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マイクの仕様表には、雑音の少なさや耐えられる音の大きさを示す値が並びます。
高いほど良いと思われがちです。
では、車内のように騒音の大きい場所では、素子のスペックの高さは通話の聞き取りやすさにどれだけ効くのでしょうか。
この記事は、その関係を実車収録とシミュレーションで調べた研究を読み解きます。
マイクのスペックは、なぜ実際の使い心地とずれるのか
車載用マイクの素子には、従来からエレクトレットコンデンサーマイク(ECM)素子が広く使われてきました。
一方、この研究で試された車載マイクモジュールは、いずれもMEMSマイクを使っています。
MEMSマイクとは、微細加工技術で作られたマイク素子のことです。
このMEMS素子の仕様は、主にスマートフォンなどの民生機器向けに開発されてきました。
そのため、SNRや音響過負荷点(AOP)が高いほど、最終的な用途の性能も良くなると考えられがちです。
SNRとは、信号と雑音の比率のことです。
素子やモジュール単体ではdB(A)で表され、システム全体では車内の騒音まで含めた値になります。
音響過負荷点(AOP)とは、マイクの出力が大きく歪み始める入力音圧のことです。
このふたつは仕様表に並ぶ代表的な指標ですが、自動車の車内は民生用途に比べてはるかに騒音レベルが高い環境です。
したがって、民生向けに高めたスペックが、そのまま車載マイクに求められる性能につながるとは限りません。
そこでDuほか(2019年)は、素子レベルの仕様が典型的な車載用途の使い心地にどう影響するのかを、システムレベルのSNRと音声の聞き取りやすさで評価しようとしました。
マイク素子の種類や原理の変遷については、マイクの基本原理は一世紀でどう体系化されてきたのか、その研究を読む で扱っています。
車内の騒音と通話品質は、どう測ったのか
研究では、実車を使った収録と、マイクアレイのシミュレーションというふたつの方法が併用されました。
まず実車収録です。
ANC-omni、Voice-omni、Voice-uniという車載マイクモジュールと、参照用の測定マイク(B&K Type 4191)を、助手席側のサンバイザーに並べて取り付けました。
車種はSUV、セダン、電気自動車です。
走行速度は0、40、80、120 km/h、助手席の窓は開閉のふた通り、空調はオフと全開のふた通りを組み合わせました。
感度は、約0.5 mの距離に置いた人工口を使って、その場で校正しています。
通信品質の評価には、音声了解度指数(SII)を使いました。
SIIとは、音声がどれだけ聞き取りやすいかを表す客観指標です。
1/3オクターブ帯域ごとの騒音と標準化された音声レベルから計算し、値が大きいほど聞き取りやすいことを意味します。
ここでは標準化された音声レベルを6 dB持ち上げました。
話者とマイクの距離0.5 mによる減衰を補うためです。
SIIを選んだ理由は、客観的な指標でありながら、必要な測定が車内の周囲騒音だけで済むからです。
また、システムレベルのSNRとSIIに着目したのは、この研究が考える使い心地が、通話相手に届く最終的なSNRと聞き取りやすさに大きく依存するからです。
主観的な評価も行われました。
音響技術者が、マイクのSNRを58から70 dB(A)の範囲で変えたときの騒音収録を聴き比べています。
SNRは自己雑音を電子的に加えることで調整しました。
もうひとつが、マイクアレイのシミュレーションです。
ビームフォーミングとは、複数のマイク素子の出力を組み合わせて、目的の方向の音を強調し、雑音を抑える配列処理のことです。
ここでは素子間隔2 cmの等間隔直線アレイ(ULA)のモデルを使い、各素子のSNRを10 dBと固定しました。
そのうえで、素子ごとの感度と位相のずれが、遅延和(DS)方式と最小分散無歪応答(MVDR)方式のビームフォーマにどう影響するかを、白色雑音と車内の指向性雑音のふたつの条件で調べました。
DS方式は全素子の位相を揃えて足し合わせる方式、MVDR方式は目的方向に単位応答を保ちながらアレイ全体の出力電力を最小にする方式です。
シミュレーションを使った理由は、素子ごとのパラメータのばらつきが、アレイの性能を最適にするうえでしばしば問題になるからです。
マイクアレイで音の来る方向を特定する別の試みは、33個のデジタルマイクとFPGAで、音の来る方向はどこまで特定できるのか、その研究を読む(2015年) で扱っています。
スペックの差は、聞き取りやすさにどこまで表れるのか
停車中の騒音レベルは、A特性で35から50 dB(A)の範囲でした。
40 km/h以上、または空調を全開にすると、騒音はさらに20から30 dB上がります。
マイクが拾う騒音については、Voice-uniがほとんどの条件で最も低いレベルを示しました。
