目次
録った声を聴き返したとき、言葉と言葉のあいだに、チッ、ピチッ、という小さな音が入っている。
ヘッドホンで聴くほどよく分かる。
これがリップノイズです。
自分の耳では聞こえていなかったのに、録音には入っています。
マイクは、口のすぐそばで起きている小さな出来事を、耳よりも近い場所で拾っているからです。
この記事では、リップノイズがなぜ鳴るのか、なぜ録音で目立つのかを、体の側と録り方の側の両方から書きます。
そのうえで、録る前に減らす手順と、録ったあとに下げる手順を、順番に並べます。
最後に、どこまで下げるべきかという線引きにも触れます。
リップノイズとは何か
口の中や唇の表面で、粘りのある膜が離れるときに鳴る音です。
舌が上あごから離れる、唇が開く、口の中で唾液が糸を引いて切れる。
そのときに出る、ごく短い破裂の音がマイクに入ります。
長さは数ミリ秒から数十ミリ秒しかありません。
人の声よりずっと短く、周波数の高いところに広く散らばっています。
だから小さな音なのに、耳につきます。
ポップノイズとの違い
ポップノイズは、息がマイクの振動板に直接当たったときに出る、ボフッという低い音です。
パ行やバ行の子音で起きます。
原因は空気の流れであり、リップノイズとは仕組みが違います。
見分け方は簡単です。
波形を見て、低いところに大きな山ができていればポップノイズ、高いところに細い針のような山が立っていればリップノイズです。
対策も違います。
ポップノイズは風防やポップガードで物理的に防げますが、リップノイズは口の中で鳴っているので、風を防いでも減りません。
ここを取り違えると、いくらポップガードを足しても改善しません。
歯擦音との違い
歯擦音は、サ行やシャ行で出る、シーという鋭い音です。
こちらは子音そのものであり、言葉を成り立たせるために必要な音です。
消してしまうと言葉が崩れます。
リップノイズは言葉ではありません。
だから減らしても意味は失われません。
ただし、どちらも高いところに集まっているため、高い帯域をまとめて削ると両方いっぺんに鈍り、声がこもります。
分けて扱う必要があります。
なぜ鳴るのか。
体の側の理由
唾液が粘る
いちばん多い理由です。
水分が足りていないと、唾液の粘りが強くなります。
粘りが強いほど、離れるときの音が大きくなります。
長く喋り続けたとき、緊張しているとき、朝起きてすぐ、空腹のとき。
どれも唾液が粘りやすい状態です。
唇と口の中が乾く
乾くと、唇どうしや舌と上あごが張りつきます。
張りついたものが離れるときに音が出ます。
粘りとは逆の方向に見えますが、結果は同じです。
冬の暖房、夏の冷房、飛行機の中。
どれも乾きます。
録音の前に部屋の湿り気を確かめる価値はあります。
舌の位置
口を閉じているとき、舌が上あごに触れたままの人がいます。
喋り始めるたびに舌が離れるので、その回数だけ音が出ます。
意識して舌を下の歯の裏側あたりに置くと、離れる回数が減ります。
すぐには変わりませんが、意識できるだけでも違います。
歯並びと矯正器具
矯正器具を付けていると、舌や唇が器具の表面に触れる機会が増えます。
触れて離れるたびに音が出るので、器具を付ける前より増えたと感じる人がいます。
歯のすき間から息が抜ける形の場合も、そこで音が出ることがあります。
これは体の作りの話なので、録り方の側で受け止めることになります。
後半で書きます。
緊張と、浅い呼吸
緊張すると口が渇きます。
息が浅くなると、声を出す前に口の中で小さく息を吸う癖が出ます。
その音も一緒に入ります。
録音の前に、肩を落として息を深く吐く。
それだけで減ることがあります。
効果があるかどうかは、録って確かめてください。
なぜ目立つのか。
録り方の側の理由
ここからは、体を変えなくても減らせる話です。
同じ人が同じ喋り方をしても、録り方によって目立ち方はまったく違います。
マイクとの距離
いちばん効くのは距離です。
リップノイズは口の中で鳴る小さな音で、四方に広がりながらすぐ弱まります。
声は胸と喉と口の全体から出ていて、遠くまで届きます。
つまりマイクを離すほど、声に対するリップノイズの割合が下がります。
拳ひとつ分だったところを、拳ふたつ分にする。
それだけで、目立ち方が変わります。
離した分だけ声が小さくなりますが、それは録音の音量を上げれば取り戻せます。
音響には、自由音場では音源からの距離が二倍になるとレベルが約六デシベル下がる、という目安があります。
ただしこれは反射のない場所での話で、部屋の中では反射があるためこの通りには下がりません。
響きが支配する距離を超えると、ほとんど下がらなくなります。
ここで大事なのは、声とリップノイズで下がり方が違うということです。
リップノイズは口の中という一点から出ています。
