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音響工学 · 2026.08.26

2007年|サラウンド録音のマイク配置は印象をどう変えるか

オーケストラのサラウンド録音で、マイク配置の違いは音の印象をどう変えるのか。スペクトル重心や両耳間相互相関といった物理量と、広がりや力強さといった印象の対応を、同時収録と聴取実験で確かめた研究を読み解きます。

目次

5.1チャンネルでオーケストラを録るとき、マイクの組み方で音の印象は大きく変わります。

広がり、包まれ感、力強さ、定位。

こうした聴感上の違いを、耳ではなく数値で捉えることはできるのでしょうか。

また、その対応は曲が変われば揺らぐのでしょうか。

Kamekawaら(2007)は、スペクトル重心や両耳間相互相関といった物理量が広がりや力強さの印象と対応し、対応の仕方は曲によって変わることを示しました。

マイク配置の違いはなぜ比べにくかったのか

この研究が発表された当時、5.1チャンネルのサラウンド音声は、映画館、DVD、デジタル放送で安定した普及を見せていました。

それに伴い、サラウンド用のマイク技術を理解する実用的な必要が生まれていました。

しかし、複数のマイク方式を同じ条件で比べるのは難しいことでした。

別の日に、別の場所で、別の演奏を録って比べると、マイク配置による違いなのか、演奏や会場による違いなのかを切り分けられません。

費用、時間、場所の制約もありました。

マイクアレイの違いを比べる研究は、3Dアンビエンス録音のマイクアレイの研究のように、他の録音用途を対象にしたものもあります。

音の印象を数値で捉える手がかりは、室内音響の研究から提案されていました。

この研究が扱う物理量は三つです。

スペクトル重心(SC)は、音の周波数スペクトルの重心にあたる値です。

力強さや柔らかさといった、音色に関わる印象と関係すると考えられます。

側方エネルギー係数(LFC)は、インパルス応答から求める値で、側方から届く音のエネルギーを係数にしたものです。

広がり、包まれ感、奥行きといった空間印象と関係すると考えられます。

両耳間相互相関係数(IACC)は、両耳に届く音の波形がどれだけ似ているかを表す値です。

頭部と胴体を模したダミーヘッドで録った音から計算し、空間印象と関係します。

これらの物理量は、もともと室内音響の空間印象を予測するために作られたものでした。

楽曲の録音、とくにマイク配置の印象に対して同じ対応が成り立つのかは、まだ明らかになっていませんでした。

同じ演奏をどう録り、どう比べたのか

Kamekawaらは2006年9月25日から27日にかけて、大阪のシンフォニーホールで大阪フィルハーモニー管弦楽団の演奏を録音しました。

メインマイクとして8方式、アンビエンスマイクとして7方式、スポットマイクとして40本を配置し、マイクの総数は98本です。

収録はサンプリング周波数96 kHz、量子化24 bitで行われました。

同じ演奏を同時に多くのマイクで録ることで、演奏や会場の条件を揃えたうえで方式ごとの違いを直接比べられるようになります。

これが同時収録を選んだ理由です。

主観評価の対象には、8方式のメインマイクを選びました。

サラウンド用のフクダ・ツリー、INA5、ダブルMS、オムニ+8、デッカ・ツリー+オムニ・スクエア、デッカ・ツリー+浜崎スクエア、5本のカーディオイド+浜崎スクエア、3本の無指向性+IRTクロスです。

このうちデッカ・ツリーは前方に組むマイク構成、オムニ・スクエアと浜崎スクエアはアンビエンス用の正方形配置です。

デッカ・ツリーの組み方の基本は、デッカツリーの録音方式で扱っています。

マイクの位置は、録音の専門家たちの議論を経て、各方式に最適な音が得られる場所に置かれました。

聴取実験は、MUSHRAに着想を得た方法で行われました。

MUSHRAとは、複数の音源を隠された参照音やアンカーと並べて提示し、音質を主観評価するITU-Rの手法です。

ただしこの研究では特定のアンカーや参照音は使わず、8方式の音を同時に評価できる形にしました。

一度に複数の方式を比べられるため、方式間の相対的な違いを捉えやすくなります。

被験者は22名で、内訳は学生13名と録音専門家9名です。

被験者は8方式を、広がり、包まれ感、奥行き、定位、力強さ、柔らかさ、好みの7属性について評定しました。

試聴には3曲の抜粋を使いました。

モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』序曲、レスピーギ『ローマの松』の冒頭、ベートーヴェン『ウェリントンの勝利』の中間部で、いずれもおよそ1分の長さです。