ただしSUVで空調を最大にした場合だけは、Voice-uniが最も高いレベルになりました。
サンバイザーという取り付け位置のため、空調の風切り音に敏感だったのです。
SIIは、マイクが拾う騒音に反比例しました。
停車中の電気自動車では、どのマイクもSIIが0.9に達しました。
SUVで80 km/h、窓を閉めて空調を切った条件では、SIIは0.34でした。
全体の騒音が70から80 dB SPLを超えると、SIIは0.1を下回りました。
マイクごとに見ると、Voice-uniが一貫して最良かそれに近い値で、ANC-omniが最も悪い値でした。
マイクのSNRが効くのは、周囲の騒音が小さいときだけでした。
SNRを58から70 dB(A)へ変えたときのSIIの差は、停車中の電気自動車で0.1、停車中のセダンでは0.05未満でした。
SNRが高くなるほどその差はさらに縮まり、十分に高いSNR同士ではSIIにほとんど差が出ません。
主観評価でも同じ傾向が出ました。
停車中の電気自動車では、SNRを58から70 dB(A)へ変えるとノイズレベルの差が検知できましたが、ある水準を超えると差は感じられなくなりました。
エンジンがかかったままのセダンでは、SNRの異なるマイクの出力は同じように聞こえました。
音響過負荷点(AOP)については、セダンのオーディオシステムは110 dB SPLを超える音を出せませんでした。
窓を開けて120 km/hで走行したときも、低域で最大SPLが約110 dBに達しました。
ここから、AOPの目安として110 dB SPLが示され、設計上の余裕を含めて120 dB SPLあれば十分、用途によっては130 dB SPLまで見込む場合があるとされています。
アレイのシミュレーションでは、素子が完全に一致していれば、MVDR方式はDS方式より空間分解能が高いことが示されました。
しかしMVDR方式は、素子間の感度や位相のずれに非常に敏感でした。
一方、DS方式は比較的頑健でした。
無指向性の雑音では、感度のずれが3 dBまで、位相のずれが45度までなら、DS方式の配列SNRの損失はごく小さく抑えられました。
指向性のある雑音では、感度のずれが3 dB未満のとき、DS方式の配列SNR損失は最大1.7 dBに達しました。
位相のずれについては、20度までなら損失をごく小さく抑えられる一方、45度までずれると損失はより大きくなりました。
これらの結果を踏まえ、主流の車載通話用途に十分な仕様として、次の値が示されました。
この結論は、どこまで当てはまるのか
著者自身が述べている限界があります。
まず、最大SPLの測定事例は、すべての使用状況を網羅するものではありません。
高級なサウンドシステムを載せた車や、120 km/hを超える速度で走るオープンカーでは、110 dB SPLを超えることがありえます。
次に、結論は選ばれた使用事例に基づいています。
より多くの車種や、120 km/hを超える速度などの条件を含む、より包括的な調査で見直すべきだとされています。
また、頑健なビームフォーミングの手法(対角ローディングなど)は対策として言及されましたが、この研究の範囲外です。
さらに、計算上のSIIと、実際の自然言語の聞き取りやすさとの対応は、単純に置き換えられるものではないとされています。
この研究は、マイク設計のどこに位置づくのか
マイクの仕様は、素子単体の性能として語られがちです。
しかしこの研究は、仕様と使い心地のあいだに、車内という環境と、SNRやSIIといったシステムレベルの指標を挟むことで、両者の対応を具体的に示しました。
素子のSNRを高めても、周囲の騒音が大きければ聞き取りやすさはほとんど変わらないという結果は、仕様を単体で追い求めるのではなく、使う環境に合わせて仕様を選ぶという視点を裏付けています。
同時に、アレイ処理の章は、仕様の高さだけでなく、素子間のばらつきが性能を左右することを示しています。
素子が理想通りに揃っていれば高い性能を発揮する方式も、現実のばらつきの前では頑健さがものを言う。
この知見は、マイクを単体の部品としてではなく、使われる場と組み合わせ方のなかで捉える姿勢へとつながるものです。
参考資料
Yu Du、Viktor Dobos、Balázs Varga、Ruiting Yang「Automotive Microphone Performance: from Specification to User Experience」、2019年、AES International Conference on Automotive Audio(Neuburg an der Donau, Germany)。
原典の主張は、Automotive Microphone Performance: from Specification to User Experience をご参照ください。

