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録音の現場では、マイクに相反する要求が突きつけられます。
広い周波数帯域で平坦な応答がほしい。
でも小さくて軽く、落としても壊れない頑丈さもほしい。
この二つの両立は可能なのか。
1953年に発表された一本の論文が、ムービングコイル型マイクの筐体設計でこの難題に挑みました。
リボンマイクの弱点を、なぜムービングコイルで克服できるのか
1950年代前半、放送用マイクの主力はリボンマイクでした。
しかし高域の応答不足、近接効果による低域のブーミネス、低感度、そして繊細さゆえの壊れやすさが課題でした。
とくにテレビ制作ではブームに載せる軽量で耐衝撃性のあるマイクが求められ、FM音声システムでは高域まで伸びた応答と濁りのない低域が必要でした。
Souther(1953)は、これらをムービングコイル型の圧力マイクロホンで克服しようとしました。
本題に入る前に、二つの用語を整理します。
圧力マイクロホンとは、音波による空気の圧力変化を振動板で受け止める方式のマイクです。
入射した音響エネルギーの一部は反射され、一部は熱として散逸し、残りが振動板の運動に変換されます。
リボンマイクのような速度型とは異なり、音圧そのものに応答します。
ムービングコイル変換器とは、振動板に取り付けたコイルを磁場の中で動かし、コイルの速度に比例した電圧を発生させる発電素子です。
ダイナミックマイクの心臓部で、頑丈さと比較的高い出力が特長です。
この方式が選ばれた理由は、頑丈さと出力の高さに加えて、音響的な工夫によって可聴帯域全体の応答を平坦に整えやすいことでした。
Southerはこの性質を活かし、四段階の音響設計で広帯域化を進めます。
なお、マイクの設計思想がどのように発展してきたかについては、『U 87は真空管をどう置き換えたのか、その開発記録を読む』でも別の角度から取り上げています。
四つの音響設計で、帯域をどこまで伸ばせるのか
Southerの手法は、振動板単体では不十分な周波数応答を、筐体の音響設計によって補正していく四段階の工程でした。
第一段階は、音響抵抗による中域の平坦化です。
音響抵抗とは、音響系における散逸要素で、電気回路の抵抗に相当します。
ここではフェルトを用いて振動板の共振を制動しました。
振動板はQ値の高い共振ピークで大きく振れすぎるため、フェルトでエネルギーを吸収してQを下げ、中域の応答を平坦に引き伸ばしたのです。
第二段階は、バスレフによる低域の拡張です。
バスレフとは、管の中の空気質量が、囲まれた空間のコンプライアンス(力の変化に逆らう機械的要素)と共振する現象を利用して低域を伸ばす技法で、もともとスピーカーキャビネットの設計で使われていました。
Southerはマイク筐体にバスレフ管を設け、振動板のコンプライアンスに対して並列に質量要素を加えることで、40 cpsまで応答を引き下げました。
筐体の容積は最低でも4立方インチが必要でした。
40 cps以下では、12 dB/octの割合で減衰します。
第三段階は、回折を利用した中高域の補強です。
回折とは、音波が障害物の周りで曲がる現象で、周波数と角度によって圧力に強弱が生じます。
筐体を直径1インチの円筒形に整形することで、この回折効果を中高域のレスポンス補強に転用しました。
第四段階は、前方共振器による超高域の引き上げです。
振動板の前面に空洞と管を設け、共振回路を形成することで、15,000 cpsまで高域を伸ばしました。
15,000 cpsを超えると、18 dB/octの割合で減衰します。
測定は無響室で行われ、Model 640-AA標準マイクで校正されました。
製造時の検査では、Model 655を基準とした比較デシベル計を用い、許容差±2 dBで合否を判定しています。
また、8ポジションの卓を備えた模擬録音スタジオでの聴感評価も実施されました。
なお、マイクの周波数応答が個体識別にどこまで使えるかを検証した研究は、『マイクの周波数応答だけで個体を識別できるのか、その研究を読む』で別途取り上げています。
平坦度±2 dB、40〜15,000 cpsの広帯域はどう実現されたのか
四段階の設計を経て、このマイクは以下の特性を得ました。
この応答特性に加えて、いくつかの特筆すべき性質があります。
筐体は直径1インチの円筒形で、重さはポンドではなくオンスの単位で測れるほど軽量でした。
感度は一般的なリボンマイクを上回ります。
耐久性においても、床に落としても壊れず、水に沈めても動作に支障がないほどの頑丈さです。
可動系の共振周波数が約500 cpsと高いため、外部からの振動が出力に混入しにくく、ショックマウントが不要でした。
この高い共振周波数を実現するため、振動板の厚さは1.3/1000インチ、公差±0.0001インチという精密さで管理されています。
指向性は圧力型のため、単一指向性ではなく、マイルドな無指向性(全指向性に近い)です。
無指向性という制約は、どこまで使える場面を狭めるのか
Souther自身が挙げた限界は一つです。
このマイクは圧力型であるため指向性が弱く、周囲の騒音を強く抑えたい用途には向きません。
単一指向性のリボンマイクが有利な場面、たとえば雑音の多い環境での収音では、この設計の守備範囲を外れます。
また、著者は単一指向性や高次の圧力傾度型マイクの設計については扱っておらず、この研究の適用範囲はあくまで圧力型ムービングコイルマイクの広帯域化に限られます。
測定は無響室と模擬スタジオで行われており、実際の運用環境すべてを網羅しているわけではありません。
この研究をどう受け止めるか
Southerの論文は、マイクの周波数応答を電気回路ではなく音響回路で補正するという設計思想を、具体的な四段階の工程として示した点で、録音技術史における貴重な記録です。
スピーカー設計で使われていたバスレフをマイクに転用するなど、分野を横断した発想も見どころです。
1953年という早い時期に、可聴帯域のほぼ全域をカバーするムービングコイルマイクが実現されていた点は、現在の機材選びの前提を見直すきっかけになります。
この研究が対象とした圧力型の特性(頑丈さ、広帯域、無指向性)は、用途によっては現在でも十分に選択肢となりうるものだからです。
参考資料
An Adventure in Microphone Design
Howard T. Souther、1953年
J. Audio Eng. Soc., Vol. 1, No. 2, pp. 189-185
原典の主張は、An Adventure in Microphone Design をご参照ください。

