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遠くの話者にショットガンマイクを向けても、低域では背後の音や部屋の残響まで拾ってしまいます。
高い指向性を持つはずなのに、低域では絞りきれません。
この記事が答える問いは、後方に向けたカプセルとデジタル処理で、低域・中域の指向性をどこまで高められるかです。
結論は、前方の音色をほぼ変えずに後方ローブをほぼ除去し、拡散音を大きく抑えられる、というものです。
ショットガンマイクは低域でなぜ音を絞れないのか
ショットガンマイクロフォンとは、干渉管と呼ばれる管と指向性カプセルを組み合わせ、正面の音だけを強く拾うようにしたマイクロフォンです。
干渉管は、音を遅延させて加算することで指向性を形作る遅延加算ビームフォーマーを、音響的に実現したものです。
この管がつくるビームは周波数が高いほど狭くなる一方、低域では波長が管より長くなるため、指向性はスーパーカーディオイド(超単一指向性)程度に留まります。
スーパーカーディオイドは、後方感度の不要な盛り上がりである後方ローブを伴います。
もう一つの問題が拡散音利得です。
拡散音利得とは、部屋の残響のようにあらゆる方向から届く音(拡散音)に対するマイクロフォンの出力利得のことです。
ショットガンマイクの拡散音利得は、低域・中域で高域より大きくなります。
つまり、このマイクは低域・中域では後ろの音も部屋の音も拾いやすいのです。
それでも、高い信号忠実度で最大の指向性とSN比(信号対雑音比)を得ようとするなら、ショットガンマイクは依然として最先端の選択肢であると、著者ら(Wittekら、2010年)は述べています。
低域の指向性はどのような方法で高められたのか
著者らは、従来のショットガンマイクロフォンに、後方対向のカーディオイドカプセル(単一指向性のカプセル)と統合したデジタル信号処理を加え、SuperCMIT 2 Uと呼ぶ構成を組みました。
前方のカプセルが正面の音を、後方のカプセルが背後の音を捉えます。
二つのカプセルはほぼ同位置、つまり背中合わせに、膜間距離を3 cm未満として取り付けられました。
信号処理には、時間と周波数の表現として、ダウンサンプリングを行わない9サブバンドのIIRフィルタバンクを用いました。
IIRフィルタバンクとは、入力信号を複数の周波数帯(サブバンド)に分ける処理です。
ダウンサンプリングをしないため低遅延で、エイリアシング(周波数の折り返しによる歪み)を避けられます。
このフィルタバンクは二重相補フィルタバンクで、全サブバンドの和がオールパス特性(全周波数で振幅が変わらない特性)を持ち、かつ周波数分離特性も持ちます。
処理の手順は次の通りです。
下位8サブバンドでは、後方カプセルの信号から前方信号を予測する係数を、前方信号から減算します。
この係数は制限付き予測器と呼ばれ、所望の指向性と後方ローブの減衰を実現するために振幅が制限されています。
その上で、拡散応答を制御するポストスケーリング係数を適用します。
最高域のサブバンドは処理しません。
つまり低域・中域だけを処理する方針です。
この方針には理由があります。
短時間フーリエ変換ではなく、ダウンサンプリングなしのIIRフィルタバンクを選んだのは、低遅延を実現し、時間・周波数エイリアシングを避けるためです。
また、低域・中域のみを処理することで、適応アルゴリズムのアーティファクト(処理に伴う人工的な雑音や歪み)を避けられ、マイク素子間の距離をさらに縮める必要もなくなります。
測定では、未処理のショットガンと二つのプリセットについて、正面・側方・後方の自由音場周波数応答を測りました。
さらに極性パターンと拡散音場周波数応答を測定し、一次指向性マイクロフォンや従来のショットガンと自由音場対拡散音場比を比較しました。
自由音場対拡散音場比とは、反射のない音場での感度と、あらゆる方向から均等に音が届く音場での感度の比のことです。
数値が高いほど拡散音を抑えられます。
録音・試聴セッションと専門家パネルによる主観評価も行っています。
指向性と音色は実際にどう変わったのか
結果は明快です。
まず音色について、正面の自由音場周波数応答は、どちらのプリセットでも未処理のショットガンと同一に保たれました。
前方の音色は処理を入れても変わりません。
側方と後方の感度は、プリセットごとに異なります。
プリセット1は、側方の自由音場感度を±3 dB以内のほぼ平坦な応答まで低減し、後方の感度を4 dB低減しました。
プリセット2は、側方の感度をさらに4 dB低減し、低域の後方感度を最大10 dB低減しました。
側方と後方では8 kHzまで20 dBの感度低減となり、前方に鋭いローブを持つ極性パターンが得られました。
強化したビームフォーマは後方ローブをほぼ完全に除去しています。
拡散音の抑え込みは、自由音場対拡散音場比で比較されました。
結果を表にまとめます。
自由音場対拡散音場比は、ビームフォーミングで11 dB、強化ビームフォーミングでは最大15 dBまで向上しました。
拡散音エネルギー低減係数に直すと、それぞれ12.6、31.6です。
これに対し、一次指向性マイクロフォンは最大でも6 dBに留まります。
主観評価では、プリセット1は可聴アーティファクト(耳に聞こえる人工的な雑音)がなく堅実と評価されました。
プリセット2は、過激な設定では可聴な時間的アーティファクトが生じうる一方、特殊な用途ではさらに高い指向性と拡散音場の低減が得られます。
この方法はどこまで信用できるのか
著者ら(Wittekら、2010年)自身が限界として述べている点があります。
第一に、処理の時間的アーティファクトは、非常に過激なパラメータ設定の場合にのみ可聴になりうるとされています。
第二に、プリセット2は可聴な時間的アーティファクトを生じうるため、そのアーティファクトが他の音声信号で隠れるか、あるいは見過ごされる特殊な収録状況向けと位置づけられています。
第三に、残響が少なすぎる音場は、特に小さな部屋では不自然に聞こえることがあると述べられています。
さらに、未解決として残された点もあります。
プリセット2で時間的アーティファクトが生じる条件はまだ十分に研究されておらず、今後の課題とされています。
また、プリセット1とプリセット2以外の設定は、執筆時点のファームウェアでは実現されておらず、将来のファームウェアで実現される可能性があるとされています。
この研究はショットガンマイクの理解に何を付け加えたのか
この研究は、ショットガンマイクロフォンが低域・中域で十分な指向性を得られないという問題に、後方対向カプセルとデジタル処理の組み合わせで応じたものです。
高い信号忠実度で最大の指向性とSN比を得る手段として、ショットガンマイクは依然として最先端とされます。
その上で、前方の音色を変えないまま後方ローブをほぼ除去し、拡散音を抑えた点は、従来のショットガンマイクの特性を引き継ぎつつ、弱点を補う方向性を示しています。
もう一つの特徴は、処理を低域・中域に限定したことです。
全帯域を適応処理するのではなく、下位のサブバンドだけを扱うことで、適応アルゴリズムに伴うアーティファクトを避け、カプセル間の距離をさらに詰める必要もなくしています。
その代わり、強い設定では可聴な時間的アーティファクトが生じうるため、どこまで強く効かせるかは用途との引き換えになります。
指向性の向上と音色の維持、処理による副作用の間に、この研究は一つの均衡点を示したと言えるでしょう。
参考資料
原典の主張は、Digitally Enhanced Shotgun Microphone with Increased Directivity をご参照ください。

