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部屋にディフューザ(音を散らす板)を置くと、反射がばらけて音が自然になる、とよく言われます。
では、置く面積を増やせば増やすほど、音場の拡散性は単調に上がっていくのでしょうか。
実物大の室で面積を段階的に変えて測った研究があります。
結論を先に書くと、拡散性を表す値が室の性質によって正反対に動きました。
音場の拡散性は、なぜ測れなかったのか
音場の拡散性とは、室内の音がどの方向からもほぼ均等に届き、そのエネルギーが空間的にも時間的にもばらけて分布している度合いのことです。
この性質は音響測定の土台になっています。
残響室のような試験室では、音場が完全拡散音場に近いことを前提に、吸音率や散乱、透過損失、音響パワーといった量を測ります。
実際の室がこの前提から外れると、それらの測定値は劣化し、別の室で測ると値が食い違うという、室間再現性の悪さにつながります。
ところが、音場の拡散性そのものには、正確な定義も、実用的な測定法も、数値で表す定量パラメータもありませんでした。
ディフューザをどれだけ置けば拡散性がどれだけ変わるのかを、設計の段階で事前に見積もる経済的な要請があっても、それに応える手段がなかったのです。
この拡散性を値にまとめようと開発が進められているのが、SFDC(Sound Field Diffusion Coefficient)です。
SFDC とは、室内インパルス応答をもとにした推定値です。
室内インパルス応答(RIR)とは、部屋に一発の音を鳴らしたとき、直接音とそれに続く壁や天井からの反射の列として、部屋が応答する様子を記録したものです。
SFDC は、この応答からエネルギー減衰を差し引いて残響時間に対して正規化したもの(減衰補正した応答)を使い、反射の振幅がどれだけ揃っているか(反射振幅の制御度)と、反射が時間的にどれだけガウス分布に近いか(反射のガウス性)を、ひとつの値にまとめます。
ディフューザの面積と拡散性の関係は、どう測ったのか
Bidondo ら(2017)は、床に置く曲面ディフューザの面積を段階的に変えながら、SFDC がどう応答するかを実物大の室で測りました。
対象としたのは、性質の異なる室です。
ひとつは等方性の Annex 02(方向によって音の反射や吸収が変わらない室)、もうひとつは非等方性の Room 102(その性質が方向や場所によって変わる室)です。
この方法を選んだ理由があります。
先行する縮尺模型での実験では、SFDC がディフューザ面積の増加に伴う拡散性の上昇を反映することが示されていました。
今回の実験は、その検証の補完として、体積と内装吸音面の分布が異なる実物大の室で、同じことを確かめたものです。
ディフューザは各室の床面に置き、置かない状態から面積を段階的に増やし、最も多い状態(16.74 m2)まで、複数の段階で測りました。
ディフューザはランダムに回転させて配置しています。
音源には無指向性(全方向にほぼ等しく音を放射する)の Outline Globe Source Radiator を使いました。
無指向性の音源でも高域では指向性に周期性(ロービング)が現れます。
この周期性が 60 度であることを踏まえ、コンピュータで制御するターンテーブルで音源を 5 度ずつ、12 回回転させました。
受音には無指向性マイクロホン Earthworks M50 を 16 本使い、性質の異なる室の間でスケールを補正した、同じ 3 次元の配置に置きました。
測定信号は 90 秒のログサインスイープです。
ログサインスイープ法とは、周波数が連続的に変わる測定信号を再生し、その応答にデコンボリューションという処理を施して、室内インパルス応答を取り出す方法のことです。
部屋の音響を測るとき、測定のしかた自体が結果を左右するという問題は、音源の種類に着目した別の研究でも扱われています。
音響測定の音源は球形か十二面体かで結果はどう変わるのかをご参照ください。
室と条件の組み合わせごとに 192 本、全体では 1536 本の室内インパルス応答を分析しました。
SFDC は、630 Hz から 6300 Hz までの周波数帯域で求めた値を平均して全体の値としました。
時間境界には、広帯域の Ct-r(クロスオーバー時間)を使いました。
Ct-r とは、室内インパルス応答のうち、直接音と初期反射が中心の初期音場から、残響が中心の後期音場へ移り変わる境界の時間のことです。
マイクのプリアンプは整合をとり、利得は Annex 02 で 23 dB、Room 102 で 27 dB としました。
ディフューザを増やすと、拡散性はどう変わったのか
結果は、室によって対照的でした。
等方性の Annex 02 では、ディフューザの面積を増やすほど全体の SFDC は上昇し、最も多く置いた条件で拡散性が最大になりました。
ところが非等方性の Room 102 では、面積を増やすほど SFDC の推定値はむしろ低下し、拡散が飽和したような振る舞いを見せました。
両室に共通する傾向もあります。
ディフューザの面積が増えるにつれて、クロスオーバー時間 Ct-r はほぼ線形に低下しました。
つまり、ディフューザが増えるほど、初期音場から後期音場への移り変わりが早くなるということです。
著者らはさらに、同じ形状・同じ表面仕上げで、体積だけを変えた合成の室内インパルス応答を比べました。
すると、100 m3 の Room A は 1250 m3 の Room B よりも大きな SFDC を示しました。
ここから、室の容積の情報が音場の拡散性に埋め込まれていることが示唆されます。
あわせて、大きい室ほど「ディフューザなし」の条件での初期音場の拡散性が小さいことも示唆されました。
この結果は、どこまで当てはまるのか
著者自身が限界として挙げているのは、次のとおりです。
ひとつは、ディフューザを最も多く置いた条件の面積 16.74 m2 が、対象とした室の内表面積(Annex 02 が 135.17 m2、Room 102 が 120.1 m2)と比べて小さすぎる、という点です。
もうひとつは、SFDC がまだ開発中のパラメータであり、数学的な規則が確立されていない、という点です。
この研究は、音場拡散の理解のどこに位置するのか
音場の拡散性は、音響の測定や室の設計の前提でありながら、長らく数値で表す手段がない性質でした。
この研究は、その性質を SFDC という値に落とし込もうとする試みの一環です。
等方性の室と非等方性の室という、性質の異なる実物大の室を並べて測ることで、SFDC がディフューザの量に対してどう応答するかが、系統的に確かめられました。
同時に、この研究は「ディフューザを増やせば拡散する」という単純な期待が成り立たないことも示しています。
同じ操作が室の性質によって逆の結果を生み、さらに室の容積までが値に織り込まれてしまいます。
拡散性の測定は、室そのものをどう扱うかという問題と切り離せません。
SFDC の規則づけがこれから整っていく過程で、この実測の結果は、その値が何に反応するのかを考える手がかりになります。
参考資料
原典の主張は、Experimental investigation on varied degrees of sound field diffuseness in full scale rooms をご参照ください。

