目次
評判の良いLUTを買った。
ノードに当ててみた。
なぜか眠くて締まりがないか、逆にコントラストが極端で影が塗り潰されているか。
肌が土のような色になっているか。
作例で見た、あの雰囲気にはまるで届いていない。
ここで、たいていの人はLUTの強さを下げます。
少しマシになるけれど、良くもならない。
別のLUTを試す。
やはり同じ。
LUTが粗悪なわけでも、あなたの目が悪いわけでもありません。
当てる場所が、間違っています。
そして、これは知識で完全に解決できる問題です。
LUTには、性質の違う二種類がある

すべての混乱の原因はここにあります。
.cubeという同じ拡張子で配布されるファイルの中に、役割がまったく違う二種類が混在しているのです。
ひとつめは、技術変換のLUT。
Logという特殊な記録形式を、通常の色(Rec.709)へ戻すためのものです。
たとえば「S-Log3 to Rec.709」「V-Log to Rec.709」といった名前で、カメラメーカーが公式に配布しています。
これは変換です。
正解があり、好みが入る余地はありません。
翻訳に近い。
原文を、読める言語に直す作業です。
ふたつめは、クリエイティブ・ルックのLUT。
映像に雰囲気を与えるためのものです。
昭和のネオン、褪せたフィルム、冷たい青。
空音ルックもこちらに属します。
これは表現です。
正解はなく、すべて好みで決まります。
翻訳された文章に、文体を与える作業です。
問題は、この二つが見た目で区別できないことです。
どちらも同じ.cube。
どちらも同じようにノードに当たる。
けれど、片方は前提で、もう片方は仕上げです。
順番が逆になれば、当然おかしくなります。
なぜ、Logに直接当ててはいけないのか

Logで撮った映像は、灰色で、薄く、眠く見えます。
あれは失敗ではなく、意図された状態です。
カメラのセンサーが捉えた広い明暗の幅を、限られたデータ量の中に押し込むために、あえてコントラストを寝かせて記録している。
黒を黒として記録せず、白を白として記録しない。
そうすることで、後から自由に伸ばせる余地を残しています。
音でいえば、コンプレッサーをかけずに、余裕を持ったレベルで録音した素材に近い。
そのままでは迫力がないけれど、後の工程で自由が利く状態です。
さて、クリエイティブ・ルックのLUTは、どういう映像に当たることを想定して作られているでしょうか。
すでに正しい色になった、Rec.709の映像です。
ルックLUTの設計者は、「入力される黒はここ、白はここ、肌の色はこのあたり」という前提を置いて、そこから色を動かす設計をしています。
その前提の上に、暖かさを足したり、影を沈めたりしている。
ところがLog素材は、黒も白も肌の色も、まったく違う場所にあります。
前提が崩れた状態でルックを当てれば、設計者の意図した変化は起きません。
濁ります。
あるいは、変化が浅すぎて何も起きていないように見えます。
これは、LUTの品質とは無関係です。
出発点が違うのだから、同じ場所には着けません。
楽譜の話に置き換えるなら、こうです。
移調楽器のパート譜を、実音のつもりで読んでいる。
音符は正しく読めているし、指も正しく動いている。
それでも、鳴っている音は違う。
読み方の基準がずれているだけで、腕の問題ではありません。
正しい順序は、三段階
やるべきことは、次の順番です。
第一段階 技術変換 Logを、Rec.709へ戻す。
ここで初めて、映像は「普通の色」になります。
第二段階 一次補正 露出とホワイトバランスを整える。
明るさの土台を作り、色の偏りを取る。
第三段階 クリエイティブ・ルック 好みの雰囲気を与える。
ここで初めて、ルックLUTを当てます。
この順序には、明確な理由があります。
第一段階を飛ばせば、前述のとおり出発点が違います。
第二段階を飛ばすと、映像ごとの明るさのばらつきがそのまま残るため、同じLUTを当てても素材ごとに結果が変わります。
十カットの演奏動画で、カットごとに色が違うという事態はここから生まれます。
ルックを当てる前に、すべてのカットを同じ土台に揃えておく。
これが、色を統一するための唯一の方法です。
技術変換は、LUTよりCSTを使う
ここで一つ、実務上の推奨があります。
第一段階の技術変換は、変換用LUTを使わず、カラースペーストランスフォーム(CST) というツールを使ってください。
DaVinci Resolveに標準で入っている、OpenFXのエフェクトです。
理由は三つあります。
LUTは決められた格子点の値しか持っておらず、その間は補間されます。
CSTは数式で変換するため、精度が高い。
特に暗部と明部の階調で差が出ます。
次に、CSTは入力と出力を明示的に指定します。
「S-Log3 / S-Gamut3.Cine から、Rec.709 / Gamma 2.4 へ」と、画面上で読める形で設定が残る。
半年後に自分のプロジェクトを開いたとき、何をやったかが分かります。
そして、トーンマッピングを制御できます。
明暗の幅を圧縮する方法を選べるので、ホールのスポットライトのような厳しい条件でも、白飛びを抑えながら変換できます。
使い方は簡単です。
