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クラシックの現場でマルチチャンネル録音をするとき、マイクアレイの選び方で定位感や包み込み感はどれほど変わるのか。
6種のアレイを同一条件で比較した2023年の研究をもとに、設計思想の違いが聴感に与える影響を見ていきます。
マイクアレイの設計思想が違うと、何がどう変わるのか分かっていなかったのか
オブジェクトベースオーディオ(object-based audio)とは、個々の音の要素を位置情報などのメタデータとともに扱い、再生システムに応じて柔軟にレンダリングできる音声フォーマットです。
この形式が普及するにつれて、スピーカー再生でもヘッドフォンによるバイノーラル再生でも一貫した結果が得られる収録技法への関心が高まっています。
しかし、間隔配置のアレイと同軸配置のアレイのどちらが定位精度で優れるかについては、先行研究でも結論が出ていませんでした。
間隔配置は到着時間差によって空間情報を捉えますが、位相干渉による音色の変化が懸念されます。
一方、同軸配置は音色の一貫性に優れるものの、従来の比較対象は1次アンビソニックスに限られていました。
また、垂直方向にマイクを分散させた場合に生じるスペクトルの変化が音色評価にどう影響するかも、十分に調べられていませんでした。
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6つのアレイの差を、どうやって公平に比べたのか
Salmonら(2023)は、実際の演奏を収録するのではなく、無響室で録音された弦楽四重奏の演奏トラックに、コンサートホールで測定した空間室内インパルス応答(SRIR)を畳み込む手法を取りました。
SRIRとは、ある空間のあらゆる方向からの反射音を含むインパルス応答を一式にまとめたもので、空間の音響的な振る舞いを包括的に記述します。
これにより、まったく同じ演奏を異なるアレイで収録したかのような刺激音を合成でき、演奏のばらつきを排除した厳密な比較が可能になります。
測定に使われたホールはStudio 104で、残響時間は1.43 sです。
4つの音源位置に対して、6種類のアレイそれぞれのSRIRを指数掃引信号で測定し、ノイズ除去を施しました。
比較対象となった6つのアレイは以下のとおりです。
1次アンビソニックス(first-order Ambisonics)は、無指向性成分(W)と3つの8の字指向性成分(X, Y, Z)の計4信号で音場を表現する同軸マイク技法です。
Triple-MSはこの原理に基づきます。
バイノーラルレンダリング(binaural rendering)は、頭部伝達関数(HRTF)を用いて鼓膜位置での音圧を再現する2チャンネル信号を生成する手法で、主にヘッドフォン再生で用いられます。
すべてのアレイで同一メーカー(Schoeps)のマイクカプセルを使用し、機材の差が結果に紛れ込まないよう配慮されました。
聴取実験には19名のオーディオ専門家が参加しました。
評価はMUSHRA(MUltiple Stimuli with Hidden Reference and Anchor)に準じた手法で行われ、参加者は各刺激音について0から100までの連続尺度で4項目を評定しました。
4項目とは、定位の精度、残響による包み込み感、音色の質、そしてスポットマイクとの混合を想定した総合的な好みです。
再生条件は2種類です。
ITU-R BS.2051-2 System Dに準拠した9チャンネルの5.1.4スピーカー配列と、個人化されていないHRIRを用いたヘッドフォンによる動的バイノーラル再生です。
非個人化バイノーラルを選んだのは、実用上こちらのほうが一般的だからです。
統計解析には反復測定MANOVAを用い、事後比較にはBonferroni補正を適用しました。
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定位、包み込み、音色の評価に、どのような差が現れたのか
興味深い交互作用も見られました。
Square Antiprismは、スピーカー再生のほうがバイノーラル再生よりも包み込み感が有意に高く評価されたのです。
同軸配置のアレイがスピーカーとヘッドフォンで異なる空間印象を与えうることを示しています。
この結果は、どの条件のもとで成り立っているのか
著者自身が挙げている限界は4点あります。
第一に、Square Antiprismは2次アンビソニックスの9成分のうちR成分を欠いており、完全な音場表現ではありません。
第二に、Square AntiprismのSRIRは順次測定により取得されました。
この手法は室内音響が線形時不変であることを前提としますが、現実のホールではこの仮定が完全には成り立たない可能性があります。
第三に、アレイ間の直接音対残響音エネルギー比(DRR)に最大3.53 dBの差がありました。
DRRは音源の知覚距離に関わる指標で、この差が包み込み感の評価に影響を与えた可能性を著者らは認めています。
第四に、バイノーラルレンダリングには個人化されていないHRIRのみが使われました。
個人化されたHRTFを用いた場合とは結果が異なる可能性があります。
この研究が検証した範囲を整理すると、対象は弦楽四重奏という編成、Studio 104(残響時間1.43 s)という単一のホール、Schoepsのカプセルに統一された機材、そして5.1.4スピーカー配列と非個人化バイノーラルという2種類の再生環境です。
これらの条件から外れる場面に結果をそのままあてはめることには慎重である必要があります。
この研究を、どう受け止めればよいのか
この研究は、クラシック録音におけるマルチチャンネルマイクアレイの主観評価を、同一の音源素材と統一された機材のもとで系統的に比較した貴重な事例です。
とくに、知覚的な設計思想(ESMA-3Dのような層構造)と物理的な設計思想(アンビソニックスのような音場分解)の双方を含む6種を同時に比較した点に特徴があります。
総合的な好みで単独の勝者が現れなかったこと、そして定位と包み込みの間にトレードオフが見られたことは、実務への示唆として穏当に受け止めるべきでしょう。
録音の目的に応じてアレイを選ぶ判断材料として、定位を優先するのか、包み込みを優先するのかという観点を、この研究はデータとともに提供しています。
参考資料
François Salmon, Frédéric Changenet, Tom Colas, Charles Verron, Mathieu Paquier, "A Comparative Study of Multichannel Microphone Arrays Used in Classical Music Recording," J. Audio Eng. Soc., vol. 71, no. 7/8, pp. 441-454, 2023.
原典の主張は、A Comparative Study of Multichannel Microphone Arrays Used in Classical Music Recording をご参照ください。