声は喉と口と胸の全体から出ていて、部屋にも広がっています。
だから離したとき、リップノイズのほうが速く小さくなります。
ただし離しすぎると、今度は部屋の響きが混ざります。
どこで折り合うかは、部屋によって変わります。
拳ふたつ分あたりから始めて、響きが気になったら少し戻す。
この探り方が現実的です。
指向性の違い
マイクには、正面の音だけを拾うもの(単一指向性)と、周囲の音を等しく拾うもの(無指向性)があります。
単一指向性のマイクには、近接効果という性質があります。
音源に近づくほど低いところが持ち上がる現象です。
声を太くするために近づいて使うことが多く、その距離ではリップノイズも一緒に近くなります。
無指向性のマイクには近接効果がありません。
近づいても低いところが増えないので、太さを求めて近づく理由がなくなります。
結果として、自然に距離を取れます。
どちらが良い悪いではなく、リップノイズという一点で見れば、離して使える方が有利です。
軸をずらす
マイクを口の正面にまっすぐ向けると、口の中の音を最短距離で受けます。
少し角度をずらしてください。
口の高さから顎の下へ、あるいは鼻の上へ。
真正面から十五度から三十度ほど外すだけで、リップノイズもポップノイズも減ります。
声の芯はほとんど変わりません。
これは費用がかからず、いますぐできて、効果が大きい方法です。
ポップガードは何に効くのか
ポップガードは、息の流れを散らす道具です。
パ行やバ行で起きるポップノイズには確かに効きます。
しかしリップノイズは空気の流れではなく、口の中で鳴った音そのものです。
布や金網を一枚はさんでも、音は通り抜けます。
まったく無意味というわけではありません。
ポップガードを付けると、口とマイクの距離が自然に決まるので、近づきすぎを防げます。
効いているのは距離であって、網ではありません。
部屋が響かないほど目立つ
意外に思われるかもしれませんが、吸音材で覆った部屋ほど、リップノイズは目立ちます。
響きがある部屋では、声が壁で返ってきて重なり、細かい音が埋もれます。
響きを消すと、埋もれるものがなくなり、口の中の音がそのまま前に出ます。
宅録の環境を整えていくうちに、以前は気にならなかったリップノイズが急に気になり始めた。
これはよく起きることで、腕が落ちたわけではありません。
音量を上げる処理が、後から目立たせる
録ったあとに音量を揃える処理をかけると、大きいところは抑えられ、小さいところは持ち上がります。
言葉と言葉のあいだにある小さな音は、この持ち上がる側です。
処理する前は気にならなかったのに、仕上げたら目立った。
これはこの理由です。
だからリップノイズは、音量を揃える前に片づけておくほうが楽になります。
録る前に減らす
水の飲み方
一気に飲むのではなく、少量を何度も飲みます。
常温がよいとされます。
冷たすぎると喉が締まり、熱すぎると粘膜が乾きます。
録音の三十分前から少しずつ飲み始め、収録中も手元に置いて、一区切りごとに口を湿らせてください。
避けたい飲み物と食べ物
乳製品は口の中に膜を作りやすく、直前に飲むと粘りが増したと感じる人が多いです。
糖分の多い飲み物も同じです。
カフェインとアルコールは体の水分を減らす方向に働きます。
収録前に量を取るのは避けたほうが無難です。
なお、りんごジュースを飲むと消えるという話がよく出てきます。
酸味が唾液の出方を変えるという説明を見かけますが、確かな裏づけは見当たりません。
合う人がいるのは確かですが、誰にでも効くものとしては書けません。
試して、自分に合うかどうかを確かめてください。
直前の五分でできること
歯を磨く、あるいは水でよくうがいをします。
口の中の粘りを一度流します。
無糖のガムを噛むと唾液が出て、粘りが薄まります。
噛んだあとは口をすすいでください。
肩を回し、息を深く吐きます。
緊張を落とすと口の渇きが減ります。
立ち位置と角度を決める
マイクとの距離を拳ひとつからふたつ分に取り、正面から十五度から三十度ずらします。
ポップガードがあれば、それを距離の目安にします。
この位置を毎回同じにできるよう、床や机に印を付けておくと、収録ごとの差が減ります。
テスト録音で確かめる
本番の前に、十秒だけ録って聴き返します。
ヘッドホンで、音量を上げて聴いてください。
ここで気になるようであれば、本番でも必ず入ります。
距離と角度を変えて、もう一度録ります。
三回も試せば、その日の自分にとって良い位置が見つかります。
録る前の五分は、録ったあとの一時間より価値があります。
録ったあとに減らす
消すのか、下げるのか
まず考え方を決めておきます。
リップノイズは、完全に消す必要はありません。
目標は、聴いている人が気づかない程度まで下げることです。
ゼロにしようとすると、その前後にある声の細かい部分まで削れて、人が喋っている感じが失われます。
