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音響工学 · 2026.08.03

ショットガンマイクとMS方式で高指向性ステレオ収音は可能か、その研究を読む

映画やテレビのロケーション収録では、軽量でモノラル互換性のあるステレオマイクが求められる。ショットガンマイクとMS方式を組み合わせた1987年の研究から、その設計思想と性能を解説する。

目次

映画やテレビのロケーション収録では、軽量で扱いやすく、かつモノラル互換性を保てるステレオマイクが求められます。

では、ショットガンマイクの優れた指向性とMS方式を組み合わせれば、そうした要求に応えられるのか。

1987年にPeusがAESで発表した研究をもとに、その設計と性能を読み解きます。

ロケーション収録でステレオはなぜ難しかったのか

映画やテレビの制作現場ではステレオ音声の需要が高まっていました。

しかしロケーション収録には二つの制約があります。

第一に、機材は軽量で少人数でも素早く設置できること。

第二に、収音したい音場の広がりは場面ごとに変わるため、ステレオ幅を現場で調整できることです。

従来のマルチマイクによる収録では機材がかさばり、モノラルにミックスしたときに位相の乱れが生じる問題がありました。

一方、モノラル収録で実績のある方式としてショットガンマイクがありました。

ショットガンマイクとは、カプセルの前方に干渉管(interference tube)と呼ばれるスリット入りの管を備えたマイクです。

側方から到来する音は、管のスリットを通る経路差によって位相がずれ、互いに打ち消し合います。

この原理により前方の音だけを効率よく収音でき、残響や背景騒音を抑えて直接音を明瞭に捉えられます。

PeusはこれにMSステレオの考え方を組み合わせました。

MS(Mid-Side)ステレオとは、前方を向いたMidマイクと、横向きの双指向性マイクであるSideマイクを使う方式です。

双指向性(figure-8)は、前方と後方に等しい感度を持ち、側方にはほとんど感度を持たない指向特性です。

Mid信号とSide信号を和差回路(sum-and-difference matrix)で処理し、L=M+S、R=M-S(またはその逆)として左右信号を得ます。

Side信号のレベルを変えるだけで、収音範囲を電気的に調整できる点がMS方式の大きな利点です。

Midマイクにショットガンマイクを使えば、優れた指向性を保ったままステレオ収音が可能になるとPeusは考えました。

研究では、短い干渉管を備えたショットガンマイクと双指向性カプセルを近接配置(間隔21 mm)し、専用のコントロールボックスで和差演算とSide信号レベルの切り替えを行う方式が検討されました。

どうやって確かめたのか

研究で検証されたのは、Side信号のレベルを変えたときに指向特性と収音角がどう変化するかです。

Side信号レベルは、Mid信号に対して−9 dBから+6 dBまで、3 dB刻みの6段階で切り替えられます。

Side信号を強くするほど、等価的なXY指向特性は狭くなり、主軸は外側へ向きます。

この調整範囲によって、収音したい音場の広がりに応じた指向性を電気的に選択できます。

指向性指数(directivity index)は、マイクが拡散音場のなかで直接音をどれだけ優位に収音できるかを示す対数尺度です。

値が大きいほど、残響や背景騒音のなかでも直接音を明瞭に捉えられます。

研究では、短いショットガンマイクの指向性指数が約2.1と報告されています。

指向性の比較
特性ショットガンマイクハイパーカーディオイド
指向性指数2.11.7
背面抑圧12 dB6 dB

ハイパーカーディオイドは、前方に狭い感度領域を持ち、後方に小さな感度領域を持つ指向特性です。

背面抑圧は約6 dB、指向性指数は約1.7が典型的な値です。

ショットガンマイクはこれを上回る背面抑圧約12 dBを示し、干渉管によって側方および後方からの音がより強く抑圧されていることが分かります。

Mid信号の直接音対残響音比が良好に保たれるため、ステレオ収音でありながらモノラル互換性も良好です。

収音角(pickup angle)は、音源がステレオの左右スピーカー間に定位する角度範囲です。

MS方式ではMid信号とSide信号の特性の交点から決まります。

研究では、Mid信号の−3 dB範囲内で約120°のモノラル互換動作範囲が確保されており、この範囲はSide信号の設定に依存しません。

物理設計は下表のとおりです。

ロケーション収録で求められる軽量性を備えています。

物理仕様
項目
干渉管長212 mm
干渉管径30 mm
カプセル間隔21 mm
質量約 300 g

何が分かったのか

Side信号レベルの6段階切替によって、一連のXY等価指向特性が得られることが確認されました。

Side信号レベルを上げると指向特性は狭まり、主軸は外側へ向かいます。

設定可能な範囲は−9 dBから+6 dBです。

収音角はSide信号レベルの設定に応じて変化しますが、Mid信号の−3 dB範囲内では約120°の動作範囲が設定にかかわらず保たれます。

Side信号レベルがMid信号と等しい設定のとき、前方の音源はスピーカー間に均等に再現されます。

それ以外の設定では、定位に歪みが生じ、端に位置する音源が中央寄りに圧縮される傾向があります。

どこまで言えるのか

Peus自身が明示した限界として、定位の誤差が挙げられます。

マイク周囲に均等に配置された音源が、スピーカー間で均等に再現されるとは限りません。

定位は湾曲したり、端の音源が中央寄りに圧縮されたりします。

とくにSide信号レベルがMid信号と大きく異なる設定では、この傾向が顕著です。

この定位誤差は部分的に周波数依存であり、追加の補助マイクを用いても一部しか補正できません。

また、研究の条件から読み取れる適用範囲もあります。

この検討は短い干渉管(管長212 mm)を用いた特定の構成に基づいています。

干渉管の長さが変われば指向性指数や背面抑圧の値も変わりうるため、異なる設計にそのまま数値を適用することはできません。

対象としたのは映画・テレビのロケーション収録であり、それ以外の用途での評価は行われていません。

この研究をどう受け止めるか

この研究は、ショットガンマイクの持つ強い指向性とMS方式の柔軟なステレオ幅調整という、それぞれ単独では実績のある二つの技術を組み合わせる提案として位置づけられます。

とくに、Side信号レベルを電気的に切り替えることで指向特性を段階的に変更できる点は、現場での素早い対応を可能にする実用的な発想です。

一方で、Peusが自身で指摘する定位の誤差は、MS方式に内在する課題でもあります。

双指向性マイクのSide信号に依存する限り、完全に均等な定位を得ることは難しく、この研究はそのトレードオフを具体的な数値で示したものとも言えます。

モノラル互換性を重視する用途ではMid信号の品質が重要であり、その点でショットガンマイクの指向性指数2.1という値は有効な指標です。

参考資料

S. Peus, "A Condenser Stereo Microphone with High Directivity Index," AES 82nd Convention, London, Preprint 2462 (H-1), 1987.

原典の主張は、A Condenser Stereo Microphone with High Directivity Index をご参照ください。

機種を横断して選びたいときは、マイクおすすめ13選 作る側が用途別に選ぶにまとめています。

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