目次
機材を良いものにしても、電源や周囲の送信局からノイズが回り込み、録音が濁ることがあります。
まして放送局や劇場、スタジオが集まる大規模施設では、電磁妨害の影響下でも高い音声品質を保証しなければなりません。
では、そうした施設の接地はどう設計し、その効果はどう測って確かめればよいのでしょうか。
Teuber と Voelker(1998)は、カールスルーエの大規模スタジオ複合施設ZKMを舞台に、スター接地と切り離し可能なオーディオ接地バスを採用し、設計前後の測定で見つかった接地混触を除去することで、電磁妨害下でも音声品質を保証できることを示しました。
大規模スタジオで電磁妨害が問題になるのはなぜか
対象となったZKMは、長さ300 m超、幅52 m、面積30,000 m²という大規模なスタジオ複合施設です。
建物内には42 kmもの銅ケーブルと450のパッチ盤が敷設され、スタジオ、メディアシアター、ビデオ制作、デジタル音声ネットワークといった多数の高品質オーディオ接続が求められました。
各スタジオ複合には、256チャンネルを同時にルーティングできるオーディオルーター(Nexusベースデバイス)が設置されました。
様々なメーカーの機器を組み合わせ、公称+6 dBを基準に変動する信号レベルを扱う必要もありました。
ここで鍵になるのがEMC(electromagnetic compatibility、電磁両立性)です。
EMCとは、機器が妨害波を外へ放射しない性質(emission)と、外部からの妨害に耐える性質(immunity)の両面を規定する考え方です。
この施設では、高い音声品質を電磁妨害の影響下でも保証することが、機器の品質保証条件として扱われました。
音声品質を落とす代表的な経路が、ground loop(接地ループ)です。
ground loopとは、主電源の接地とオーディオケーブルの接続などにより、2台の機器の間に複数の接地経路ができて生じる、ループ状の妨害経路を指します。
録音に混入する電源由来のノイズの扱いについては、ハムノイズ除去でも解説しています。
接地の設計と検証はどう進められたのか
まず設計の前に、現地の電磁環境を測りました。
スペクトラムアナライザ(Advantest R 4131)と3種のアンテナを使い、10 kHzから1 GHzまでを対象に、屋外とスタジオ予定室内(1階窓際、3階中央など)で電磁界強度を測定しました。
アンテナは測定する周波数帯で使い分けられています。
この測定を設計より先に行ったのは、現地のラジオ・TV送信がIRT R2の推奨値を満たすのか上回るのかを確かめ、外壁のシールドを追加すべきか判断するためでした。
次に接地方式を決めました。
採用されたのは、地下の中央配電室に中央接地バスを置くスター接地(star configuration)です。
スター接地とは、各系統を中央の接地バスへ集約する単点接地方式です。
オーディオ専用のオーディオ接地バスは、試験のため切り離せるように、中央接地バスの隣に設置されました。
多点接地(multiple-point ground、ケーブル遮蔽や安全接地、接地母線などを複数点で相互接続する方式)を正確に実現しようとすると多大な時間とコストがかかるため、単点に集約する方式が選ばれました。
ケーブルは、オーディオ機器の接地には最小2.5 mm²、オーディオ接地バスから主分電盤へ至る経路には50 mm²、金属筐体やラック、安全接地の接続には16 mm²の断面積が用いられました。
施工にあたっては分離の指示が細かく出されました。
ラックと床・壁を絶縁すること、データ系統を分離すること、制御PC用に光カプラ(オーディオ接地と他接地を分離する光結合素子)を使うこと、ビデオ系とは音声トランスで分離すること、過電圧保護は建築接地側へ接続すること、などです。
竣工後は、接地がきちんと分離されているかを測りました。
オーディオ接地バスから各サブ接地バスへのケーブルを1本ずつ切り離し、試験電圧3 Vと100 Vの2段階で接地間抵抗を測定しました。
さらに電気安全とノイズの確認として、主電源コンセントの中性線と保護接地の間の電圧と接地抵抗を測り、マイク回線は200 Ωで終端し、CCIRフィルタ(聴感補正フィルタ)と準尖頭値(quasi-peak、電磁妨害測定で用いられる検波方式の一種)検波でノイズ電圧を測定しました。
測定の結果、接地には何が見つかったのか
設計前の測定では、屋外の最大電磁界レベルは600 kHzのAM送信機で101 dBµV/mでした。
これは推奨パラメータの範囲内だったため、建物壁の追加シールドは不要と判断されました。
オーディオ接地は、中央1点と複数のサブ接地バスによるスター構成で実装されました。
ところが竣工後の検証では、接地の混触が複数見つかりました。
データ供給接地との混触、ビデオXLRパネルのシールド接続、ビデオパッチ場のコンセント、ヒューズボックスの100 Vでの導通、コンクリート壁鉄筋への接触、TV系との接地混触などです。
これらの接地ループを除去すると、jitter(デジタルオーディオ信号の時間ゆらぎ)は許容レベルまで低下しました。
電気安全の確認では、中性線と保護接地の間の電圧は最大0.3 Vで、要求値の1 V未満を満たしました。
マイクロホン回線のノイズ電圧も、要求された単一ノイズ値を満たしました。
この結論はどこまで適用できるのか
著者は、この研究に限界があることを2点明示しています。
第一に、設計前の電磁界強度測定では、アマチュア無線や携帯電話など断続的に運用される局をすべて検出できるわけではありません。
第二に、jitter増加の原因がオーディオシステム内の欠陥なのか、それ以外に由来するのかは、後になっても明確ではありませんでした。
ただし、接地ループの除去後には許容レベルまで低下したとされています。
この研究は録音の現場にどう位置づくのか
この研究は、録音技術のなかでも、音そのものを扱うというより、その音が載る設備の土台を扱ったものです。
マイクやマイクプリアンプといった信号経路の上流でどれだけ注意しても、電源や接地の経路から妨害が回り込めば、その成果は損なわれます。
大規模なスタジオ複合施設で、接地の設計から竣工後の検証までを一つの流れとして記録した点に、この報告の価値があります。
とくに示唆的なのは、設計段階でスター接地を選び、分離の指示を出していたにもかかわらず、竣工後の測定で複数の接地混触が実際に見つかったという点です。
接地は設計図の上だけでなく、施工の後に測って初めて確認できるものです。
それがこれほど大きな施設では容易でないことを、この報告は淡々と示しています。
音声品質の保証とは、こうした確認の積み重ねだということが伝わってきます。
参考資料
原典の主張は、Electromagnetic Compatibility - Design and Measurements for a large Studio Complex in Karlsruhe をご参照ください。

