目次
オーケストラの録音は、広い舞台に展開した大編成の音を、ホールの響きごと一枚の音像に収める仕事です。
録音技術者でなくとも、演奏会の記録を真剣に残したい人にとって、この編成には固有の難しさがあります。
オーケストラ録音の何が難しいのか
オーケストラの録音が難しい理由は、単に音が大きいからではありません。
第一に、音源の幅です。
第1ヴァイオリンからコントラバスまで、舞台いっぱいに展開した奏者群をステレオでどう捉えるかが課題です。
第二に、各楽器の放射特性が異なることです。
ヴァイオリンは上方へ、金管はベルが後方を向き、打楽器は高域が鋭く指向します。
同じ位置で測っても、周波数ごとに届く音の成分が変わります。
第三に、ホールの響きが演奏の一部であることです。
オーケストラの音はホールの残響と混ざって初めて完成します。
近づきすぎると響きが足りず、離れすぎると輪郭がぼやけます。
音量の変動幅も問題です。
ピアニッシモの弦楽器からフォルティッシモの全合奏まで、瞬間的な差が大きく、録音機器の許容範囲を超えることがあります。
マイクをどこに置くか
マイクの位置を決める手順は、会場に着いてから始まります。
あらかじめ数値を決めてかかるのではなく、その場の音を聴いて判断します。
この考え方はワンポイント録音の基本でもあります。
まず高さです。
オーケストラの音は上方向へ放射される成分が多いため、奏者の頭より高い位置を基本とします。
目安として、指揮者の耳の高さより上から探り始めます。
高く上げすぎると床面反射の影響が変わるため、直接音と反射音のバランスを聴きながら調整します。
次に距離です。
基準になるのは臨界距離、すなわち直接音と残響音のレベルが等しくなる距離です。
ホールの中央よりやや後方、客席の前方から中ほどにかけてが目安になることが多いですが、会場の残響時間と容積によって変わります。
臨界距離より前で録ると直接音が優勢になり、後ろで録ると残響が優勢になります。
どちらを選ぶかは、明瞭さを求める記録か、ホールの雰囲気を優先した録音かという目的で決まります。
向きと間隔です。
無指向性マイク2本を使うAB方式を基本とします。
マイク間の距離を広げるとステレオの広がりが増しますが、中央が薄くなる現象が起きることがあります。
間隔が狭すぎるとステレオ感が乏しくなります。
実際の手順は、仮の位置で録音しては聴き、間隔を変えてまた録るという繰り返しです。
頭の中で想像する音と、実際に録音された音は違います。
録って聴く以外に確かめる方法はありません。
なぜその位置に向くのか
無指向性マイクを間隔をあけて置くAB方式がオーケストラに向く理由は、物理的に説明できます。
無指向性マイクには近接効果が生じません。
距離によって低域のバランスが変わらないため、ホールの豊かな低域を自然な比率で収められます。
指向性マイクでは距離が変わると低域の持ち上がり方が変わり、位置決めの自由度が下がります。
またオーケストラの音は、各楽器から放射されたあとホールの壁と天井で反射し、複雑な時間差と方向性を持って聴取位置に届きます。
無指向性マイクはこの全方向からの音を等しく捉えるため、会場の音響的な性格をそのまま記録できます。
指揮者の位置で聴く音とは違います。
客席で聴衆が体験する、空間に満ちた音に近いものです。
AB方式が時間差を主な手がかりにステレオ感を生むことも利点です。
人間の聴覚は左右の音の到達時間の差に敏感で、無指向性ABの録音は空間の広がりを立体的に感じさせます。
詳細は無指向性AB方式の記事で解説しています。
起きやすい失敗と、どう避けるか
一つ目は、中央の薄さです。
マイク間隔を広げすぎると、中央に位置する楽器の定位が弱くなります。
回避するには間隔を狭めるか、デッカツリーのように中央マイクを追加します。
二つ目は、コムフィルタです。
床面や譜面台からの反射が直接音と干渉し、特定の周波数が周期的に欠ける現象です。
マイクを高くして直接音と反射音の経路差を大きくすることで目立たなくなります。
三つ目は、録音レベル設定の失敗です。
オーケストラの音量変動は大きく、リハーサルと同じレベルで本番が進むとは限りません。
ピークに対して十分な余裕を持ったレベル設定が必要です。
四つ目は、客席ノイズです。
演奏会の記録では、観客の咳や衣擦れの音が避けられません。
マイクを高めに設定することで直接的なノイズの混入を減らせる場合がありますが、根本的な解決は難しいため、複数回の演奏機会があることを前提に計画します。
どういうマイクが向くか
無指向性のペアが向きます。
理由は既に述べた通り、近接効果が生じないこと、低域まで素直に収まること、空間の響きを含めて捉えられることです。
これらはオーケストラ録音において重要な性質であり、無指向性と単一指向性の使い分けでも詳しく触れています。
必要な特性として、まず等価雑音レベルが十分に低いこと。
ピアニッシモの弦楽器の弱音をノイズに埋もれさせないためです。
次に最大音圧レベルが十分に高いこと。
全合奏のフォルティッシモでも歪みが規定値に達しないこと。
さらに、無指向性でありながら高域まで指向性が安定していることです。
多くの無指向性マイクは高域で指向性が現れますが、その変化が小さいほど軸外の音色変化が少なく、定位が安定します。
本数は最低2本です。
予算と機材が許せば、デッカツリー用に3本目の無指向性マイクを中央に追加する選択肢もあります。
デッカツリーに関しては別の機会に!
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