ですからここでは「除去」ではなく「低減」という言葉を使います。
実際、この作業を仕事として請け負っている人たちも、低減という言い方をします。
見つける
波形を拡大すると、言葉と言葉のあいだに、細い針のような山が立っているのが見えます。
それがリップノイズです。
聴きながら探すのは大変です。
高いところに集まる短い音を機械的に拾い出し、一覧にしてくれる道具を使うと早く終わります。
手で直す
数が少ないなら、これがいちばん確実です。
その部分だけを選び、音量をゼロにするのではなく、前後をつなぐように補います。
ゼロにすると、そこだけ音が消えて不自然な穴が開きます。
前後の波形から滑らかにつなぐと、聴いていて気づきません。
一箇所あたり数十ミリ秒の作業です。
三分の音源で十箇所程度なら、手で直すほうが結果がきれいです。
まとめて下げる
数が多いときは、一つずつ触っていられません。
見つけた箇所をまとめて、たとえば十デシベル下げる、という扱いにします。
このとき、消すのではなく下げるのが大事です。
下げる量は、聴きながら決めてください。
下げすぎると、その前後の空気まで削れます。
歯擦音は別の処理で
サ行が耳に刺さる場合は、リップノイズとは別に扱います。
高いところを固定で削ると、声全体がこもります。
刺さった瞬間だけ音量を下げる処理を使ってください。
何かの帯域を常に削るのではなく、その帯域が大きくなった瞬間にだけ働く形です。
ブラウザだけで行う手順
有料の専用ソフトを買わなくても、ここまでの作業はブラウザの中で終わります。
手順は次のとおりです。
- 音源を読み込みます
- 波形を拡大し、言葉と言葉のあいだを見ます
- 気になる箇所を選び、前後をつなぐように補います
- 数が多ければ、まとめて下げます
- サ行が刺さるなら、刺さった瞬間だけ下げる処理をかけます
- そのあとで、音量を揃えます
- 書き出す前に、もう一度ヘッドホンで聴き返します
順番が大事です。
音量を揃えるのは最後です。
先に揃えてしまうと、小さな音が持ち上がってから作業することになり、余計に難しくなります。
どこまで下げるか
下げすぎると人がいなくなる
リップノイズを一つ残らず消した音源は、きれいですが、どこか機械のように聞こえます。
人が喋るとき、口の中では常に小さな音が鳴っています。
それが完全に無いと、聴いている人は理由を言葉にできないまま、違和感を覚えます。
目安は、意識して探せば見つかるが、普通に聴いていれば気づかない、という程度です。
語りの作品と、ささやきの作品
ナレーション、朗読、企業の映像。
これらは言葉を届けるための音なので、しっかり下げます。
聴く人の注意が言葉から逸れないことが優先されます。
一方、ささやきを聴かせる作品では、口の中の音が近さそのものを伝えています。
ここで下げすぎると、近さが失われます。
刺さる粒だけを抑えて、あとは残す。
この判断が要ります。
どちらの場合でも、判断するのは人です。
機械に任せきりにしないでください。
聴く機器で確かめる
自分のヘッドホンで良くても、相手のスマートフォンでは違って聞こえます。
スマートフォンのスピーカーは低いところが出ないので、高いところに集まるリップノイズが相対的に大きく聞こえます。
つまり、ヘッドホンで気にならなくても、相手には気になっていることがあります。
書き出す前に、届く先の機器で聴いた音を確かめてください。
場面別の目安
同じリップノイズでも、何を作っているかで許される量が変わります。
配信とゲーム実況
その場で処理する余裕がありません。
録り方の側で決めてください。
距離を取り、角度をずらします。
マイクアームを使っているなら、位置を固定して毎回同じにできるようにします。
視聴者はスマートフォンやノートパソコンで聴いていることが多く、そこでは高いところが相対的に大きく聞こえます。
手元のヘッドホンで良くても、届く先では気になっていることがあります。
ナレーションと企業の映像
言葉を届けることが目的なので、しっかり下げます。
聴く人の注意が言葉から逸れないことが最優先です。
納品先から音量の基準を指定されることがあります。
その処理をかけると小さな音が持ち上がるので、リップノイズは基準を合わせる前に片づけておきます。
歌の録音
息継ぎの音が表現の一部になっています。
語りと同じ感覚で消すと、歌が平らになります。
言葉のあいだに入った短い粒だけを下げ、息そのものは残す。
この分け方をしてください。
ボイスドラマと朗読
登場人物ごとに距離感が変わります。
近くで囁く場面と、離れて叫ぶ場面が同じ作品の中に並びます。
近い場面ほどリップノイズが目立ちます。
場面ごとに扱いを変えたほうが自然に仕上がります。
全体に同じ処理をかけると、遠い場面まで削れます。
