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スケート中継で、選手が氷を蹴るたびに響く滑走音。
あの音を観客の歓声に埋もれさせず明瞭に収音するには、どうすればよいのでしょう。
空気中の音を拾う通常のマイクロホンでは、歓声という周囲騒音を避けられません。
氷の中を伝わる振動そのものを拾えば、周囲騒音に影響されず滑走音だけを収音できるはずです。
Morita ら(1997)は、スケートリンクの氷中に埋め込む防水マイクロホンを開発し、周囲騒音に対して滑走音を明瞭に収音できることを実験で確認しました。
滑走音の収音はなぜ難しかったのか
スケート中継などのテレビ番組では、滑走音を明瞭に収音する必要がありました。
しかし通常のマイクロホンは空気中の音を拾うため、観客の歓声という周囲騒音の影響を受けます。
滑走音は氷中を伝わる振動として存在する一方、歓声は空気中を伝わる音です。
この違いを利用できれば、歓声を拾わずに滑走音だけを収音できるはずです。
Morita ら(1997)が開発した Ice-Zone Microphone(氷中マイク)とは、スケートリンクの氷中に設置して、氷中を伝わる滑走音を収音するための防水マイクロホンです。
氷の厚さは 3 cm、マイクロホンの厚さは 1 cm とされています。
実用の場としては 1998年長野冬季オリンピックのスケート競技が想定され、氷中に長期間設置でき、防水性もあることが求められました。
中核となるのは、電動型ムービングコイルトランスデューサです。
これは、磁界の中に置かれた可動コイルが振動することで電圧を発生する方式の変換器です。
通常のマイクロホンには、空気中の音波を受けて振動する振動板(ダイアフラム)があります。
しかし本機では、質量を減らすために振動板を取り除き、ケースそのもので氷中の振動を受ける構造が選ばれました。
なお、ムービングコイルマイクの音響的な設計については、ムービングコイルマイクの帯域は筐体でどこまで伸ばせるか、その研究を読む(1953年) でも解説しています。
氷中マイクの性能をどう確かめたのか
Morita らは、まず対象を「スケートリンクの氷中に設置する防水マイクロホン」と定め、氷中を伝わる振動をケースで受ける構造を検討しました。
変換方式には電動型ムービングコイルトランスデューサを採用しています。
安定性と耐久性が良いからです。
そのうえで、質量を減らすために振動板を取り除きました。
設計では、実測の前に応答を計算で見積もっています。
等価回路とは、質量・ばね・力・振動速度の関係でマイクロホンの機械振動系を表した回路です。
この等価回路を用い、質量とばねのスティフネス(ばねの硬さ)、振動速度(ケースや可動コイルの振動速度)から、周波数応答(周波数ごとの出力感度の特性)を計算しました。
出力電圧は相対速度に比例するという関係が使われています。
計算だけでなく、実測も行われています。
加振器(対象に振動を与える装置)で一定加速度 0.1 G の振動を与え、可動コイルに 30 mg、90 mg、130 mg の錘を付加したうえで、周波数応答と感度を測定しました。
錘の質量を変えるのは、機械共振の周波数を動かして応答の変化を調べるためです。
最後に、実際のスケートリンクで滑走音を収音する実験を行い、周囲騒音に対して滑走音を明瞭に収音できるかどうかを確かめました。
測定から何が分かったのか
等価回路で計算した応答は、実測した周波数応答とよく一致しました。
計算にあたって示された条件は、次のとおりです。
共振周波数とは、質量とばねによる機械共振の周波数のことです。
この共振周波数は、可動コイルに付ける錘を 30 mg から 130 mg の範囲で変えることで設定できることが分かりました。
また、共振周波数より上の帯域では、氷中の音圧による駆動力が周波数に反比例するため、マイクロホンの周波数応答は平坦になると論じられています。
スケートリンクでの実験では、周囲騒音に対して滑走音を明瞭に収音できることが確認されました。
このマイクロホンは、1998年長野冬季オリンピックのスケート放送で実用に供される予定とされました。
どこまで言えるのか
著者自身は、この研究の限界を本文中では明示していません。
そこで、限界の代わりに、この研究の条件から自然に読み取れる適用範囲を整理します。
このマイクロホンは、スケートリンクの氷中に設置して、氷中を伝わる滑走音を収音するために設計されたものです。
示された周波数応答と感度の特性は、加振器で一定加速度 0.1 G の振動を与えるという測定条件の下で確認されています。
変換方式は電動型ムービングコイルトランスデューサで、振動板を取り除いた構造に基づきます。
実用はスケート放送という用途を想定したものです。
この論文が示すのは、その時点で得られた知見です。
この研究をどう受け止めるか
この研究は、空気中の音を拾う通常のマイクロホンとは異なり、氷という固体の中を伝わる振動を直接収音する発想に立っています。
観客の歓声という空気伝播音を拾わないことが、この方式の狙いです。
振動板を除いて質量を減らし、機械共振の周波数を錘で調整して応答を整える進め方は、変換器の機械振動系を制御する考え方の上にあります。
等価回路による計算と実測を突き合わせて設計を進めた点も、この研究の特徴です。
計算で見積もった周波数応答が実測とよく一致したことが示されており、設計の見通しを得る手段として等価回路が機能しています。
特殊な環境での収音という課題に対し、変換方式の選定、構造の工夫、測定による確認を組み合わせた研究として位置づけられます。
参考資料
原典の主張は、Development of "Ice-Zone Microphone" for Skating Sound Pick-Up をご参照ください。

