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クラシック音楽を録るとき、会場の響きと直接音のバランスをどう保てばいいのか。
複数マイクの後ミックスでは音響的な一体感が壊れ、2台のスピーカー再生ではスピーカー自体が音源に知覚される。
この記事では、無指向性マイク2本と吸音円盤で自然なステレオ音像を得るOSS方式について、1980年の研究をもとに解説する。
なぜ従来の録音手法ではクラシック音楽の自然な音像を保てなかったのか
ポピュラー音楽で広く使われるポリマイクロフォニー(polymicrophony)は、各楽器グループに個別のマイクを立て、コントロールルームでミックスする手法です。
この方法では、音源と部屋の響きが一体となった音響的なまとまりが失われ、クラシック音楽の自然な印象を損なってしまいます。
一方、ワンポイント録音とは?
1組のマイクだけで全体を収める方法と原理でも使われるメインマイクロホン(main microphone)と呼ばれる1組のステレオマイクで全体を収録し、必要に応じて特定の楽器の近くにスポットマイクロホン(spot microphone)を補助的に置く手法もあります。
しかし従来のメインマイクロホン方式では、左右チャンネル間のレベル差と時間差が人間の自然な聴こえ方と整合せず、複雑な音源を十分な定位感で捉えられないことがありました。
会場の最適な位置に一組のステレオマイクを置き、直接音と残響音の両方を単一の視点から捉える考え方もあります。
OSS方式はこの考え方に基づいています。
しかし従来の実装では、複雑な音源を正確に捉えきれないという課題がありました。
さらに根本的な問題として、標準的な2台のスピーカーによる再生では、スピーカー自体が音源として知覚されてしまうことがあります。
本来はスピーカーの間に定位すべきファントム音源(phantom sound source)が、うまく形成されないのです。
適切にバランスのとれたステレオ信号であれば、スピーカーとスピーカーの間に仮想的な音像が現れます。
しかし、左右のチャンネル間でレベル差(intensity differences)と時間差(time delay differences)の手がかりが不自然だと、このファントム音源は崩れます。
レベル差とは左右チャンネル間の音の大きさの差、時間差とは左右の耳に音が到達する時刻の差で、いずれも人間の聴覚が音の方向を知覚するための重要な手がかりです。
Jecklin(1980)は、これらの問題を同時に解決する録音手法としてOSS方式を提案しました。
吸音円盤とマイク間隔で、自然な聴こえ方を物理的にどう実現するのか
OSS方式(OSS-microphone)の中核は、2本の無指向性圧力マイクロホンを165 mmの間隔で配置し、その間に直径280 mmの吸音材で覆われた円盤を置くという構成です。
この円盤が重要な役割を果たします。
音波が円盤の縁で回折(diffraction)することで、周波数が高くなるにつれて単一指向性に近い指向特性が生まれます。
回折とは、音波が障害物の縁を回り込む現象です。
この効果により、正面からの音は左右のマイクにほぼ等しく入り、側方からの音にはレベル差がつくようになります。
無指向性と単一指向性の使い分け 録音で何が変わるのかでも扱われているように、無指向性マイクは本来全方向に均等な感度を持ちますが、円盤による回折が周波数依存の指向性を生み出すわけです。
マイク間隔を165 mmとしたのは、人間の両耳間の距離に近づけることで、自然な時間差が得られるようにするためです。
左右の耳に音が到達する時間差は、人間が音の方向を知覚するうえで本質的な手がかりです。
OSS方式は、この時間差と、円盤の回折によって生じるレベル差の両方を、一つのマイク配置で同時に実現します。
200 Hz以下の低域には、両方のマイクに低域遮断をかけます。
これは、マイク本体の取り付け構造によって低域の指向特性が変化してしまうのを防ぐためです。
OSS方式では、メインのステレオ信号に加えてスポットマイクロホンも使います。
ただし、スポットマイクの信号はそのままミックスするのではなく、OSSの主配置からの距離に応じて個別に時間差を付けて遅延させます。
これにより、補強された楽器が手前に引き出されることなく、奥行き感が保たれます。
さらに、補償信号(compensation signal)と呼ばれる処理を導入します。
これは、右のスピーカーから左耳へ、また左のスピーカーから右耳へ届くクロストークを打ち消す信号です。
この処理によってバイノーラル聴取の条件が擬似的に再現され、スピーカーが音源として知覚されなくなります。
ただし、この研究が発表された1980年時点では、補償信号を再生側で実装することができなかったため、録音側で付加する形がとられました。
OSS方式で録音された音は、実際にどう聴こえたのか
Jecklin(1980)は、OSS方式による録音の聴感上の評価を次のように報告しています。
OSS方式には、どのような適用上の制約があるのか
Jecklin(1980)は、OSS方式について次の三つの制約を明示しています。
第一に、OSS方式が適用できるのは、会場における音源の音響バランスがすでに適切である場合に限られます。
バランスが不十分であれば、マイク配置だけでなく、楽器の配置そのものを調整する必要があります。
第二に、補償信号は再生側での実装がまだ不可能だったため、録音側で付加しなければなりませんでした。
この制約は、この論文が書かれた1980年時点の技術的な限界を示しています。
第三に、OSSマイクロホン単体での使用には、簡素な録音機材以上のものが求められる場合があります。
これらの制約から読み取れる適用範囲は、次のとおりです。
OSS方式は、会場の音響が良好で、音源の配置によるバランス調整が可能なライブ演奏の収録を主な対象としています。
測定された条件下では、無指向性圧力マイクロホン2本と吸音円盤という構成が有効であることが示されましたが、それ以外のマイク種別や円盤の素材・形状に一般化できるかは、この論文では検証されていません。
この研究をどう受け止めるか
OSS方式は、無指向性マイクの持つ自然な低域特性と、吸音円盤による周波数依存の指向性制御を組み合わせた録音手法です。
一組のマイク配置でレベル差と時間差の両方を物理的に生成するという発想は、ステレオ録音の設計思想の一つとして、この論文以降も参照され続けています。
録音の現場では、マイクの選択や配置は録りたい音楽や会場の条件によって変わります。
OSS方式はその選択肢の一つであり、とくに会場の響きが良いライブ演奏で力を発揮します。
補償信号によるクロストーク制御の考え方は、スピーカー再生の限界を録音の段階から扱おうとする試みとして、この論文に記録されました。
いずれの手法を選ぶにせよ、録音の条件を見極め、なぜその配置を選ぶのかを説明できることのほうが、特定の手法に従うことよりも大切です。
参考資料
Jörg Jecklin, "A Different Way to Record Classical Music," AES Convention 65, London, Preprint 1606, 1980.
原典の主張は、A Different Way to Record Classical Music をご参照ください。

