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コンデンサーマイクの内部に真空管ではなくトランジスタが使われるようになったのは、なぜなのか。
1960年代、録音の現場はこの切り替えのなかにありました。
Neumann U 87の開発には、電源の取り方ひとつをとっても未知の設計判断が積み重なっていたわけです。
その経緯を、社内資料から再構成した研究がありますので、シェアしていきましょう。
真空管マイクには何が足りなかったのか
真空管コンデンサーマイクは当時すでに高い性能を持っていたが、構造上の制約も抱えていました。
フィラメントの加熱に大きな電力が必要であり、ケーブルは多芯の太いものに限られ、引き回せる距離にも制限があった。
そこに登場したのがFET(電界効果トランジスタ)であります。
FETは半導体素子の一種で、真空管と異なり低電圧・低電流で動作し、小型であり、機械的振動に反応して雑音を生じるマイクロフォニック現象もない。
インピーダンス変換器として真空管の代わりに使えば、マイクの設計に新たな自由度が生まれるはずだった。
しかしFETへの置き換えは、単に部品を差し替えれば済む話ではなかった。
電源をどう供給するか、コネクタの規格を何にするか、そしてカプセルの偏極電圧(コンデンサーカプセルの振動板と固定極の間に電界を生じさせる直流電圧)をどこから得るか。
どれも録音現場の使い勝手に直結する問題であり、先行する真空管マイクU 67の設計思想とどう折り合いをつけるかが問われた。
U 87をめぐるこれらの判断は、後に数十年にわたってスタジオの標準機材として使われる製品の土台となった。
マイクの周波数応答だけで個体を識別できるのか、その研究を読む
Schneider(2017)はこれらの問いに、社内資料から迫った。
設計の変遷をどう追跡したのか

Schneiderの手法は文献調査である。
Neumann社の社内資料、回路図、試作機の記録を精査し、U 67からU 87への展開を部品レベルで追跡した。
調査の対象は、ファントム電源(P48)対応の標準モデルだけではない。
ファントム電源とは、オーディオケーブルを通じて48 Vの直流電圧をマイクに供給する方式で、U 87ではFET回路の駆動とカプセルの偏極電圧の両方に用いられた。
この標準型に加え、放送局の要求に応じて作られた複数の派生型も比較検討の対象となっている。
給電方式やコネクタ規格の異なる複数の製品が、同じ基本設計からどのように枝分かれしていったのかが分析された。
回路設計の面では、とくに偏極電圧の確保が焦点となった。
U 67では60 Vの専用電源から偏極電圧を供給していたが、U 87ではファントム電源の48 Vをそのまま使う判断が下された。
この判断が感度に与えた影響が、回路図に基づいて解析されている。
また指向性の切り替えを実現する回路構成や、部品の絶縁性能に関する検討も、設計変更の記録を通じて調べられた。
コンデンサーマイクの初段回路ではわずかな漏れ電流も雑音となるため、絶縁抵抗の極めて高い部品が必要になる。
経年による部品調達の難しさや環境規制への対応が、設計をどのように更新させたかも記録されている。
開発の過程で何が明らかになったのか
一連の調査から、以下のような設計判断とその帰結が整理された。
U 87がファントム電源の48 Vを直接偏極電圧に用いたことで、U 67の60 V偏極に比べて感度が2 dB低下した。
指向性の切り替えは、ファントム電源から得られる電位だけを用いた抵抗切り替え方式で実現され、無指向性、単一指向性(カーディオイド)、双指向性(フィギュアエイト)に加え、中間的な指向性も選択できた。
ただしこの方式には雑音の代償があり、等価雑音レベル(マイク自身の回路雑音を音圧レベルに換算した値)は18 dB-A SPLに達した。
電池駆動型では消費電流が0.4 mAに抑えられ、電池寿命は150時間であった。
一方、後に登場したU 87 AやU 77では、dc/dcコンバーター(低い供給電圧を高い電圧へ変換する電子回路)によって60 Vの偏極電圧を確保し、等価雑音レベルは12 dB-A SPLまで改善された。
これは真空管マイクに匹敵する数値である。
この研究の射程はどこまでか
Schneider自身が挙げている限界は二つある。
第一に、紙幅の制約から、回路の負帰還に関する周波数依存の挙動と切り替え可能な特性の詳細は扱えなかった。
第二に、同じく紙幅の都合により、抵抗切り替えによる指向性制御の概念も詳細な説明が省かれている。
また、この研究はNeumann社の社内資料に基づく開発史であり、そこから自然に読み取れる適用範囲がある。
対象となったのはU 67とU 87の系統に属する製品群であり、測定された値もこの系統の設計判断に固有のものである。
他のメーカーのFETマイクや、異なる電源方式を採用した製品に、ここで示された数値をそのまま当てはめることはできない。
この研究をどう受け止めるか
U 87の開発史を社内資料から実証的にたどったこの研究は、技術史の記録としての意義が大きい。
設計者が何を制約と見なし、どのような選択肢のなかから判断を下したかを一次資料で示したことで、完成品だけを見ていては分からない意思決定の連鎖が可視化されました。
とくに、ファントム電源の48 Vを偏極電圧にそのまま使う判断や、抵抗切り替えによる指向性制御の採用は、当時の部品や規格の制約のなかで成立した選択であったことが分かる。
その後の派生型でdc/dcコンバーターの導入によって雑音特性が改善されていった経緯も、技術の積み重ねとして理解でき、マイクロフォンの知見を一段上げる素晴らしい資料だと思う。
Kuonの開発した小型ラベリアマイクはこちらから。
参考資料
Martin Schneider, "U 87 - Microphone Development in the 1960s," AES Convention 142, e-Brief 321, 2017.
原典の主張は、U 87 - Microphone Development in the 1960s をご参照ください。