3曲は、マイク特性の多様な側面を引き出すために選ばれました。

再生は、ITU-R BS1116に基づいて構築されたスタジオで、5本のGenelec 8040を使って24音源の5チャンネル刺激を提示しました。

各スピーカーは-10 dBFSのピンクノイズ信号で79 dB SPLに校正され、5本の合算出力は85 dB SPLです。

スピーカーの高さは床から1.2 m、中央の聴取位置からの半径は2.6 mでした。

分析では、まず主観評定の平均スコアとINDSCALを使いました。

INDSCALとは、個人差を考慮した多次元尺度構成法で、被験者の評定値から刺激の空間的な配置図を導く手法です。

この研究では、被験者の属性評定から計算した相関係数にINDSCALを適用しています。

並行して、インパルス応答からSCとLFCを、ダミーヘッド録音からSCとIACCを計算し、それぞれの物理量と属性スコアの相関を調べました。

録音と聴取実験の条件
項目単位
メインマイク方式8方式
アンビエンスマイク方式7方式
スポットマイク40
マイク総数98
サンプリング周波数96kHz
量子化ビット数24bit
被験者22
録音専門家9
学生13
評価属性7項目
試聴用の曲3
各曲の長さ1分(約)
提示した刺激24音源

どの物理量がどの印象と結びついたのか

結果は曲によって異なる様相を示しました。

『フィガロの結婚』では、デッカ・ツリー+オムニ・スクエアが、広がりと定位を除くほぼすべての属性で高いスコアを示し、ダブルMSはすべての属性で相対的に低いスコアでした。

ただし、ほかの曲では異なる傾向が出ています。

3曲を通してみると、広がりと力強さには方式間に有意な差がありました。

一方、奥行きと定位には有意な差がありませんでした。

包まれ感、柔らかさ、好みの差は、曲の性格によって現れたり現れなかったりしました。

INDSCALの次元の解釈も曲ごとに変わりました。

『フィガロの結婚』では、第1次元が包まれ感と広がり、第2次元が広がりと好み、第3次元が力強さと広がりに関係し、方式のまとまり方は軸によって変化しました。

『ローマの松』では、次元は包まれ感と定位、力強さと定位、力強さと広がりに対応し、デッカ・ツリー+オムニ・スクエアとデッカ・ツリー+浜崎スクエアの類似度は『フィガロの結婚』より低くなりました。

『ウェリントンの勝利』では、次元は広がりと包まれ感、力強さと広がり、力強さと柔らかさに対応し、フクダ・ツリーとINA5は他の曲よりも両次元で高い類似度を示しました。

物理量と印象の対応は、次の表のようになりました。

物理量と相関した印象
物理量フィガロの結婚ローマの松ウェリントンの勝利
SC(スペクトル重心)すべての属性定位定位と柔らかさ以外
IACC(両耳間相互相関)広がり・包まれ感・定位広がり・好み広がり・包まれ感・力強さ・好み

ダミーヘッド録音から求めたSCは、力強さとの関係が最も深いものでした。

インパルス応答から求めたSCもダミーヘッド録音と同様の関係を示し、『フィガロの結婚』と『ウェリントンの勝利』では力強さとの関係が最も強くなりました。

LFCはIACCと比べて小さな差を示すにとどまりました。

この対応関係はどこまで言えるのか

著者自身が述べる限界は、物理量の側にあります。

この研究で空間印象との対応を調べたLFCやIACCは、もともと室内音響の空間印象を予測するために開発されたものです。

楽曲、つまりマイク配置の録音に対する印象を予測する物理量としては、さらに検討が必要かもしれないと著者は述べています。

この研究の適用範囲は、そこから自然に読み取れます。

対象は5.1チャンネルのオーケストラ録音で、評価したのは特定の8方式のメインマイク、3曲の楽曲抜粋、大阪のシンフォニーホールという特定の会場での収録です。

また、提示した5チャンネルの刺激にはLFE信号は用意されていませんでした。

別の方式、別の編成、別の楽曲にそのまま当てはまるとは限らない、という前提で受け取る結果です。

この研究はどう位置づけられるか

この研究は、室内音響の研究で培われてきた物理量を、マイク配置の聴感評価に持ち込んだ点に位置づけられます。

これまで複数の方式を同じ条件で比べることは、費用や時間、場所の制約から難しく、音色と空間の違いが混ざり合うという問題がありました。

同時収録という手続きによってこの制約を外し、印象と測定値の対応として方式の違いを整理できることを示しました。

もう一つの受け止め方は、対応の仕方が曲によって変わるという結果にあります。

広がりと力強さには方式間で有意な差がつく一方、奥行きと定位にはつかず、物理量と印象の結びつきも曲ごとに異なりました。

一つの物理量が、どの曲でも印象を一律に予測するわけではないという留保が、研究自体に含まれています。

楽曲に対する物理量の検討は、著者が述べるように今後の課題として残ります。

参考資料

原典の主張は、Correspondence Relationship between Physical Factors and Psychological Impressions of Microphone Arrays for Orchestra Recording をご参照ください。

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