目次
ドリアンスケールという言葉に出会ったとき、多くの人が同じ疑問を持ちます。
あの世界一臭いフルーツのことなんじゃないか?
冗談はさておき、「短音階とほとんど同じなのに、なぜ別の名前がついているのか」と。
クラシックの文献を開けば「教会旋法の第1旋法」と書かれ、ジャズの教則本を開けば「マイナーセブンスコードに対応するスケール」と書かれています。
同じ音の並びが、まったく違う文脈で語られているわけですね。
この記事では、その両方の見方を整理していきましょう。
ドリアンスケールとは。
構成音と音の間隔
ドリアンスケール(ドリア旋法)は、7つの音からなる音階です。
まずはDを主音として、音の事実だけを並べます。
白鍵をDからDまで順に弾いたもの、と言えばピアノに触ったことのある人にはすぐ伝わるでしょう。
全音と半音の並びで「全、半、全、全、全、半、全」と書けます。
この間隔を保てば、主音をどこに置いてもドリアンになります。
この音階と自然短音階(エオリア旋法)の違いは、ただ一箇所。
第6音です。
自然短音階では第6音がBフラット(短6度)になるところを、ドリアンではBナチュラル(長6度)にします。
たった1音の違いですが、短音階の翳りを帯びた色合いに対し、ドリアンはどこか開けた明るさを持っています。
クラシックはどう見るか。
旋法としてのドリアン
クラシックの理論では、まず調(key)や旋法(mode)という上位の枠組みが先にあります。
その枠組みから音が導き出される。
この順序が、クラシックのものの見方の特徴です。
ドリアンは「教会旋法」の一つです
中世からルネサンスにかけて、聖歌やポリフォニー作品の基礎となった旋法体系のなかで、ドリアンは第1旋法(プロトゥス・アウテンティクス)にあたります。
名前は古代ギリシアのドーリア人に由来するとされますが、中世ヨーロッパで実際に使われた旋法と古代ギリシアのそれが同じものかは、音楽史の議論が続いています。
クラシックの演奏家がドリアンに出会うのは、ルネサンス期やバロック期の作品を通じてです。
グレゴリオ聖歌のドリアン旋法による旋律や、バッハのオルガン作品に現れるドリアン的な楽章が挙げられます。
19世紀以降の作曲家が古風な響きを意図してドリアンを用いることもあります。
クラシック理論では、ドリアンは「短調の一種だが第6音が半音高い旋法」と整理されます。
調性音楽の枠組みから見れば、自然短音階の変種という位置づけです。
ジャズ視点でコードに対応するスケールとしてのドリアン
ジャズの理論では、出発点が逆です。
まず目の前に一つのコードがある。
そのコードにどんな音を足せるか、どんなフレーズが合うかを考え、スケールが選ばれる。
この順序が、ジャズのものの見方の特徴です。
ドリアンは、ジャズの演奏家にとって最も基本的なスケールの一つです。
マイナーセブンスコード(min7)に対して第一に選ばれる音階だからです。
Dm7というコードを見たら、まずDドリアンを当てる。
これがジャズの初歩であり、最後まで使い続ける基本動作でもあります。
ドリアンを味わうならとりあえず、マイルスデイビスのソー・ホワットを聞いてみてください。
なぜドリアンが選ばれるのか
コードトーン(D、F、A、C)に加えテンションとして使える第2音(E)、第4音(G)、第6音(B)のうち、第4音はアボイドノート(避けるべき音)とされることが多い。
しかし第6音(B)はむしろ積極的に使われる特徴音です。
自然短音階の短6度ではこの響きが出せません。
ここがジャズでドリアンが重宝される理由です。
また、II-V-I進行のIIの位置で使われることも、ドリアンの重要な役割です。
キーがCメジャーのとき、Dm7にDドリアンを当てます。
コード進行のなかでドリアンを弾くことは、ジャズのインプロヴィゼーションの出発点といっても過言ではありません。
なぜ違う名前になったのか。
枠組みから降りるか、音から上がるか
ここまで読まれて、同じ音の並びを指しているのに説明の順序がまったく逆であることに気づかれたと思います。
クラシックは上位の枠組みから降りてきます。
「旋法」という体系があり、その一つがドリアンであり、そこから構成音が決まる。
コードや機能はそのあとで論じられます。
つまり「ドリアンという旋法があるから、こういう音が使われ、こういう和声が生まれる」という順序です。
ジャズは目の前の音から上がっていきます。
「Dm7というコードがある、そこにどんな音を乗せられるか」という問いから出発し、使えるスケールとしてドリアンが選ばれる。
つまり「このコードに合う音を探した結果、ドリアンという呼び名に行き着いた」という順序です。
この順序の違いが、同じ音の並びに二つの異なる説明を与える根本的な理由です。
クラシックの人は「短調の第6音を半音上げたもの」と覚え、ジャズの人は「min7コードに当てるスケール」と覚える。
どちらも同じものを指しているのに、記憶の引き出し方が違うため、学び始めに混乱が生じます。
さらに言えば、クラシックの「旋法」は歴史的な分類であり、ジャズの「スケール」は実践的な道具です。
この目的の違いも混乱の一因です。
クラシックではドリアンは「こういう種類の旋律がある」という知識であり、ジャズでは「このコードでこれを弾け」という指示にあたります。
同じものが、ある人には地図であり、別の人には道具箱なのです。
何が使えるか
あなたが知っているドリアン旋法は、ジャズでは即興の道具としてそのまま使えます。
Dm7の上でドリアンの音を自由に動かしてみてください。
フレーズの終わりを第6音で止めると、とたんにドリアンらしさが出ます。
逆に第6音を半音下げれば、自然短音階に切り替わります。
この1音の操作が、ジャズの即興でのモード感を作り出します。
また、ジャズ視点では、min7に当てているドリアンは、クラシックでは旋律の種類として扱われます。
ルネサンス期の声楽作品やバッハの器楽作品にも、同じ全半の並びが使われています。
クラシックの演奏家は「ここはドリアン旋法で書かれている」と理解し、フレージングや強弱の設計に活かします。
ジャズで培ったドリアンの耳は、そうした作品を聴くときの手がかりにもなります。
なお、7つの旋法の全体像を白鍵で整理した記事も用意しています。
ドリアンだけではなく他の旋法との関係を知りたい方は、あわせてお読みください。
あなたは、どちらから入りますか
ドリアンは「何であるか」に二つの答えがあり、どちらも間違いではありません。
あなたが次にこの音階に触れるとき、まず「コードに当てる」ところから入りますか。
それとも「旋法の性格」から入りますか。
