシステムの報告というより、ハードウェアの基本性能を確認した第一報として受け止めるのが妥当でしょう。
参考資料
Farina, A., & Chiesi, L.(2016). A novel 32-speakers spherical source. AES Convention 140, e-Brief 258.
原典の主張は、A novel 32-speakers spherical source をご参照ください。

