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音響工学 · 2026.08.01

マイクアレイの設計と定位予測をブラウザで行うには、その研究を読む

2本のマイクで録るとき、音は左右のスピーカーのどこに定位するのか。録音前にそれを予測し、マイク配置を決めるためのウェブツールを開発した研究(Goddard and Lee, 2019年)を解説する。

目次

2本のマイクでステレオ録音をするとき、録った音はスピーカーのあいだのどこに定位するのか。

録音前にそれを予測し、マイクの角度や間隔を決められたら、現場での試行錯誤は大幅に減ります。

そのための道具をウェブブラウザ上に実装した研究(Goddard and Lee, 2019年)を解説していきます。

なぜ録音前に定位を予測する道具が必要だったのか

ステレオ再生では、左右のスピーカーから出る音のあいだに、あたかもそこに音源があるかのように知覚される仮想的な像が生まれる。

これをファントムイメージ(phantom image)と呼びます。

ファントムイメージがスピーカーのあいだのどこに定位するかは、左右のチャンネル間の時間差(ICTD, Interchannel Time Difference)とレベル差(ICLD, Interchannel Level Difference)の組み合わせで決まります。

マイクの配置によって、録音される ICTD と ICLD は変わり、カプセルを同一点に置く XY 方式(coincident pair)ではレベル差だけが生まれ、間隔をあけて置く AB 方式(spaced pair)では時間差が支配的になるわけです。

録音技術者にとって、あるマイク配置でどの角度の音源がスピーカーのあいだのどこに定位するかを事前に知ることは、アンサンブルの広がりを意図通りに収めるために欠かせない。

ワンポイント録音とは?
1組のマイクだけで全体を収める方法と原理
でも触れられているように、1組のマイクで全体を収めるには、この定位の予測が重要になる。

しかし、Goddard と Lee が指摘するように、従来の設計支援ツールには三つの制約がありました。

第一に、Williams Curves や Wittek の Image Assistant、Sengpiel のウェブアプリケーションはいずれも直感的な視覚的・聴覚的な対話性に乏しかった。

第二に、これらのツールは標準的な 60 度のスピーカー配置を前提としており、任意のスピーカー開き角に対応していなかった。

第三に、最適なマイクアレイのパラメータを手計算で求めるのは、録音技術者にとって時間のかかる作業だった。

また、3Dアンビエンス録音にはどのマイクアレイが適しているのか、その研究を読むで扱われているマルチチャンネルのアレイ設計とは異なり、2チャンネルのステレオ収録においても、設計を支援する対話的な道具は十分ではなかった。

定位予測の仕組みをどう確かめたのか

Goddard と Lee は、MARRS(Microphone Array Recording and Reproduction Simulator)と名付けたシングルページのウェブアプリケーションを開発しました。

アーキテクチャには AngularJS を Model-View-Controller 構造に用い、音声処理には Web Audio API を採用。

ウェブブラウザで動作する形式を選んだのは、ソフトウェアのダウンロードを不要にし、より多くの録音技術者が利用できるようにするためです。

定位予測の中核には、Lee らによる心理音響モデルが使われている。

このモデルは、ファントムイメージの位置を ICTD と ICLD のトレードオフから予測するもので、定位のずれ方を二つの領域に分けて扱う。

第一の領域は 0 パーセントから 66.7 パーセントまで(中央から片側のスピーカーまでの距離の 66.7 パーセントまで)、第二の領域は 66.7 パーセントから 100 パーセントまで(そこからスピーカー位置まで)である。

各領域には異なるシフト係数が割り当てられている。

定位シフト領域とシフト係数
領域ICTD係数(deg/0.1ms)ICLD係数(deg/dB)
0 から 66.7 パーセント13.37.8
66.7 から 100 パーセント6.73.9

