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音響工学 · 2026.08.06

22.2ch向け空間インパルス応答の収録技法は三次元残響をどう実現するか、その研究を読む

22.2ch没入型音響向けに空間インパルス応答を収録する手法を提案したAES研究を解説。24本のマイクを22.2chのスピーカー配置に倣って球面上に並べ、ホールの響きを畳み込みリバーブ用に収録しました。

目次

没入型音響で実在ホールの響きを三次元的に再現するには、22.2チャンネル規格に合わせた空間インパルス応答の収録技法が欠かせない。

Kelly、King、Woszczyk(2019年)は、24チャンネルのスピーカー配置を模したマイクアレイで、ホールの空間情報を畳み込みリバーブ向けに収録する手法を提案しました。

非常に興味深い研究になります。

22.2ch向けの空間インパルス応答収録技法はなぜ存在しなかったのか

22.2マルチチャンネル音響フォーマットとは、SMPTEとITUによって標準化された没入型音響システムです。

LFE用の2チャンネルを含む全24チャンネルのスピーカーを、耳の高さの層、上方の層、下方の層の三層に配置し、三次元の音場を再生します。

畳み込みリバーブとは、実空間で測定したインパルス応答を音声信号に畳み込むことで自然な残響を作り出す手法です。

測定した空間の音響特性がそのまま活きるため、現実感の高さで評価されています。

しかし、従来の畳み込みリバーブはステレオ用が中心であり、24チャンネルすべてに異なる空間情報を持ったインパルス応答を与える技法はありませんでした。

空間インパルス応答収録とは、室内の複数の位置にマイクを置き、各点に到達する直接音と反射音の時間的・空間的特性を記録する測定手法です。

複数点で同時に収録することで、音の到来方向や時間差、レベル差といった空間情報を保存できます。

多チャンネルのマイクアレイを用いた収録技法の聴感比較は進められてきましたが(マルチチャンネルマイクアレイは定位感と包み込みでどう違うのか、その研究を読む)、22.2chのスピーカー位置をそのまま収録点とする発想は、音楽制作を目的とした研究では提案されていませんでした。

24本のマイクで空間情報をどう収録したのか

Kellyらが設計したマイクアレイは、22.2chフォーマットのスピーカー配置をそのままマイク位置に置き換えたものです。

半径2 mの球面上に、上層、中層、下層の三層にわたって計24本のマイクを配置しました。

スピーカーで再生されるべき音を、その位置で直接収録するという発想です。

チャンネルによるマイクの指向性の使い分けも、重要な設計判断でした。

正面三チャンネルと背面二チャンネルには、無指向性マイクに音響圧等化器(APE)を組み合わせて使用しました。

APEは、無指向性マイクの高域で指向性を強める装置です。

これにより、通常のサラウンド収録の慣例に従いつつ、高域でのチャンネル間相関を抑えています。

チャンネル間相関とは、異なるチャンネルの信号がどの程度似ているかを示す尺度です。

没入型音響では、広がり感を得るためにこの相関を低く保つことが望まれます。

その他のチャンネルには単一指向性マイクを用いました。

測定には正弦掃引法を使いました。

正弦掃引法とは、低域から高域へ対数的に周波数が上昇する正弦波信号を再生し、収録した応答から逆畳み込みによってインパルス応答を抽出する手法です。

高い信号対雑音比が得られるため、室内音響の精密な測定に適しています。

励振信号は、15 Hzから48,000 Hzまでの90秒間の対数正弦掃引です。

音源には単一の無指向性スピーカーを用い、アレイ中心から4 m前方、ステージ床上2 mの位置に設置しました。

単一の無指向性音源を選んだ理由は、周波数による指向性の変化を避けるためです。

測定の諸元
2m
マイクアレイの球面半径
4m
音源からアレイ中心までの距離
90s
対数正弦掃引の長さ
15〜48,000Hz
掃引の周波数範囲
96,000Hz
収録のサンプリング周波数
24bit
収録の量子化ビット数
-16.5LUFS
チャンネルごとの基準ラウドネス

