目次
ジャズで「ツーファイブワン」と呼ばれる進行と、クラシックで「II-V-Iの終止形」と呼ばれるもの。
同じ三つの和音の並びを、二つの世界は別の名前で呼びます。
前者は進行の名前、後者は終わり方の分類です。
混乱の根っこには、音楽を見る順序の違いがあります。
II-V-Iは何の話をしているのか
II-V-Iとは、ある調の第2音の上にできる和音、第5音の上にできる和音、第1音の上にできる和音が、この順に並んで主音へ着地する動きです。
ハ長調で書くと、次の三つの和音が順に現れます。
この進行が「終わった」と感じられるのは、二つの半音の動きが同時に起こるからです。
Vの和音の第三音(B)は半音上がってIの根音(C)へ解決し、Vの第七音(F)は半音下がってIの第三音(E)へ進みます。
この二つの引力が、Iへ向かう強い推進力になります。
IIの和音は、このVへ向かう動きの前に置かれます。
Dm7の根音(D)からG7の根音(G)へ完全四度上がり、さらにCへ完全四度上がります。
ルートが四度ずつ登っていく構造が骨格です。
クラシックはなぜ「II-V-I」なのか?
クラシックの和声学では、最初に調を定めます。
ハ長調なら、音階の各音の上に積まれた和音にローマ数字で番号を振ります。
Cの上の和音はI、Dの上の和音はii、Gの上の和音はVです。
大文字は長三和音、小文字は短三和音を表します。
この枠組みでは、II-V-Iは「下属和音(II)→属和音(V)→主和音(I)」という機能の連鎖です。
調性という上位概念から各和音の役割が演繹的に決まり、IIは準備、Vは緊張、Iは解決を担います。
この三つの機能が順に並ぶと、聴き手に強い終止感を与えます。
楽章の締めくくりに現れると「ここで終わった」と感じられるのです。
転回形によってさらに細かく分類され、IIの第一転回形を使う形は「ii6-V-I」と書きます。
内声の動きや導音の処理といった声部書法と組み合わさって、完全終止や偽終止などのカデンツの種類を生みます。
音楽がどこへ向かうべきかを機能の文法として体系化しているのがクラシックの和声学です。
数字が調を超えて通用するからこそ、ローマ数字が使われます。
ジャズはなぜ「ツーファイブワン」なのか?
ジャズでは、まず目の前の和音から出発します。
リードシートに「Dm7 | G7 | Cmaj7」と書かれていたら、頭の中で調を割り出し、それを「II-V-Iだ」と認識します。
コードネームは絶対的な音名で書かれているため、和音の質の並び(マイナーセブンス→ドミナントセブンス→メジャーセブンス)と、ルートの完全四度上行を手がかりに判断します。
演奏では、各和音に使える音階が重要です。
II(Dm7)にはドリアンスケール、V(G7)にはミクソリディアンスケール、I(Cmaj7)にはイオニアンスケール(長音階)が対応します。
調が途中で変わっても、このパターンがあれば「ここはニ長調のII-V-Iだ」と読み替えられます。
名前が「ツーファイブワン」と呼ばれるのは、音名で言うより数字のほうが現場で速いからです。
ただしジャズのII-V-Iは、機能の抽象化というより、演奏現場の符丁として発達したものです。
また、ジャズの学習では、このツーファイブワンが最初にして最後の練習とも言われるほど重要であり、このツーファイブワンのフレーズをいかにコピーしてライブラリするか?
がアドリブ演奏の要になります。
このライブラリの数で手数が決まってきます。
ジャズのアドリブというのは、ほとんどの場合、創造性というよりもこのライブラリをいかに瞬時につなぎ合わせるか?
いかに手数をたくさん持つか?
でバリエーションが決まってきます。
なぜ違う名前になったのか
二つの見方は、音楽を理解する順序が逆です。
クラシックは上から降りてきます。
まず「この曲はハ長調である」という大枠を決め、そこから各和音の機能を演繹的に導きます。
ゴール(主和音)への距離と方向を、あらかじめ知っている見方です。
名前も、調に依存しない抽象的なローマ数字です。
ジャズは下から上がっていきます。
まず耳の前の音、Dm7があり、G7が来て、Cmaj7で落ち着く。
この具体的な音の並びから「これはII-V-Iだ」と帰納的に理解します。
ゴールは結果として現れ、理論は後から追いかける。
名前は現場で素早く共有するためのアラビア数字です。
同じ三つの和音でも、クラシックは「ハ長調のii→V→I」と見て、ジャズは「Dm7→G7→Cmaj7、つまりII-V-I」と見ます。
見る順序が違うから、名前も違う。
ドミナントセブンスの和音が「V7」と「G7」の二つの名前を持つ理由も、この順序の違いに根ざしています。
これが混乱の正体です。
片方の知識をもう片方で使うために
クラシックをやってきた人は、ジャズのII-V-Iを「下属和音→属和音→主和音」と読み替えてください。
コードネームから調を割り出し、ローマ数字に置き換えれば、見慣れた機能の連鎖が現れます。
ドリアンやミクソリディアンといったコードスケールは、和音の上で使える音の選択肢と捉えれば、和声の延長線上に理解できます。
ジャズをやってきた人は、クラシックの和声記号(ii-V-I)を「II-V-Iのことだ」と読み替えてください。
ローマ数字の大文字と小文字(長三和音か短三和音か)と、右下の小さな数字(転回形)の2点を覚えれば、表記の違いはすぐに越えられます。
どちらの見方も、同じ三つの和音の、同じ四度上行の骨格を別の角度から照らしているにすぎません。
片方しか知らなかった人には、もう片方の見方を手に入れることで、演奏や分析の引き出しが増えるはずです。
あなたの現場では、この進行を「機能」の連鎖として捉えますか。
それとも「パターン」として捉えますか。
