目次
録音したい現場に、コンセントはありません。
放送の取材、宣教、調査、映画のロケ。
電池も電源も、現場ではままなりません。
そんな場所へ持ち込む録音機は、何を動力に動けばいいのか。
ぜんまいを巻くだけで、放送局で使う水準の録音は本当にできるのか。
Albert C. Travis, Jr.(1959)は、蓄音機用のぜんまいモーターと乾電池式の録音再生回路を組み合わせ、実用に足る速度安定と周波数特性まで仕上げられることを示しました。
電源のない現場で、録音機の動力は何が壁だったのか
放送の取材、宣教、調査、映画のロケでは、交流電源が使えません。
録音機は、動力と電源を自分で持たねばなりません。
従来の方式は二つありました。
直流モーターと湿式電池です。
直流モーターには整流子、湿式電池には振動子という部品があり、どちらも保守に手がかかりました。
電池そのものの管理も煩わしく、この組み合わせは敬遠されるようになりました。
そこで着目されたのが、蓄音機に使われてきたぜんまいモーターです。
渦巻きばねを巻いた力で動くモーターで、その回転を一定に保つのがフライウェイトガバナーです。
フライウェイトガバナーとは、遠心力で外へ開くおもりと、それに抗うばねの張力とが釣り合って速度を絞る機構のことです。
ただしこのガバナーは、速度を保とうとするあまり回転が細かく揺れることがあります。
この速度制御の行き過ぎによるゆらぎをハンチングと呼びます。
利用者の期待は高く、小型で頑丈、消費電力が小さく、しかも通常の費用の数分の一で、スタジオの機械と同じ結果が求められました。
ぜんまい駆動を、どう安定させたのか
まず動力を決めます。
78 rpm の蓄音機用ぜんまいモーターを選び、これを基準に Tapak という録音機を設計し、現場で使いながら改良を重ねました。
このモーターのガバナーは 1100 rpm で回ります。
直流モーターと湿式電池の組み合わせが保守の難しさから敬遠されたことが、ぜんまいモーターを選んだ理由です。
蓄音機用のモーターなら十分なトルクが出るだろう、という見込みもありました。
テープの速さを決めるのがキャプスタンです。
キャプスタンとは、テープを一定の速さで送る駆動軸のことです。
Tapak ではキャプスタンの径を 2 in、テープ速度を 7 1/2 ips としました。
ぜんまいモーターは、放っておくと回転が揺れます。
この回転速度の細かな揺れ(フラッター)を抑えるのが設計の中心でした。
まず供給側のリールに、ホールドバックブレーキをかけます。
ホールドバックブレーキとは、テープが送り出される張りを安定させて速度むらを抑える、軽い抵抗のことです。
モーターはこれで 1〜2 % だけ減速します。
さらに径 6 in のスポーク付き鋳鉄のはずみ車を加えました。
回転の慣性で速度むらをならすためです。
ガバナーの調整は、ばねの張りを手の感覚で合わせ、蛍光灯の明滅を利用してストロボ的にハンチングを確認しました。
それでも速度むらは残りました。
そこで後から加えたのがジャイロドライブです。
ジャイロドライブとは、ヘッドの近くに置いた、テープ自身に駆動される小さなはずみ車のことです。
回転の慣性を加えて速度むらをならします。
真鍮製で径は 2 in、約 450 rpm で回り、テープは約 190 度巻き付きます。
テープを巻き取る側にも工夫があります。
従来の滑りクラッチやベルトによる巻き取りは、常に抵抗になり続けます。
そこで Tapak は、アイドラーホイール(ゴムを巻いた摩擦車)を介して直接巻き取る方式にしました。
ぜんまいという弱い動力源から最大限の力を取り出すためです。
回路側では、乾電池で動く録音再生増幅器を開発しました。
最初は低域を持ち上げる構成でしたが、後に低域を絞る構成へ改めます。
補聴器用のプリント回路増幅器を標準化して使い、再生は内蔵スピーカーと 600 Ω の出力の両方を持たせました。
音の善し悪しを確かめる方法も独自です。
実際に声を録音し、それを高品質のテープ機、増幅器、スピーカーで再生して、可変イコライザーを 30〜100 cy、100〜300 cy、300〜500 cy の帯域ごとに動かし、聴き手が自然な声だと判断するところまで追い込みました。
速度むらと周波数特性はどこまで抑えられたのか
まず動力の持ちです。
同じぜんまいモーターを使いながら、巻き直しの間隔は Tapak が 8 min でした。
従来の滑りベルト式巻き取りを使う別のぜんまい式録音機では 5 min です。
アイドラーホイールによる直接巻き取りが、弱い動力を無駄にしないことが分かります。
速度むらの点では、ジャイロドライブの効果が大きく、出来のよい機械とそうでない機械の動きが一つになりました。
これによって、演奏会やオルガン、チェレスタのような難しい題材の録音と再生が可能になりました。
周波数特性は二段構えです。
低域は 250 cy から下をゆるやかに落とし、100 cy で急峻に切る構成にしました。
これで現場でのひずみの苦情が止まり、消費電力の小さい補聴器風のプリント回路増幅器を使えるようになりました。
乾電池の寿命は最低 50 回の録音セッションです。
高域は、増幅器が 10 kc を十分超えるまで実質的に平坦でした。
軽い圧着パッド(テープをヘッドに押し付ける部品)を使えば、7〜8 kc までテープに記録できました。
音質の評価では、声を録音して高品質の再生装置で聴き比べる試験を行い、中域のへこみと中程度の低域の持ち上がりが見つかりました。
これはマイクの特性によるものと判断され、増幅器を再調整したところ、スタジオの再生装置で上質な音になりました。
録音機材の周波数帯域を、設計でどこまで引き出せるか。
この問いはテープレコーダーに限りません。
マイクの筐体設計から帯域を伸ばす試みは、ムービングコイルマイクの帯域は筐体でどこまで伸ばせるか、その研究を読む(1953年)にまとめています。
この結果はどこまで通用するのか
Travis(1959)は、この設計の限界を率直に述べています。
まずフライウェイトガバナーは、よく調整してもフラッターを生じました。
満足な声の録音のためにも、ガバナー以外の場所での対策が必要でした。
ジャイロドライブを加える前は、動きが本格的な音楽には不十分でした。
さらに、動きに影響する要因が何なのか、分析しきれない謎が残りました。
低トルクの自己給電式録音機では、抵抗になる強い圧着パッドを使えません。
そのため高域でのテープとヘッドの接触は、妥協を強いられます。
音声出力が小さくスピーカー筐体も小さいトランシーバー型の録音機は、再生装置として高い評価を得ることは想定されていません。
ぜんまいモーター以外の方式がどの程度有効かは、後世の判断に委ねる、としています。
この研究は何を残したのか
この研究が伝えるのは、弱い動力という制約のもとで録音機を仕上げるには、速度むらの源を一つずつ潰し、周波数特性を現場の要求に合わせて整える、という地道な設計の積み重ねが物を言う、ということです。
はずみ車、ブレーキ、ジャイロドライブ、圧着パッド。
個々には小さな部品の話ですが、全体として「弱い動力でどこまで音を安定させられるか」という一つの問いに答えています。
録音技術の歴史の中では、電源の得られない現場で録音機を動かすという需要が確かにあり、そのために動力と電源をどうするかが課題でした。
この研究は、ぜんまいモーターという選択肢を、放送の要求に届く水準まで詰めた記録として位置づけられます。
参考資料
原典の主張は、Evolution of a Successful Spring-Driven, Broadcast-Quality Tape Recorder をご参照ください。

