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音響工学 · 2026.08.05

大編成の収録で3つの遠距離マイク技法はどう聴こえが違うのか、その研究を読む

オーケストラ収録で使われる遠距離マイク技法3方式(無指向性離隔配置、ORTF、Blumlein)の聴こえの違いを、同じ演奏の同時収録で比較した1981年のAES研究を読む。

目次

オーケストラや吹奏楽など大きな編成を録るとき、マイクを客席側に置く遠距離収録では、無指向性マイクを左右に離して置く方式と、指向性マイクを近接させて角度をつける方式のどちらを選ぶか、判断に迷います。

それぞれ定位の手がかりや音像の広がりが異なるためです。

同じ演奏を三つの代表的な遠距離方式で同時収録し、聴き比べの資料を作った1981年の研究を読みます。

遠距離収録の三つの方式は、何が違うのか

クラシック音楽の収録では、マイクの置き方によって遠距離収録(ファーフィールド)と近距離収録(ニアフィールド)に大別されます。

遠距離収録とは、マイクをホールの客席側に置き、楽器からの直接音だけでなく、壁や天井からの反射音も含めて収録する方式です。

編成全体を自然なバランスで捉えられるため、クラシック録音の標準的な手法となっています。

一方、近距離収録は多数のマイクを各楽器の近くに置き、主に直接音だけを収録します。

反射音が少ないぶん明瞭ですが、後から定位やバランスを作り込む必要があります。

本稿が扱うのは遠距離収録です。

遠距離収録には、定位の手がかりが異なる三つの方式があります。

一つ目は、無指向性マイクを左右に離して配置する離隔配置(スペースドアレイ)です。

左右のマイクに音が到達する時間差によって、音像の定位を作り出します。

無指向性マイクと指向性マイクの使い分けは録音の大きな分かれ道ですが、離隔配置では無指向性を選ぶことでホールの響きを豊かに収録できます。

ただし左右の信号に時間差だけが生じるため、モノラル互換性(ステレオ信号を一つのチャンネルに合成したときの位相の整合性)は高くありません。

モノラル互換性は放送やレコードカッティングで重要な要素です。

二つ目は、指向性マイクを短い間隔で離し、外向きに角度をつける近接配置(ニアコインシデント)です。

時間差と強度差の両方で定位を作ります。

なお、強度差とは左右チャンネル間の音量の差、時間差とは音の到達時刻の差のことで、どちらも聴感上の音像位置を左右に動かす手がかりです。

代表的な方式であるORTFは、単一指向性マイクを17 cm離して110度開く配置で、時間差と強度差の両方を手がかりとするため、定位が明瞭でありながら、部屋の響きも自然に収録できます。

三つ目は、指向性マイクを上下に重ねて同じ位置から外向きに角度をつける一致配置(コインシデントアレイ)です。

左右のマイクに時間差は生じず、強度差だけで定位が決まります。

代表的な方式であるBlumleinは、双指向性マイクを90度に配置するもので、正確な定位と均一な残響の分布が得られます。

また完全に時間差が無いため、モノラル互換性に優れます。

この三方式は、それぞれ時間差主体、時間差と強度差の併用、強度差主体という異なる定位の原理を持ちます。

Shafer(1981)は、これら三つの違いを実際の演奏で聴き比べられる資料を作成しました。

三つの方式を、どうやって同じ条件で比べたのか

比較を意味あるものにするため、Shaferは三つのマイクアレイを同じ位置、同じ高さに設置し、一つのオーケストラの演奏を同時に収録しました。

三つの方式に使われたマイクは次のとおりです。

離隔配置にはNeumann KM-83(無指向性)を3本、近接配置には単一指向性マイク2本を17 cm間隔・110度開きのORTF配置、一致配置には双指向性マイク2本を90度開きのBlumlein配置です。

収録には同一の電気系統、同一のテープレコーダー(MCI JH-110)、同一のテープストック(Ampex 407)が使われました。

こうして録られた三つの音源は、一本のテープに順番に編集され、直接の聴き比べができるように整えられました。

三方式が選ばれた理由は明確です。

離隔配置は主に時間差による定位、近接配置は時間差と強度差の組み合わせ、一致配置は主に強度差による定位という、遠距離収録の三つの典型を代表しているからです。

この選択によって、定位原理の違いが実際の音にどう現れるかを、同じ演奏で直接比較できるようになりました。

実際に聴き比べて、何が分かったのか

この研究が作成したのは、三つの方式を順に聴けるデモンストレーションテープです。

数値による聴取実験のデータは報告されていません。

Shaferが提供したのは、同じ演奏を三方式で聴き比べられる資料そのものであり、そこから先の判断は聴き手に委ねられています。

つまりこの論文は「どれが優れている」という結論を出していません。

三方式の音の違いを、同じ素材で直接比較できる状態にしたこと自体が成果です。

この結果は、どこまで一般化できるのか

Shafer自身が、この比較には三つの限界があると述べています。

第一に、収録が行われたFord Auditoriumは、残響時間の短さ、フラッターエコー、周波数帯域による残響時間の不均一、共鳴的な音色の偏りなど、音響上の難点が指摘されているホールです。

したがって、ここで聴かれた三方式の違いが、良好な音響のホールでも同じように現れるとは限りません。

第二に、マイクの設置位置は全方式で同じ距離、同じ高さの一点のみでした。

それぞれの方式に最適な位置は異なる可能性があり、この一点での比較が、各方式の潜在的な性能を公平に表しているとは言えません。

第三に、正式な主観聴取実験は行われていません。

統計的な分析を伴う統制された聴取テストではなく、あくまでデモンストレーションテープとしての比較です。

これらの限界を踏まえると、この研究から言えるのは「Ford Auditoriumという特定のホールで、特定の位置に置かれた三方式の音の違いを聴き比べられる」という範囲に留まります。

異なるホールや異なるマイク位置での結果を、この研究から直接推測することはできません。

この研究をどう受け止めるか

この1981年の研究は、遠距離収録の三方式の比較を、同じ演奏・同じ条件下で行った初期の試みとして位置づけられます。

数値データこそ伴いませんが、三方式の定位原理の違いを実際の音で示した資料として、録音技法の教育や検討の出発点になるものです。

デモンストレーションテープという形式は、聴き手自身が耳で判断することを前提としています。

「どの方式が正解か」を示すのではなく、「それぞれがどう違うか」を資料として提供する。

この姿勢は、録音技法の選択が最終的には制作者の芸術的判断に委ねられるという、この分野の基本的な考え方に沿うものです。

参考資料

Robert T. Shafer, "A Listening Comparison of Far-Field Microphone Techniques," Presented at the AES 69th Convention, Los Angeles, May 12-15, 1981, Preprint 1753.

原典の主張は、A Listening Comparison of Far-Field Microphone Techniques をご参照ください。

機種を横断して選びたいときは、マイクおすすめ13選 作る側が用途別に選ぶにまとめています。

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