ノードを右クリックし、OpenFXからカラースペーストランスフォームを適用します。
入力カラースペースとガンマに、カメラの記録形式を指定する。
出力に、Rec.709とGamma 2.4を指定する。
これだけです。
なお、プロジェクト全体でカラーマネージメント(DaVinci YRGB Color Managed)を使っている場合、この変換は自動的に行われます。
その場合、CSTのノードは不要です。
二重に変換しないことだけ注意してください。
色が破綻します。
正解のノード構成
具体的な形にします。
カラーページで、ノードを直列に四つ並べてください。
ノード1 変換 CSTを適用し、LogからRec.709へ。
ここは触ったら終わりで、以降は動かしません。
ノード2 一次補正 オフセットとカラーホイールで、露出とホワイトバランスを整える。
波形モニターを見ながら、黒と白の位置を決めます。
ノード3 二次補正 必要なら、部分的な修正をここで。
肌だけ、背景だけ、といった限定的な調整です。
不要ならノードを置かなくても構いません。
ノード4 ルック ここで、クリエイティブ・ルックのLUTを当てます。
この四段構成が、最も応用が利く基本形です。
ノードを分けておく最大の利点は、あとから一段だけ外せることにあります。
ルックを変えたくなったら、ノード4だけ差し替える。
露出を直したくなったら、ノード2だけ触る。
全部を一つのノードでやってしまうと、この自由が失われます。
そしてもう一つ。
ノード4を無効化すれば、いつでも素の状態を確認できます。
ルックに引きずられて判断を誤ったとき、戻る場所があるのは重要です。
スマホ動画やBRAWの場合
Log以外の素材では、話が少し変わります。
iPhoneや一般的なカメラの通常撮影 これらは最初からRec.709で記録されています。
つまり、第一段階の変換は不要です。
ノード1を飛ばし、一次補正から始めてください。
ただし、iPhoneのHDR(HLG)で撮っている場合は別です。
これはRec.709ではないので、変換が必要になります。
心当たりがあれば、iPhoneの動画が白っぽく見える原因と直し方を先に確認してください。
BRAWやRAW素材 これらは、そもそも色空間が確定していない状態のデータです。
カメラRAWのタブで現像設定を行うのが第一段階になります。
考え方は同じで、まず基準の色を作ってから、ルックを乗せる。
素材が何であれ、原則は変わりません。
ルックLUTは、Rec.709になった映像に当てる。
これだけです。
空音ルックの前提
空音開発が配布している空音ルックも、この原則に従って設計されています。
入力の前提はRec.709です。
33本すべて、正しい色になった映像に当たることを想定しています。
Log素材に直接当てても、設計どおりの色は出ません。
裏を返せば、この記事の三段階さえ守れば、どんなカメラで撮った映像でも同じ色が返ります。
iPhoneで撮っても、ミラーレスのLogで撮っても、Rec.709に揃えた時点から先は同じです。
そして、この設計にはもう一つの利点があります。
ブラウザ上のビデオシンクで当てても、DaVinci Resolveで.cubeとして当てても、同じRec.709の映像には同じ色が返る。
手軽に済ませたい映像はブラウザで、追い込みたい映像はResolveで、という使い分けができます。
無料の会員登録だけで、33本のうち8本をブラウザで試せます。
自分の演奏動画を読み込むと、その場のフレームにルックを当てたサムネイルが並ぶので、理屈より先に画で判断できます。
色の好みは、言葉では決まりません。
手順を覚えるより、まず一度当ててみるほうが早い場合もあります。
よくある三つの誤解
「変換LUTとルックLUTを重ねれば良いのでは」 理屈の上では可能ですが、推奨しません。
変換LUTは精度で劣り、さらにその上にLUTを重ねると、階調の劣化が蓄積します。
CSTを使ってください。
「ルックLUTを当ててから露出を直せばいい」 順序が逆です。
LUTを通したあとの信号を動かすと、LUTが想定していない領域まで引き伸ばすことになり、破綻しやすくなります。
土台を作ってから、乗せる。
「良いLUTなら、そのまま完成するはず」 しません。
LUTは、素材ごとの違いを吸収しません。
同じ照明、同じ露出で撮られた映像にしか、同じ結果は返しません。
だからこそ、その前の一次補正が要ります。
LUTは、仕上げの一手であって、工程の全部ではない。
ここを理解すると、色は急に安定します。
まとめ
LUTには、Logを通常の色に戻す技術変換と、雰囲気を与えるクリエイティブ・ルックの二種類がある。
この二つを混同したまま、Log素材にルックを直接当てているのが、色が汚くなる最大の原因です。
正しい順序は、変換、一次補正、ルックの三段階。
ノードを分けて直列に並べ、あとから一段ずつ差し替えられる形にしておく。
技術変換には、LUTではなくカラースペーストランスフォームを使う。
これだけで、同じLUTがまったく違う顔を見せます。
次は、この三段階の第二段階にあたる部分です。
入力・作業・出力という三つの色空間を、Resolveがどう管理しているのか。
カラーマネージメントの全体像を扱います。



