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音響工学 · 2026.09.02

2015年|携帯電話の録音は音をどう変えるか

同じ現場の音を、iPhone 5s のボイスメモに直接録るのと、AT&T のボイスメールに残すのとでは、音はどう変わるのか。レベル圧縮、子音やフォルマントの変化、無音・雑音の抑圧まで、音声鑑定の土台となる測定結果を紹介します。

目次

録音を証拠として使うとき、まず気になるのは、その音が現場の音をどれだけ忠実に残しているかです。

いま証拠音声は、携帯電話や PDA で録られることが増えています。

では、スマートフォンに直接録った音と、電話網を経由して残るボイスメールの音とでは、同じ現場で鳴った音がどう変わってしまうのでしょうか。

レベルは正しく残るのか、話し声や衝撃音はどう変わるのか。

Begault ら(2015)は、iPhone 5s への直接録音はレベル応答がほぼ直線だった一方、AT&T のボイスメール録音はレベルを圧縮し、子音やフォルマントを変形させ、無音や雑音を抑圧することを示しました。

携帯電話の録音はなぜ信頼しにくいのか

携帯電話や PDA で録られた音声は、音声鑑定の現場で証拠として扱われる機会が増えています。

手に持つデジタル録音機に代わる、証拠音声の出どころになりつつあるのです。

鑑定では、録られた音声そのものだけでなく、背景に聞こえる声、銃声、音源までの距離、環境の手がかりまでを読み取る必要があります。

問題は、こうした要素が端末や電話回線の処理によってどう変わるかが、録音からは分かりにくいことです。

判断の土台になるのが、ダイナミックレンジ(録音が扱える音量の幅)と、レベルの直線性です。

入力の音が大きくなるにつれて録音レベルが同じだけ上がるかどうかは、音源までの距離を推定し、録音された音声や非音声の音がどれだけ当てになるかを考える出発点になります。

録音が音を変えることはどう確かめたのか

この研究が採ったのは、ブラックボックス分析という方針です。

ブラックボックス分析とは、端末や通信回線の内部でどの信号処理が働いているかを特定せず、入力した音と出てきた音の対応関係だけを観察する手法です。

著者らはハードウェアの仕様や、回線内の個々の信号処理について確信を持てなかったため、変化の原因を個別に特定するのではなく、入力に対する出力の変化として記述する道を選びました。

測定は、残響時間が 0.2 秒未満の吸音性の高い部屋で行われました。

暗騒音は 20 dBA、部屋の寸法は約 4.4 × 5.2 × 3.2 m です。

残響や定在波の影響を抑えるため、部屋の中央を避けた位置に機材を置きました。

試験信号は ADS のスピーカーから再生し、iPhone 5s から 1 m の位置に置きました。

同じ位置には参照用の測定マイクを並べ、録音された音を実際に鳴った音と比較できるようにしています。

スピーカーは、人の声の指向性に近い特性のものが選ばれました。

再生した試験信号は次のとおりです。

Modified Rhyme Test に基づく音声を、1 m の位置で 76 dBA、65 dBA、58 dBA となるよう段階を変えて鳴らしました。

声の大きさが変わったときに録音レベルがどう追従するかを見るためです。

ピンクノイズに続けて女性の声を 70 dB(A) で鳴らす信号、85 dB から 35 dB まで 10 dB 刻みで下げていくピンクノイズ、直径約 0.5 m の風船を割った衝撃音(1 m 地点のピーク音圧は 134 dB)も使いました。

校正には帯域制限したピンクノイズを 75 dB で用いています。

録音は、iPhone 5s のボイスメモ(.m4a)と、AT&T の GSM 4G 回線を経由したボイスメール(.amr)とで、それぞれ行いました。

解析には MATLAB、PRAAT、iZotope RX4 を使っています。

騒音条件は、部屋の暗騒音のままの状態に加えて、NC 30(空調の音がある室内を模した騒音基準)と NC 50(屋外を模した騒音基準)の騒音を重ねた条件でも比較しました。

さらに、段階レベルの音声を再生している最中に、近くで別の人が数字を読み上げるボイスオーバー試験も行い、周囲の声が録音の圧縮に影響するかを確かめています。

直接録音とボイスメールでは何がどう違ったのか

まず形式の違いです。

iPhone 5s のボイスメモに直接録音した .m4a は、AAC LC(Advanced Audio Coding の低複雑度版)という広帯域の非可逆圧縮を使っています。

