目次
ピアノの鍵盤では、Eb と E の間に音はありません。
隣り合った鍵盤だからです。
では、そのちょうど中間の音は、どこにあるのでしょう。
アラブ音楽の音階、マカーム(maqam)には、その音が含まれています。
四分音です。
12の鍵盤では出せない音から、西洋とは違う音階の組み立て方を読み解いていきます。
こんにちは。
音楽家の朝比奈幸太郎です。
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マカームは、どんな音でできているのか
マカームは、アラブ音楽で旋律を支える旋法の体系です。
西洋の音階に似ていますが、音の間隔の種類が一つ多い点で、構造が違います。
マカームを形作る部品がジンズ(jins)です。
3音から5音ほどの小さな旋律の単位です。
マカームはこのジンズを上下に重ねて作られ、ジンズごとの音程パターンがマカームの性格を決めます。
代表的なマカーム、ラスト(Rast)を C から組み立ててみましょう。
下側のジンズは C、D、E の半フラット、F の4音です。
E の半フラット(half-flat)とは、E と Eb のちょうど中間の音です。
上側のジンズは、同じ形を G から重ねます。
並べるとこうなります。
セント(cent)は、半音を100等分した音程の単位です。
オクターブは1200セントです。
隣り合う音の間隔を見てください。
C から D は全音(200セント)、D から E の半フラットは150セント、E の半フラットから F も150セントです。
この150セントの間隔を四分の三音(three-quarter tone)と呼びます。
12音では表せない音は、どこにあるのか
この四分の三音が、マカームの響きの正体です。
E の半フラットは、長三度でも短三度でもありません。
長三度は400セント、短三度は300セント、E の半フラットは350セント。
長くも短くもない三度、中性三度(neutral third)です。
ピアノの鍵盤でいえば、Eb と E のどちらでもない、間の音です。
音程の度数と性質の数え方は、音程 数え方で扱っています。
四分音(quarter tone)は半音の半分、約50セントの間隔です。
理論上、オクターブは24の四分音に分けられます。
ただし旋律の間隔として現れるのは、150セントの四分の三音です。
四分音は測りの単位、四分の三音は旋律の一歩、という関係です。
すべてのマカームが四分音を含むわけではありません。
ナハワンド(Nahawand)は自然短音階に、アジャム(Ajam)は長音階に近く、四分音を含みません。
マカームは単なる音の並びでもありません。
どの音から始めて、どの音を強調し、どこでいったん落ち着くか、という旋律の進み方まで含みます。
これをセイル(sayr)と呼びます。
西洋の音階が和音を作る材料であるのに対し、マカームは旋律そのものを形作ります。
西洋の音階と、構造的にどこが違うのか
まず、音の間隔の種類が違います。
現代の西洋音楽は12等分平均律(twelve-tone equal temperament)を前提にします。
最小の間隔は半音(100セント)で、どんな旋律もこの網目の上に並びます。
ところがマカームには、半音より一回り広い四分の三音があります。
E の半フラットは、この網目の上に置けない音です。
次に、音階の役割が違います。
西洋の音階は和音を作るための土台で、音を三度ずつ積んで和音を組み、その進行で曲が進みます。
マカームに和音の機能はありません。
旋律がどう動き、どの音に重みを置き、どこで落ち着くかを決める、旋律のための体系です。
組み立て方も違います。
西洋の長音階や短音階は、7つの音を一続きのはしごとして扱います。
ドリアンやミクソリディアンも、同じはしごのどこを主音にするかの違いです。
西洋の旋法のしくみは旋法 7つ一覧で扱っています。
一方マカームは、ジンズという小さな単位を重ねて作ります。
演奏の途中でジンズを組み替えて、別のマカームへ移ることもあります。
最後に、四分音の高さが流動的です。
12等分平均律は誰にとっても同じ基準ですが、マカームの四分音は流派や地域によって高さが違います。
同じラストでも、アラブとトルコの伝統では第3音がわずかに異なります。
網目が固定された西洋の音階と、網目の位置が柔らかいマカーム、という対比です。
四分音は、どこから生まれたのか
違いの背景には、楽器、歌の伝統、記譜の有無があります。
まず楽器です。
中心的な弦楽器ウード(oud)はフレットが無く、指の位置でどんな高さの音でも出せます。
ヴァイオリンもアラブの合奏に採り入れられ、同じくフレットレスです。
カーヌン(qanun)は弦の途中に小さなレバーを付け、四分音単位で高さを調整できます。
半音より細かい音を出す仕組みが、楽器に備わっています。
次に歌の伝統です。
アラブ音楽はもともと声を中心にした単旋律の音楽で、旋律の装飾と即興(タクスィーム taqsim)が重んじられます。
和音の響きに音の高さを合わせる必要が無いため、中間の音が自由に生き残れました。
そして記譜です。
アラブ音楽は長く、楽譜ではなく口承で伝えられてきました。
音の高さを記号に固定する必要が無かったため、四分音が失われずに残りました。
アラブ音楽が五線譜を採り入れたのは後になってからで、半フラットや半シャープを表す専用の記号を付け加える必要がありました。
楽器、歌、記譜。
この三つがそろって、四分音を含む旋律の体系が育ちました。
どれか一つが欠けていたら、マカームは今の形になっていなかったかもしれません。
あなたの楽器は、四分音を出せるか
マカームの音階には、12の鍵盤では表せない音が含まれています。
では、あなたが普段使う楽器やソフトウェアは、四分音を出せますか。
フレットレスの弦楽器なら指の位置で、シンセサイザーならピッチを細かくずらす機能で、楽譜の段階では半フラットをどう記すか。
12の網目を当たり前とせず、網目の外にある音を自分の手元で探してみると、音階の見え方が少し変わるはずです。

