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音響工学 · 2026.08.25

1969年|ダミーヘッド録音は正しい音の定位を再現できるか

耳の位置にマイクを収めたダミーヘッド録音は、頭の外に正しい空間的印象を生み、部屋の聴こえの違いを判別できた。この研究が示した方法と結果、適用範囲を解説します。

目次

ヘッドホンで録音を聴くと、音が頭の内側に張り付いて、部屋の広がりが伝わりません。

コンサートホールの響きを後で確かめようとしても、録音では現場の印象が再現できません。

こうしたもどかしさの根っこには、音が「どこから、どの大きさで」聴こえるかという空間情報が、通常の録音再生では正しく運ばれないという問題があります。

この記事が答える問いはこうです。

耳の位置にマイクを収めたダミーヘッドの二チャンネル録音は、聴き手の左右の鼓膜位置の音圧をそのまま再現して、頭の外に正しい空間的な聴こえを生むのか。

そしてそれは、部屋の響きを主観的に評価する、繰り返し可能な手段になりうるのか。

この研究が示したのは、ダミーヘッド録音の再生が頭の外に正しい空間的印象を生み、部屋の聴こえの違いを判別できた、ということです。

何が分かっていなかったのか

部屋の音響を評価するとき、残響時間などの物理的な測定は長く使われてきました。

測定方法の違いを扱った研究もあります(大聖堂の残響は測り方でどう変わるか)。

ただ、この論文の著者たちが着目したのは、そうした物理的な測定値だけでは、明瞭さのような主観的な評価を予測するには足りない、という点です。

ここで問題になるのが Hörsamkeit という語です。

Hörsamkeit とは、ある部屋で音がどう聴こえるかという主観的な質のことです。

ドイツ語由来の語で、この論文では部屋の条件による聴こえの違いを複数形で Hörsamkeiten と呼んでいます。

音の心地よさ(Euphony)とは区別されます。

では実在のホールで聴取試験を行えばよいかというと、それにも難しさがあります。

実際のホールでの聴取試験は同じ条件を繰り返すことが難しく、視覚的な手がかりなど音響以外の情報が評価に混ざる恐れがありました。

加えて、従来のステレオ再生には空間表現の欠陥が知られていました。

そこで Kurer、Plenge、Wilkens(1969年)は、聴き手の鼓膜位置の音圧そのものを再現するダミーヘッド録音なら、こうした問題を避けられるかもしれないと考えました。

ダミーヘッド(人工頭)とは、耳と耳道、頭部と耳介の形を実物の頭を基に模した録音用の頭部模型のことです。

耳の位置にマイクを収めます。

どう確かめたのか

著者たちの理屈は単純です。

聴き手の左右の鼓膜は、それぞれ一次元の音圧信号だけを受け取っています。

であるなら、その二つの音圧をそのまま再現すれば、元の聴覚体験が再び立ち上がるはずだ、というのが出発点です。

しかもこの方法が運ぶのは音響情報だけなので、視覚などの手がかりが混ざらず、同じ条件を繰り返せる聴取試験になります。

この理屈を確かめるために、まずダミーヘッドを作りました。

耳の外側と耳道、頭部と耳介の形を実物の頭を基に模し、耳介や耳甲介の形を模した部分(外耳の模擬)が音の方向を伝える手がかりを保ちます。

耳道の先には音響インピーダンスを置きました。

外耳道終端とは、この人工の耳道の先に置く音響インピーダンスのことです。

本物の耳が持つ終端の条件を再現します。

ここにマイク(Neumann KM 83)を収め、左右の信号を二トラックのテープレコーダーに記録しました。

つまり二チャンネル録音です。

再生はヘッドホン(Sennheiser)で行い、再生系の透過特性はほぼ可聴全域にわたって管理され、その偏差は 2.5 dB に収められました。

ヘッドホンで部屋の響きを聴くという考え方については、ヘッドホンで部屋の響きを聞くとき、頭の動きをどう反映させるか、その研究を読むでも扱われています。

録音はコンサートホールの六つの受音位置で行いました。

聴取試験では、実際のホールでの聴こえとヘッドホン再生の聴こえを聴き手が比較し、Hörsamkeit の違いの判別と、音声がどれだけ聞き取れるか(音声明瞭度)を評価しました。

何が分かったのか

ダミーヘッド録音の再生では、頭の外に正しい空間的印象が立ち上がりました。

正面平面とは、聴き手の正面に広がる平面のことです。

音の方向の再生がとくに難しいとされる領域ですが、この正面の定位も含めて、距離や部屋の大きさの印象が再現されました。

また、他の再生方式で見られていた残響の過大評価や空間情報の欠如は避けられました。

再生レベルの偏差が ±2 dB 程度あっても、空間的印象は崩れませんでした。

ダミーヘッド録音の再生で確かめられたこと
項目結果
頭の外の空間的印象正面の定位・距離・部屋の大きさの印象を再現
残響と空間情報過大評価と空間情報の欠如を回避
再生レベルの偏差±2 dB 程度では空間的印象を維持
Hörsamkeit の判別録音から聴こえの違いを判別可能
音声明瞭度実際の部屋と同等

聴き手は、録音から Hörsamkeit の違いを判別することができました。

また、再生を通じた音声明瞭度は、実際の部屋でのそれと同等でした。

このように、鼓膜位置の音圧を再現する二チャンネル録音は、正しい空間的印象を与えると同時に、部屋の聴こえを評価するための再現手段として機能しました。

どこまで言えるのか

著者は、この論文のなかで限界を明示していません。

挙げられた限界の項目はありません。

したがって、この研究の適用範囲は、論文が実際に扱った条件から読み取るしかありません。

対象となったのは、コンサートホールの六つの受音位置での録音です。

再生はヘッドホンで行われました。

使われた機材は Neumann KM 83 のマイクと Sennheiser のヘッドホンで、評価されたのは Hörsamkeit の判別と音声明瞭度という二つの側面です。

つまり、この結論がそのまま当てはまるのは、同種のホールでのヘッドホン再生による聴取という範囲です。

スピーカ再生や、別の種類の空間、別の機材での結果は、この論文からは述べられていません。

この研究をどう受け止めるか

この研究は、鼓膜位置の音圧を再現するという考え方に立って、ダミーヘッドによる二チャンネル録音が正しい空間的印象を生むかどうかを聴取試験で確かめた仕事です。

物理的な音響測定だけでは明瞭さのような主観的な評価を予測しきれない、という課題に対して、音響情報だけを運び、同じ条件で繰り返せる聴取試験の枠組みを提示した点が、この論文の位置づけです。

ダミーヘッド録音によって頭の外に空間的印象が再現されること、そして再生レベルのわずかな偏差ではそれが崩れないことは、この方法が主観評価の道具として成り立つための基礎的な性質として示されています。

部屋の聴こえを、視覚などの音響以外の手がかりから切り離して扱える、という考え方は、主観評価を組み立てるうえでの一つの土台と受け止められます。

参考資料

原典の主張は、Correct Spatial Sound Perception Rendered by a Special 2-Channel Recording Method をご参照ください。

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