空音開発Kuon R&D
楽典と音楽 · 2026.08.26

ラーガ インド 音楽|音階ではなく旋律の枠組み。上行と下行で音が変わる仕組み

ラーガを「インドの音階」と片付けると見落とす、上りと下りで音が変わる仕組み。音の集まりではなく、動き方と重みで成り立つ旋律の枠組みを、西洋の旋法と対等に読み解きます。

目次

ラーガを「インドの音階」と聞いたことはありませんか。

ところが、ラーガを実際に聴くと、その言葉では説明しきれない動きに出会います。

上るときと下りるときで音が変わる旋律は、音階という概念に収まりません。

この記事では、ラーガを音階ではなく旋律の枠組みとして読むと、何が見えてくるかを追います。

こんにちは。

音楽家の朝比奈幸太郎です。

よかったらまずは、Kuonに無料登録してみませんか?
音楽家に必要な機能がすべてブラウザで統合されていて、難しいインストールやPCの知識はもう不要になり、あなたの創造性、そして音楽制作や練習だけに専念できるようになります!

ラーガは、音階とどう違うのか

ラーガ(raga)は、使ってよい音の集まりと、その音の使い方の約束をひとまとめにした概念です。

音階(scale)は、その一部にすぎません。

ラーガが定めているものを、順に見ていきます。

一つ目は、使ってよい音の集まりです。

インドの古典音楽には、北のヒンドゥスターニー音楽と南のカルナーティック音楽という二つの大きな伝統があり、ラーガの呼び方や音の取り方に違いがあります。

ここでは、広く「ラーガ」と呼ばれる北インドの用語で説明します。

北インドの音楽では、主音(tonic)を Sa と呼び、その上に七つの位置を積みます。

インドの音名は移動ドと同じ考え方で、主音をどこに置くかは演奏者が決めます。

ここでは C を主音に取って、各位置を英語の音名で並べます。

七つの音の位置
主音からの位置Cを主音に取った音名備考
第1音(主音)C固定
第2音D または Db二つの形をとる
第3音E または Eb二つの形をとる
第4音F または F#二つの形をとる
第5音G固定
第6音A または Ab二つの形をとる
第7音B または Bb二つの形をとる

第1音と第5音は固定です。

残りの位置は、それぞれ二つの形をとります。

使える音は合わせて12。

数だけなら西洋の12音と同じですが、音の取り方は同じではありません。

その点は後で述べます。

二つ目は、上行と下行の経路です。

ラーガには、音を上るときの経路(arohana、アローハナ)と、下りるときの経路(avarohana、アヴァローハナ)が別々に定められています。

三つ目は、重点を置く音です。

最も重要視される音(vadi、ヴァーディ)と、次に重要視される音(samvadi、サンヴァーディ)が、ラーガごとに決まります。

四つ目は、演奏にふさわしい時刻と、めざす情緒(rasa、ラサ)です。

ここまでで、ラーガが音階よりずっと広い概念だと分かります。

上りと下りで、音はどう変わるのか

実際のラーガで、上りと下りの違いを見てみます。

ラーガ・ヤマンは、C を主音に取ると C, D, E, F#, G, A, B の七つを使うラーガです。

第4音だけが半音高くなっています。

この並びは、西洋の旋法(mode)の一つであるリディアン・スケールと一致します。

リディアンは、長音階の第4音を半音上げた旋法です。

詳しくはリディアン・スケールを参照してください。

ところが、ヤマンの上りと下りは、この七つを同じ順にたどりません。

ラーガ・ヤマンの上りと下り
方向Cを主音に取った音の並び
上行(arohana)B, D, E, F#, A, B, C
下行(avarohana)C, B, A, G, F#, E, D, C