AAC LC とは、聴感上気づきにくい成分を省いてデータ量を減らす方式です。

一方、AT&T のボイスメールに残る .amr は、AMR-NB という携帯電話の音声伝送向けの狭帯域非可逆圧縮を使っていました。

AMR-NB とは、適応マルチレートで音声を圧縮する狭帯域コーデックです。

録音方式の比較
録音方式標本化周波数ビットレート周波数範囲
ボイスメモ(.m4a)AAC LC44.1 kHz64.0 kbps15.5 kHz まで
ボイスメール(.amr)AMR-NB8 kHz12.2 kbps4 kHz より下まで

ボイスメモは、85 dB から 35 dB まで 10 dB 刻みで下げたピンクノイズに対し、レベル応答がほぼ直線でした。

標本化周波数やビットレートが音の情報量を左右する点は、録音や書き出しに共通する関心事です。

[演奏動画の音を、書き出しで壊さない。

サンプリング周波数・ビットレート・ラウドネスの正解](https://kuon-rnd.com/journal/video-export-audio-quality)も合わせて参照できます。

段階レベルの音声試験では、ボイスメール録音でフォルマントの周波数が変わり、明瞭度が落ちました。

フォルマントとは、母音の音色を決める声道の共鳴周波数の帯のことです。

子音にも変化が生じ、/d/ の音が /t/ のように聞こえる例が確認されました。

話者間のレベルの差は、参照マイクでは 1 dB だったのに対し、ボイスメールでは 19 dB に広がっています。

同じ話者が大声で話したときと通常の声で話したときの入力差は 18 dB あるのに、ボイスメール録音上のレベル差は最大でも 8 dB に収まり、レベル圧縮が働いていることと一致します。

雑音を含む試験では、ボイスメールの音声区間検出が特徴的な動きをしました。

音声区間検出とは、音声が来たかどうかを自動で判定し、無音が続くと録音を止めたり抑えたりする信号処理です。

約 3 秒の無音で録音が止まり、NC 50 の条件では 58 dBA の音声が鳴る前に録音を打ち切る例もありました。

ピンクノイズは 2.3 秒だけ録音され、その後 3.3 秒は抑圧された状態が続きました。

/s/ の音は「eat」のように聞こえるほど変形する例も報告されています。

段階的に下げるピンクノイズの試験では、ボイスメールのレベル応答が時間とともに変動し、突然の抑圧が起こりました。

65 dBA の段では約 1.5 秒で録音が終了しています。

抑圧量は、暗騒音のままの条件では約 10 dB、NC 50 を重ねた条件では約 20 dB でした。

衝撃音にも変化が出ました。

ボイスメモでは風船の最初の衝撃は過負荷なく捉えられた一方、反射成分が増幅され、ピーク圧縮のアルゴリズムが働いていることが示唆されました。

ボイスメールでは風船のピークが 18 ms 遅延し、70 ms から 160 ms にかけて低域を通したエコーが現れました。

Motorola RAZR による別の緊急通報の銃声録音では、処理によるエコーで応答が約 1 秒まで伸びています。

同じ部屋で参照マイクが捉えた銃声の応答は 150 ms だったため、処理が音の輪郭を大きく引き延ばすことが分かります。

この結果はどこまで当てはまるのか

著者ら自身が、この調査の範囲は限られていると明記しています。

対象はサンフランシスコ・ベイエリアにおける AT&T の GSM 4G 回線上の iPhone 5s に集中しており、他の機種や通信事業者、メッセージシステム、録音アプリは検討されていません。

ハードウェアの仕様や、線形予測符号化、不連続送信、音声区間検出、コンフォートノイズ(無音時に挿入される背景雑音)といった個々の信号処理がどう信号を変えたかについても、確信が持てないと述べています。

実際の銃声の解析には別の旧型携帯電話が使われており、その詳細はプライバシー上の理由で省略されています。

この研究は音声と録音の理解のどこに位置するのか

この研究の土台は、録音された音を「そのまま現場の音」として扱うことの危うさを、同じ信号を直接録音とボイスメールの経路に通して測った点にあります。

直接録音とボイスメール録音を同じ試験信号で比べる方法は、端末や回線が音に加える変化を、原因の特定を抜きに、入出力の対応として浮き彫りにします。

内部の処理が公開されていない機器を相手にするとき、このブラックボックス分析の姿勢は広く通用します。

音声鑑定の分野では、録音された音声や背景音、音源までの距離を判断するために、ダイナミックレンジとレベルの直線性を把握しておくことが重視されています。

この研究はその把握を、特定の機種と通信事業者に絞った測定として示しました。

どこまでがその機種と回線に限られた話かは、著者自身が境界を引いています。

範囲を明示したうえで、同じ方法を別の機種や事業者に当てる土台を残した研究といえます。

参考資料

原典の主張は、Forensic Sound Analyses of Cellular Telephone Recordings をご参照ください。

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