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ラーガを「インドの音階」と聞いたことはありませんか。
ところが、ラーガを実際に聴くと、その言葉では説明しきれない動きに出会います。
上るときと下りるときで音が変わる旋律は、音階という概念に収まりません。
この記事では、ラーガを音階ではなく旋律の枠組みとして読むと、何が見えてくるかを追います。
こんにちは。
音楽家の朝比奈幸太郎です。
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ラーガは、音階とどう違うのか
ラーガ(raga)は、使ってよい音の集まりと、その音の使い方の約束をひとまとめにした概念です。
音階(scale)は、その一部にすぎません。
ラーガが定めているものを、順に見ていきます。
一つ目は、使ってよい音の集まりです。
インドの古典音楽には、北のヒンドゥスターニー音楽と南のカルナーティック音楽という二つの大きな伝統があり、ラーガの呼び方や音の取り方に違いがあります。
ここでは、広く「ラーガ」と呼ばれる北インドの用語で説明します。
北インドの音楽では、主音(tonic)を Sa と呼び、その上に七つの位置を積みます。
インドの音名は移動ドと同じ考え方で、主音をどこに置くかは演奏者が決めます。
ここでは C を主音に取って、各位置を英語の音名で並べます。
第1音と第5音は固定です。
残りの位置は、それぞれ二つの形をとります。
使える音は合わせて12。
数だけなら西洋の12音と同じですが、音の取り方は同じではありません。
その点は後で述べます。
二つ目は、上行と下行の経路です。
ラーガには、音を上るときの経路(arohana、アローハナ)と、下りるときの経路(avarohana、アヴァローハナ)が別々に定められています。
三つ目は、重点を置く音です。
最も重要視される音(vadi、ヴァーディ)と、次に重要視される音(samvadi、サンヴァーディ)が、ラーガごとに決まります。
四つ目は、演奏にふさわしい時刻と、めざす情緒(rasa、ラサ)です。
ここまでで、ラーガが音階よりずっと広い概念だと分かります。
上りと下りで、音はどう変わるのか
実際のラーガで、上りと下りの違いを見てみます。
ラーガ・ヤマンは、C を主音に取ると C, D, E, F#, G, A, B の七つを使うラーガです。
第4音だけが半音高くなっています。
この並びは、西洋の旋法(mode)の一つであるリディアン・スケールと一致します。
リディアンは、長音階の第4音を半音上げた旋法です。
詳しくはリディアン・スケールを参照してください。
ところが、ヤマンの上りと下りは、この七つを同じ順にたどりません。
上行は主音 C から始まらず、一つ下の B から始まって C を最後に取ります。
下行は C から順に下ります。
上行に第5音の G を含める表記もあり、伝承によって異なります。
西洋の音階は、上りも下りも同じ音をたどります。
C の長音階は、上りも下りも C, D, E, F, G, A, B です。
ここに、ラーガと音階の最初の大きな違いがあります。
音の集まりが同じでも、上り方と下り方が違えば、別のラーガになります。
西洋の旋法と、構造の違いはどこにあるのか
西洋の旋法は、音の集まりが旋律の素材を決めます。
七つの音から三和音を積み、その連結として音楽を組み立てます。
音の集まりさえ分かれば、あとはその上で旋律を作る、という発想です。
7つの旋法についての整理も参照してください。
ラーガでは、音の集まりは出発点にすぎません。
個々の音は対等ではなく、それぞれに役割と重みがあります。
重点を置く音(vadi)と、それに次ぐ音(samvadi)がラーガごとに決まり、装飾の仕方にも約束があります。
たとえばヤマンでは、第3音が vadi、第7音が samvadi とされ、この二つが互いに完全5度(perfect fifth)の関係で骨格を支えます。
ラーガの個性は、音の集まりよりも、音の動かし方と重みの置き方に宿ると言われます。
もう一つの違いは、和音の扱いです。
西洋の音楽は、和声(harmony)を土台にします。
ラーガには、この意味での和音進行がありません。
代わりに、タンプーラという弦楽器が主音と第5音を鳴らし続け、旋律はその持続低音(drone)の上で展開します。
音の取り方にも違いがあります。
インドの理論には、1オクターブ(octave)を22のシュルティ(shruti)に分ける伝統があります。
ただし、これは22の等しい段という意味ではありません。
シュルティは、音の高さを細かく調整するための目盛りに近いものです。
同じ名前の音でも、ラーガや前後の音によって、わずかに高く、あるいは低く取られます。
西洋の平均律(equal temperament)では12の等しい段に音を置くのが一般的ですが、ラーガは持続音との響きに合わせて、その場で音を微調整します。
12音では表せない音の細部を扱う点では、四分音を使うマカームと関心を共有します。
その違いは、どこから来るのか
この違いの背景には、いくつもの要素が重なっています。
一つの原因に還元するより、それぞれがどう作用したかを見るほうが実態に近づきます。
一つは、声が中心だという点です。
インドの古典音楽は、声を土台に発達しました。
楽器も、声の動きをまねるように演奏されます。
声は、二つの音の間を滑らかにつなぐことができます。
この滑らかなつなぎ(meend、ミーンド)や装飾が、音を12の段に固定しない理由の一つです。
指板にフレットを並べた楽器では、この微細な動きは再現しにくいのです。
二つは、持続低音の存在です。
タンプーラが主音と第5音を鳴らし続けるため、旋律は和音の変化を必要としません。
土台が違うため、音楽の組み立て方も違ってきたのです。
三つは、口承による伝承です。
インドの古典音楽は、師から弟子へ、演奏を通じて伝えられてきました。
楽譜にあたるものは、旋律の骨格を示す覚え書き程度で、音の高さと長さを逐一固定するものではありません。
このため、微細な音の高さや装飾は、演奏の中で受け継がれます。
西洋の音楽は、楽譜で音を固定する方向に進み、12の音の段に整えられていきました。
四つは、言語と信仰の結びつきです。
ラーガには、一日のうちのどの時刻にふさわしいかという決まりや、めざす情緒があります。
これは、ラーガが音の素材としてではなく、歌と祈りとともに育ってきた体系であることを示しています。
音階を、動き方として見るとどうなるのか
ラーガという見方は、音の集まりだけでなく、上りと下りの道筋、重点を置く音、装飾の仕方までを、一つの旋律体系として捉えます。
この見方を、あなたがふだん使う音階に向けてみてください。
その音階の固有の上り方、置きどころの決まった音は、何でしょうか。