スピーカーの開き角については、従来のツールが固定していた 60 度という前提を拡張し、60 度から 90 度までの任意の角度に対応させた。

これは、目的の角度に応じて ICTD 値と ICLD 値を比例的にスケーリングするという仮定に基づいている。

操作方法は対話的です。

ユーザーは二次元の仮想ステージ上に複数の音源を配置でき、アプリケーションが対応するファントムイメージの位置をスピーカー表示上に示す。

定位曲線や ICTD-ICLD のグラフもリアルタイムで更新される。

オートモードでは、ユーザーが希望する XY と AB の比率、ステレオ幅、アンサンブルの広がりを指定すると、アプリケーションが自動的にマイクアレイを生成する。

聴覚的な確認手段として、ヘッドホンを用いたバイノーラルモニタリングが実装されている。

Web Audio API の ConvolverNode を使い、モノラルの音源ファイルに仮想スピーカー用のインパルス応答を畳み込む。

インパルス応答には、無響室で測定された頭部伝達関数(HRIR, Head-Related Impulse Response)と、ITU-R BS1116 準拠の試聴室で測定されたバイノーラル室インパルス応答(BRIR, Binaural Room Impulse Response)の二種類が選択できる。

BRIR を選ぶと、スピーカーから耳までの直接音に加えて部屋の反射も再現される。

さらに、実測されたコンサートホール(St. Pauls concert hall)の室インパルス応答を用いた音響シミュレーションも組み込まれている。

このアプリケーションは Chrome、Firefox、Safari のデスクトップブラウザで動作し、インストールなしで一般に公開されました。

その結果、何が分かったのか

開発の結果、次の機能を備えたウェブアプリケーションが完成した。

ユーザーが定義した任意の 2チャンネルマイクアレイに対して、ファントムイメージの位置を予測できる。

複数の音源を二次元の仮想ステージに配置し、スピーカー表示上での定位位置、定位曲線、ICTD-ICLD グラフをリアルタイムに視覚化する。

ヘッドホンを通じて、BRIR または HRIR を選択したうえで、ユーザーが読み込んだモノラル音源に畳み込んだバイノーラル再生が可能である。

スピーカーの開き角は 60 度から 90 度のあいだで設定でき、従来のツールの制約を超えている。

オートモードでは、XY と AB の比率、ステレオ幅、アンサンブルの広がりを指定するだけで、対応するマイクアレイが自動的に生成される。

実測されたコンサートホールのインパルス応答を用いた音響シミュレーションにより、より現実的な空間再現が得られる。

これらすべてが、一般的なウェブブラウザからインストールなしで利用できる。

この研究はどこまで言えるのか

著者ら自身が、二つの限界を明示している。

第一に、用いられている心理音響モデルは 2チャンネルのスピーカー配置を前提としており、マルチチャンネルへの適用にはさらなる心理音響実験が必要である。

第二に、このツールは開発途中の段階にあり、マルチチャンネルのマイク・スピーカー設定や WebXR を用いた視覚シミュレーションにはまだ対応していない。

また、著者らは言及していないが、この研究の条件から自然に読み取れる適用範囲もある。

スピーカー開き角を 60 度から 90 度までに拡張するにあたって用いられた比例スケーリングの仮定は、60 度以外の角度における知覚的な妥当性が検証されたものではない。

得られる予測は、2チャンネルのステレオ再生と、使用された特定の BRIR および HRIR の測定環境の範囲内でのものである。

この研究をどう受け止めるか

Goddard と Lee の研究は、心理音響学の知見を録音の実務に橋渡しする試みとして位置づけられる。

定位予測の理論モデルは以前から存在していたが、それを対話的なウェブアプリケーションとして実装し、視覚的なフィードバックと聴覚的な確認の両方を備えた点に、この研究の特徴がある。

とくに、従来のツールが固定していたスピーカー開き角の制約を取り払い、60 度から 90 度の範囲で可変にしたことは、多様な試聴環境を想定するうえで実用的な拡張である。

ウェブブラウザをプラットフォームに選んだ判断も、この分野の道具のあり方に一つの方向を示している。

インストールの手間を排し、Web Audio API という標準化されたインターフェースの上に構築することで、録音技術者が機種やオペレーティングシステムを問わずに利用できる。

ツールそのものは 2チャンネルに限られ、マルチチャンネルへの対応は今後の課題として残されているが、録音前の設計段階で定位を予測し、耳で確認するという発想は、ステレオ録音の教育や準備の場面で参照しうる枠組みを示している。

参考資料

Nikita Goddard, Hyunkook Lee, "A Web-Based Tool for Microphone Array Design and Phantom Image Prediction using the Web Audio API," AES Convention 146, e-Brief 499, 2019.

原典の主張は、「A Web-Based Tool for Microphone Array Design and Phantom Image Prediction using the Web Audio API」をご参照ください。

機種を横断して選びたいときは、マイクおすすめ13選 作る側が用途別に選ぶにまとめています。

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