上行は主音 C から始まらず、一つ下の B から始まって C を最後に取ります。

下行は C から順に下ります。

上行に第5音の G を含める表記もあり、伝承によって異なります。

西洋の音階は、上りも下りも同じ音をたどります。

C の長音階は、上りも下りも C, D, E, F, G, A, B です。

ここに、ラーガと音階の最初の大きな違いがあります。

音の集まりが同じでも、上り方と下り方が違えば、別のラーガになります。

西洋の旋法と、構造の違いはどこにあるのか

西洋の旋法は、音の集まりが旋律の素材を決めます。

七つの音から三和音を積み、その連結として音楽を組み立てます。

音の集まりさえ分かれば、あとはその上で旋律を作る、という発想です。

7つの旋法についての整理も参照してください。

ラーガでは、音の集まりは出発点にすぎません。

個々の音は対等ではなく、それぞれに役割と重みがあります。

重点を置く音(vadi)と、それに次ぐ音(samvadi)がラーガごとに決まり、装飾の仕方にも約束があります。

たとえばヤマンでは、第3音が vadi、第7音が samvadi とされ、この二つが互いに完全5度(perfect fifth)の関係で骨格を支えます。

ラーガの個性は、音の集まりよりも、音の動かし方と重みの置き方に宿ると言われます。

もう一つの違いは、和音の扱いです。

西洋の音楽は、和声(harmony)を土台にします。

ラーガには、この意味での和音進行がありません。

代わりに、タンプーラという弦楽器が主音と第5音を鳴らし続け、旋律はその持続低音(drone)の上で展開します。

音の取り方にも違いがあります。

インドの理論には、1オクターブ(octave)を22のシュルティ(shruti)に分ける伝統があります。

ただし、これは22の等しい段という意味ではありません。

シュルティは、音の高さを細かく調整するための目盛りに近いものです。

同じ名前の音でも、ラーガや前後の音によって、わずかに高く、あるいは低く取られます。

西洋の平均律(equal temperament)では12の等しい段に音を置くのが一般的ですが、ラーガは持続音との響きに合わせて、その場で音を微調整します。

12音では表せない音の細部を扱う点では、四分音を使うマカームと関心を共有します。

その違いは、どこから来るのか

この違いの背景には、いくつもの要素が重なっています。

一つの原因に還元するより、それぞれがどう作用したかを見るほうが実態に近づきます。

一つは、声が中心だという点です。

インドの古典音楽は、声を土台に発達しました。

楽器も、声の動きをまねるように演奏されます。

声は、二つの音の間を滑らかにつなぐことができます。

この滑らかなつなぎ(meend、ミーンド)や装飾が、音を12の段に固定しない理由の一つです。

指板にフレットを並べた楽器では、この微細な動きは再現しにくいのです。

二つは、持続低音の存在です。

タンプーラが主音と第5音を鳴らし続けるため、旋律は和音の変化を必要としません。

土台が違うため、音楽の組み立て方も違ってきたのです。

三つは、口承による伝承です。

インドの古典音楽は、師から弟子へ、演奏を通じて伝えられてきました。

楽譜にあたるものは、旋律の骨格を示す覚え書き程度で、音の高さと長さを逐一固定するものではありません。

このため、微細な音の高さや装飾は、演奏の中で受け継がれます。

西洋の音楽は、楽譜で音を固定する方向に進み、12の音の段に整えられていきました。

四つは、言語と信仰の結びつきです。

ラーガには、一日のうちのどの時刻にふさわしいかという決まりや、めざす情緒があります。

これは、ラーガが音の素材としてではなく、歌と祈りとともに育ってきた体系であることを示しています。

音階を、動き方として見るとどうなるのか

ラーガという見方は、音の集まりだけでなく、上りと下りの道筋、重点を置く音、装飾の仕方までを、一つの旋律体系として捉えます。

この見方を、あなたがふだん使う音階に向けてみてください。

その音階の固有の上り方、置きどころの決まった音は、何でしょうか。

この記事が属するシリーズ

関連記事

ジャーナルへ戻る