収録は、24チャンネルを8チャンネルずつ3回の掃引に分けて行い、HDIRソフトウェアでサンプリング周波数96,000 Hz、量子化ビット数24ビットの条件で収録しました。

得られた各チャンネルのインパルス応答は、ピンクノイズを基準として-16.5 LUFSにラウドネスノーマライズされました。

ラウドネスノーマライゼーションとは、信号の知覚的な大きさを一定の値に揃える処理で、チャンネル間の音量バランスを整える目的で施されています。

再生時のレベルは、アレイ中心でC特性加重95 dBSPLに設定されました。

測定は三つのホールで実施されました。

残響時間と規模の異なる空間での有効性を確認するためです。

音源位置と受音位置の組み合わせを複数試し、非公式な試聴によって空間印象が最も優れた組み合わせを選択しました。

測定したホール
ホール残響時間(概算)座席数
Pollack Hall約2 s600
Tanna Schulich Hall約800 ms187
Redpath Hall約1.6 s300

さらに、収録したインパルス応答をリアルタイムで畳み込む24チャンネル再生ソフトウェアをMax7で構築し、将来の試聴実験の基盤としました。

このソフトウェアは、畳み込みリバーブとアルゴリズミックリバーブをチャンネルごとに混在させるハイブリッド化にも対応しています。

収録した空間情報は実際にどう聴こえたのか

非公式な試聴セッションの結果、提案された収録技法は三つの測定空間すべてで、説得力の高い三次元的な音響再現をもたらしました。

特筆すべきは聴取可能な範囲の広さです。

聴取者は任意の方向に体を回転させても空間印象が乱れず、小さな音源位置や受音位置の変更も明確に聴き分けられました。

また、このシステムはチャンネルごとに畳み込みリバーブとアルゴリズミックリバーブを混在させるハイブリッド化に対応しており、今後の知覚実験のための柔軟な基盤を提供します。

この技法にはどんな限界があるのか

著者らはこの手法に四つの限界を挙げています。

第一に、収録工程の時間的コストです。

単一点やアンビソニックス方式の測定と比べて、24チャンネルを複数回の掃引に分けて収録する手間は大きく、相応の数の高品質な機材を必要とします。

第二に、フォーマットの固定性です。

マイク位置は22.2chのレイアウトに固定されており、いったん収録したインパルス応答を他の再生フォーマット向けに再レンダリングするには再測定が必要です。

第三に、評価の段階です。

現時点では非公式な試聴にとどまっており、他の空間インパルス応答収録技法との知覚的な比較には正式な試聴実験が必要です。

第四に、マイクの垂直方向の層間隔に起因するコムフィルタ効果が、畳み込みリバーブにおいてどの程度影響するかは未評価です。

この研究をどう受け止めるか

この研究は、没入型音響フォーマットにおける畳み込みリバーブの実現手段として、スピーカー配置をマイク配置に転用するという明快な発想を示しました。

22.2chという規格が定める空間配置をそのまま測定の枠組みとすることで、再生時のチャンネル間の空間的整合性を保ちやすいという利点があります。

22.2chフォーマットは放送規格として設計された経緯があり、音楽制作の現場で広く普及しているとは言えません。

しかし、測定の考え方そのものは、他の多チャンネルフォーマットにも応用可能な枠組みです。

今後の正式な知覚実験によって、アンビソニックス方式など他の空間収録手法との比較が進めば、没入型音響制作における畳み込みリバーブの位置づけはより明確になるでしょう。

参考資料

Jack Kelly, Richard King, Wieslaw Woszczyk, "A Novel Spatial Impulse Response Capture Technique for Realistic Artificial Reverberation in the 22.2 Multichannel Audio Format," AES 147th Convention, New York, USA, Convention Paper 10283, 2019.

原典の主張は、A Novel Spatial Impulse Response Capture Technique for Realistic Artificial Reverberation in the 22.2 Multichannel Audio Format をご参照ください。

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