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クラシック録音では、演奏空間の空気感と個々の楽器の定位をどう両立するかが、長くエンジニアを悩ませてきました。
複数の Ambisonic マイクロフォンを空間に配置する「ボリュメトリック」手法は、この課題にどう応えるのでしょうか。
2024年の AES で発表された研究をもとに検証します。
複数の Ambisonic マイクを空間に並べると、聴こえ方はどう変わるのか
Ambisonic マイクロフォンとは、一本で全周囲の音場を捉えられるマイクロフォンのことです。
この研究では Sennheiser AMBEO が使われています。
従来のクラシック録音では、メインのマイクロフォンアレイと、各楽器に近づけたスポットマイクロフォン(楽器の直接音を補うためのマイク)を組み合わせる手法が広く使われてきました。
近年、複数の Ambisonic マイクロフォンを空間に分散配置する手法が注目されています。
これはボリュメトリック・マイクロフォン技術と呼ばれ、立体映像の撮影になぞらえて、複数地点から同時に三次元の音を捉える手法です。
各マイクが捉えた音場から任意の方向のビームを抽出し、それらをスピーカー配置に重ねることで、より豊かな空間表現を目指します。
Zhang ら(2024)は、このボリュメトリック手法が従来のマルチチャンネル録音や単一の Ambisonic マイクと比べて、聴感的にどのような違いを生むのかを検証しました。
空間収音の選択肢という点では、3Dアンビエンス録音におけるマイクアレイの比較研究も参照すると見通しが広がります。
また対照的な手法として、ワンポイント録音とは?
1組のマイクだけで全体を収める方法と原理も押さえておきたいところです。
三つの方式を、どのような手順で比べたのか
研究は二段階で進められました。
まずパイロット研究として、ピアノ独奏を4本の Sennheiser AMBEO で正方形状に収録し、専門家による評価を行いました。
その結果を受けて本収録に進んでいます。
本収録では、ピアノ三重奏(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ)を対象に、三つのマイクロフォン構成を比較しました。
一つ目は、6本の Sennheiser AMBEO を六角形状(隣接間隔 3.5 m)に配置したボリュメトリック構成です。
演奏者を囲むように設置され、各マイクと演奏者の距離は、AMBEO C からピアノまでが 0.13 m、AMBEO L からヴァイオリンまでが 0.81 m、AMBEO R からチェロまでが 0.59 m です。
二つ目は従来型の 5.0 イマーシブマイクロフォンアレイ、三つ目は単一の AMBEO マイクをセンターに置いた構成です。
いずれも、各楽器に近接させたスポットマイクロフォンを併用しました。
収録が行われた部屋は、長さ 17.28 m、幅 14.20 m です。
ポストプロダクションでは、各 AMBEO の A-format 信号を SoundField by RØDE デコーダーで処理しました。
A-format とは、Ambisonic マイクが出力する生の4チャンネル信号のことで、これをデコーダーで B-format に変換したうえで、約 60 度の指向性ビームを抽出しています。
抽出されたビームは、それぞれのマイクの物理的な位置に対応するよう 7.0.4 ラウドスピーカーシステムの各チャンネルにパンニングされました。
7.0.4 ラウドスピーカーシステムとは、耳の高さに7本、頭上に4本のスピーカーを配置し、LFE(超低域専用チャンネル)を省いたサラウンド方式です。
聴感実験は、22 名の参加者を対象にブラインドで行われました。
参加者は三つのミックスを、それぞれ 1 分間の音楽の抜粋で聴き比べ、定位、フォーカス、没入感、自然さ、好ましさの5項目について評価しました。
評価にはリッカート尺度(Likert scale)が使われました。
リッカート尺度とは、参加者が各項目に対して「1: まったく定位していない」から「5: 完全に定位している」のように、段階的な数字で回答する心理学的評価手法です。
統計分析には反復測定の二元配置分散分析(ANOVA)が用いられ、Greenhouse-Geisser 補正と、事後検定として Holm 補正および Bonferroni 補正が適用されました。
六角形の間隔を 3.5 m としたのは、部屋の異なる方向から演奏を捉えるためです。
Sennheiser AMBEO が選ばれたのは、高い周波数帯域での音色と定位の精度が評価されたことによります。
定位と没入感で、どんな差が現れたのか
実験の結果、定位についてはボリュメトリック構成が 5.0 イマーシブ構成よりも有意に高い評価を得ました(pbonf=0.041)。
一方、没入感では単一 AMBEO がボリュメトリック構成よりも有意に高い評価を受けています(p<0.001)。
フォーカス、自然さ、好ましさの三項目では、三つの構成の間に統計的に有意な差は見られませんでした。
また、参加者の属性(楽器経験年数、録音経験年数、クラシックの聴取頻度)が評価に有意な影響を与えることもありませんでした。
この結果は、どこまで一般化できるのか
Zhang らは、いくつかの限界を明示しています。
まず、刺激間の差が微妙であったために、参加者が耳の疲労を感じ、差に気づかなかった可能性があることです。
次に、22 名という参加者数は属性ごとに分類して分析するには少ないこと。
また、ポストプロダクションを最小限に留めたため、各構成の音響的な弱点がそのまま残っている可能性もあります。
さらに、使用した Sennheiser AMBEO は Neumann TLM 103 と比較して低域の応答が乏しいと感じられたことも指摘されています。
論文では扱われなかった論点もあります。
エンゲージメントや奥行きといった評価軸は用いられていません。
三角形や五角形など、六角形以外のボリュメトリック配置は試されていません。
より多くの参加者を集めた検証も、今回の範囲には含まれていません。
この研究の結果は、17.28 m × 14.20 m の部屋でのピアノ三重奏の収録に、Sennheiser AMBEO を隣接間隔 3.5 m の六角形に配置し、約 60 度のビーム抽出と最小限のポストプロダクションを組み合わせた条件のもとで得られたものです。
条件が変われば、評価の傾向も変わりうることに注意が必要です。
ボリュメトリック録音の可能性をどう見るか
ボリュメトリック・マイクロフォン技術は、定位の面で 5.0 イマーシブ構成に対して利点を示しました。
これは、複数地点から音場を捉えるという手法のねらいと整合する結果です。
複数の Ambisonic マイクを空間に配置すれば、より細かな方向情報が得られるだろうという直観が、一定の範囲で支持されたと見ることができます。
一方で、没入感では単一 AMBEO のほうが高い評価を得たこと、そしてフォーカス、自然さ、好ましさでは差が出なかったことは、複数のマイクを使うことが、そのまま聴感的な優位に直結するわけではないことを示唆しています。
ボリュメトリック手法の可能性と限界を、ていねいに見極めていく段階にあると言えるでしょう。
参考資料
Hanzhi Zhang, Paul Geluso, Parichat Songmuang, "A comparative study of volumetric microphone techniques and methods in a classical recording context," AES Convention 157, Express Paper 304, 2024.
原典の主張は、A comparative study of volumetric microphone techniques and methods in a classical recording context をご参照ください。