オーディションの音源
審査する人は、声そのものを聴きたいと思っています。
技術的な粗さで判断が曇るのは損です。
一方で、加工しすぎて生きた声でなくなるのも損です。
気づかれない程度に下げる。
この記事の目安がそのまま当てはまります。
収録前のチェックリスト
録り始める前に、この六つを確かめてください。
三分で終わります。
- 水を少し飲み、口の中をすすいだか
- マイクとの距離は拳ふたつ分あるか
- 正面から十五度から三十度、角度をずらしているか
- 部屋が乾きすぎていないか
- 十秒のテスト録音を、ヘッドホンで聴き返したか
- 収録中に口を湿らせるための水が、手の届くところにあるか
このうち二番と三番が、最も効きます。
時間がないときは、この二つだけでも確かめてください。
言葉の説明
この記事に出てきた言葉を、短くまとめます。
指向性とは、マイクがどの方向の音を拾うかという性質です。
正面だけを拾うものを単一指向性、周囲を等しく拾うものを無指向性と呼びます。
近接効果とは、単一指向性のマイクで音源に近づくほど、低いところが持ち上がる現象です。
声を太くするために使われますが、近づく理由になるので、リップノイズの面では不利に働きます。
無指向性のマイクではこの現象が起きません。
軸とは、マイクが最も感度の高い方向のことです。
軸をずらすとは、その方向から口を外すという意味です。
デシベルとは、音の大きさを比べるための単位です。
約六デシベル下がると、感覚としては半分くらいの大きさに聞こえます。
それでも治らないと感じたら
体質や歯並びが理由のとき
水分を取っても、ガムを噛んでも減らない。
この場合、体の側で解決しようとするのは効率が悪いです。
録り方の側に移してください。
距離を取り、角度をずらす。
この二つだけで、多くの場合は実用の範囲に収まります。
部屋が理由のとき
吸音を足しすぎた部屋では、細かい音が隠れる場所がありません。
壁の一面だけ吸音を外す、あるいは本棚のように凸凹のあるものを置いて、音が散る場所を作ります。
響きを増やすのではなく、散らすのが目的です。
マイクが理由のとき
近づいて使う前提のマイクを使っていて、太さを出すために口元に寄せている。
この状態であれば、マイクの選び方から見直す価値があります。
近接効果のない無指向性のマイクなら、離しても声が痩せません。
離せるということは、それだけでリップノイズが減るということです。
よくある質問
リップノイズは病気ですか
違います。
誰の口の中でも起きている、ごく普通の現象です。
マイクが耳より近い場所にあるために、録音でだけ目立ちます。
直せば一生入らなくなりますか
なりません。
その日の水分、部屋の乾き、緊張の度合いによって毎回変わります。
だから毎回、録る前に整えて、録ったあとに確かめます。
無料で減らせますか
減らせます。
距離と角度の見直しは費用がかかりません。
録ったあとの作業も、ブラウザの中で完結します。
専用のソフトを買わないと減らせない、ということはありません。
配信中に、その場で減らせますか
その場で完全に処理するのは難しい作業です。
配信では、録り方の側で減らしておくのが現実的です。
距離を取り、角度をずらしてください。
歌の録音でも同じですか
同じです。
ただし歌では息継ぎの音が表現の一部になっていることが多く、下げすぎると歌が平らになります。
語りより慎重に扱ってください。
ささやきの作品では、残したほうがよいですか
近さを聴かせる作品では、口の中の音が近さを伝えています。
ただし残すというのは、刺さる粒まで放置するという意味ではありません。
耳を刺す大きな粒だけを下げて、細かい粒は残す。
この使い分けです。
何度録り直しても入ります
録り直す前に、距離と角度を変えてください。
同じ位置で録り直しても、同じものが入ります。
それでも入るなら、それはもう録り方では消えない量です。
録ったあとの作業で下げる前提に切り替えたほうが、時間を無駄にしません。
機材を買い替えれば消えますか
消えません。
どんなマイクでも、口の中で鳴った音は拾います。
ただし、離して使えるマイクなら目立ち方は減ります。
買い替えを考えるなら、性能の高さではなく、離して使えるかどうかで選んでください。
まとめ
リップノイズは、口の中の粘りが離れるときに鳴る、ごく短い音です。
体の側の理由と、録り方の側の理由があります。
いちばん効くのは、マイクとの距離を取り、正面から角度をずらすことです。
費用がかからず、いますぐできます。
それでも入った分は、録ったあとに下げます。
消すのではなく下げる。
音量を揃える前に片づける。
この二つを守れば、聴いている人が気づかない程度まで持っていけます。
そして、下げすぎないでください。
口の中の音が完全に無い声は、人の声に聞こえません。
